第13話 検討


 隠れていた敵の正体が、反○復□を目指しているとすると。いや、正確には、反△共復□になるけど、俺たちに対する攻撃の意味はなんだったんだろうか。


 慧思は言う。

 「それは決まっているな。

 久野さんが来て、すべての案件について独自の共感覚で洗い出し始めて、敵の注意を引いたんだ。

 藪には蛇がいたってことだ。

 で、今まで隠れていた蛇を藪から見つけた場合、俺たちはどうすると思う?」

 「そりゃまぁ、ご注進だろうな。ダイレクトにグレッグあたりに、だ。

 カデンじゃ、ちょっと心配だし」

 「今、対象国は、世界から孤立している。

 つまり、敵にとっては、相当にデリケートな時期だ。もしかしたら、表返れるチャンスだからね。

 まだまだ隠れていたかっただろうさ。

 連中にとっては最悪のタイミングで、久野さんの共感覚はそれを暴きかけちまったんだ。

 となると、まぁ、ちょっと気恥ずかしくなるようなことを言うけどさ、俺たちって、『つはものとねり』のエースだ。

 ここを『つはものとねり』から切り離すだけでなく、離反させられたらどうだ?

 嫁さんの足を洗わせたはずなのにいつまでも巻き込まれ、子供ももしかしたら、なんて思ったら、双海、お前もこの世界から、『つはものとねり』から離れようと思うんじゃないか?」


 ……俺個人としては、痛いところだと思うよ。確かに。

 俺たち以外の『つはものとねり』の誰かにも、同じような手は伸びていたかもしれない。

 そしたら、内ゲバ的な空中分解だってあり得た。


 慧思は続ける。

 「つまりだな、敵は、敵の作戦担当は、緻密で自己に迫る危機にも敏い優秀な奴だが……。俺たちの本質を見誤っている。

 リクルートの時の、久野さんの発言で、俺もつくづく自覚したけどな。俺たちこそが、秘密結社だって。

 恐ろしいことに、秘密結社に属していることを自覚しないほどに、肌身に染まっている。

 日本人が、神道による日常生活への影響を自覚していないのと一緒で、『つはものとねり』内で生きることは、空気を呼吸するくらい自然なことと思っている。

 つまり、実務の組織じゃないんだよ。

 給料をもらって、その対価の労力を提供するという、ドライなサラリーマンの群れじゃないんだ。

 なんらかの宗教観みたいなもので、俺たちは働いている。

 だから、敵の打った手ではバラけなかった」

 そうか。なるほど。


 「理解した。

 美岬が、一時的なカムバックに対して、表情も変えずにいたのは、そういうことか。

 『つはものとねり』から、頭では離れている。でも、無意識では離れていないんだな」

 「ああ。そういうことだ。

 自覚していないから、質が悪い。

 で、久野さんの分析が終わる前に空中分解が始まったら、もう分析どころじゃない。それが、敵の狙いだったろう。

 けど、実際問題として、空中分解はまったく起きなかった。

 俺たちが、宗教観で働く秘密結社の諜報機関員なんて、ナンセンスな存在だからだ」


 「そこまでは了解した。

 となると、次のステージだ。

 俺たちを空中分解させられなかったら、第二案として、牽制のために襲ってきたのか?」

 「たぶん、違う。

 あいつら、本当に俺たちを殺るために来たんだよ」

 「……根拠は?」

 「俺たちは、坪内佐の命令で姿を消した。

 これを敵側の視点で見ると、どう見えるかだ。

 盗聴などのすべてを考慮し、直接アメリカにこの件を伝えるために出発したって見るのが自然だろう」

 ということは……。

 ちっ、思っていたより、完全に囮の役割じゃねーか。


 「双海、お前の思っているとおりだ。

 囮が簡単に無効化されちゃ困るからな。俺たちならば、生き残る。相手をずっと張り付かさせておける。その間に手を打ち放題ってことだ。

 もう一つあるな。

 俺たちが来たのは、ここ、式根島だ。外界から隔離され、戦うフィールドも自ら設定できる、極めて便利な場所。

 そして、ここは小笠原に近い……」

 「近いかぁ!?

 近いな……」

 思わず声を上げてから、頭の中の地図を思い浮かべる


 式根島からは、15分で新島に行けるし、新島の空港から約850kmで小笠原だ。そして、小笠原からサイパンまでが約1400kmくらいだ。

 新島・小笠原間は民間の持つヘリコのチャーターでも、機種によればかろうじて行ける距離だ。

 そこから、軍用のヘリにスイッチすれば、手出しされずにアメリカ領まで行けてしまう。

 しかも、小笠原には、かつて米軍基地がおかれていた。

 中継地点として使える装備、人材が整いやすい。

 アメリカが危機感を抱き、本気になったら最悪、オスプレイだって新島まで出すだろう。東京の真ん中に着陸させると大騒ぎかもだけど、新島であれば東京ほどの騒ぎにはならない。


 確かに、これは敵からしたら脅威だ。

 「坪内佐、俺たちの経歴は嫌というほど知っているだろうから、俺たちが避難する先に式根島を選ぶことも、視野に入っていたろうな」

 「……だな」


 まったくもう、まだ坪内佐の手のひらの上か。

 ただ、異なるのは、坪内佐の考えていることを自力で追えるほど、それだけの実力を身に着けたことだ。


 俺も思いつく。

 「となると、美鈴の位置付けも変わるな。

 分断のあとは、取り込みたいのだろう」

 「ああ。

 敵の正体の想定ができれば、おそらくはこれから攻めてくる連中の出方も想定できる。一気に視野が晴れるな。

 双海、戦術的勝利ってのを積み重ねるぞ」

 「おう。

 完膚無きまで、叩く。

 戦略的には坪内佐と久野さんで、きっちり押さえこんでいるだろうからな。

 ここでも勝って、教訓を与えよう」

 

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