第8話 急襲
今回、俺達はパソコンを持ち込んでいない。
武藤さんと構築した、「能動的な監視および戦闘支援システム」も使う必要がない。俺と美岬、さらには
それに、いざというときに処分する手数の多いものは、行動の足を引っ張る。
パソコンを持って歩く、手放すときはハードディスクを初期化する。こんな手間、戦闘中には掛けられないからね。
とはいえ、美岬に徹夜で外を見張らせるわけにはいかない。美鈴はそういう訓練を受けていないから、俺と慧思で交代交代に見張るしかない。
周囲の林には、慧思と俺で仕掛けたトラップがまんべんなく仕掛けられている。
全く姿を見せない敵が俺たちを襲うとしたら、その目的は、俺たちの士気を砕くことってのが美鈴の推測。
でも、きっとそれだけじゃない。
坪内佐の差し金が大きいと想像している。
今回、相手は、俺たちに固執している前提がある。
その当初の理由は、美鈴の予測ぐらいの意味しかなかったのかもしれない。
でも、不必要なまでに身を隠すことで、相手は追わざるを得ない。
これほど逃げ、隠れるのであれば、なにかの本命なのではないか、って疑念を持つからね。当然、それを補強するような情報を、坪内佐は流しているだろう。
このあたりはもう、完全に化かし合いだ。
どこに真実があるかなんて、解決してからでなければ解らない。
まぁ、それはそれで仕方ないけど、解らなくても打てる手はあるし、それに沿って今回は動いている。
だからこそ、危険。
もしも、俺たちが必要以上に旨そうな餌に見えていたら、ということだ。
− − − − − − − −
とりあえず、シャワーを浴びたら、電気を消して寝る態勢に入る。
向こうからはこちらが見えるけど、こちらからは向こうが見えないというのはまずいからね。
窓はすべて薄く開け、サッシのレールの中につっかい棒を忍ばせてそれ以上開かないようにしてある。
まずは、慧思の番。
俺は寝る。
3時間したら交代だ。
まずは、今夜になるか、来夜になるか。
こちらの情報が掴まれているのであれば、今夜の線が高い。そして、襲撃があるとすれば、もっとも体温が下がって、対応が遅れる明け方が多い。
それに、いくらかでも明るくなってからの方が相手側に有利。こちらには美岬がいるからね。真っ暗でも、美岬には見える。ノクトビジョンなんか使っても、不利は不利だ。
だから、明け方の明るくなり始める瞬間は、俺が見張る。
いくら嗅覚がガタ落ちでも、俺の方が慧思よりは敏感のはず。
− − − − − − −
起きて、見張りを交代して。
慧思がうとうとし出してから、そう時間は経っていない。
それでも、無情に慧思の肩を叩く。
すばやく起き上がった慧思の動きで、美岬と
なぜならば、美岬の髪を数本もらって、互いの指に結びつけてあるからだ。
野戦であれば、肩と肩を触れ合うようにして眠る。
端から、順繰りに刺突されて全滅しないようにだ。肩が触れ合っていれば、最初の一人が殺されても、その筋肉の動きから二人目以降の犠牲は防げる。
ただ、これはこれで自動小銃の一連射のみで全滅する危険をはらんでいるので、室内では美岬の髪が長いのをいいことに、こんな手をとった。
いざというときには、引っ張れば切れるし、でも、切れるほど引っ張られれば、眠っていても目が覚めるからね。
美岬と美鈴は、ベッドとベッドの間に身を潜める。
俺と慧思は、釣り竿を握る。
銃は、相手もよほどでなければ使えない。こんな狭い島で銃声が響いたら、アウトだからね。花火であれば、夜10時以降は禁止だ。
サプレッサーを付けて来るならアリだけど、それはそれでその前提で作戦は組んでいる。
ぱりっ……。
再び、布地の裂ける音がした。
一回目の音で、俺は全員を起こしたのだ。
釣り針を、林の中にいくつも固定してあった。そこに服が引っかかれば、動きが取れなくなる。
ここは離島だから、大きめの釣り針の入手は極めて楽だった。
これに引っかかったら、返しもあるからまず簡単には外れない。身体自体を引っ掛けてしまったら、それこそナイフで傷口を切り開くようにしなければ、抜くこともできない。
多分、服が釣り針に引っかかり、枝かなんかに引っかかったと誤認して、軽く取れると強引に引っ張ったのだろう。で、布地の方が裂けた。
静かだ。
音を出してしまったことで、こちらが気がついたかを見極めるために、間をとっているのだ。
こちらにとっても、時間が過ぎることは好都合だ。
タイムリミットは明け方。
離島の朝は早いからね。敵も、それ以前にすべてを終えて退去していたいはずだ。
さらに待つ。
今度は、りんりんと鈴の音。
戦闘開始。
林の中には、PEの強度の強い釣り糸を、足首の高さに張り巡らせてある。
その糸の所々には、釣り竿の先につける鈴を付けてある。魚信で鳴って知らせるためのものだ。
それに引っかかったのだ。
鈴の音がした以上、俺たちが気が付かないはずがないと敵は判断したはずだ。だから、一気にくる。
どさっという、派手に大きな音。
薄暗い中、PEの色糸は見えない。そして、ある程度の号数を超えると、人力で引っ張ったくらいでは絶対切れない。
それに、足を取られて転んだのだ。そして、転ぶことを想定した場所には、やはり太いテグスの付いた釣り針を撒いてある。これで激しく足止めを食らうだろう。
狙いどおりに、敵の出足を挫くことができている。
でも、相手ももう、これ以上のドジは踏まないだろうな。
俺と慧思、二人共、リールの付いた継竿の釣り竿の手元部分だけを握っている。そして、糸の先には60号の鉛の重り。
敵も本当ならば、ガラスを割るという音を周囲に撒き散らす手段は取りたくなかったろう。でも、もうそんなことは言っていられない。
一気にくる。
正面のガラスの引き戸が破られた。
俺、そこに向かって思い切り竿を振る。
継竿の元の部分だけだから、一メートルほどしか長さはない。
でも、そのおかげで重りの打ち出される速度は、軽く時速200キロを超える。プロ野球の投手以上のスピードだ。そして、60号の重りの重さは220グラムを超えている。
9 ミリ弾の重さがたかだか9グラムで、初速が1400キロであることを考えれば、その威力は拳銃弾の3倍以上ということになり、十分なストッピング・パワーを持つ。
ぼぐっ、という音がした。
身体のどこから当たったのだ。
黒ずくめの人影が、割れたガラスの上に崩れ落ちる。
俺はすぐにリールを巻いて、重りを引き寄せる。
これで、実質的に、弾数無制限だ。
相手は、準備して襲撃してきている。
防弾性能のあるものを着ているはずだ。手加減の必要はない。むしろ、その防弾性能を超えて足止めさせるためには、力いっぱいの行動が必要になる。
大きな出窓のガラスに、別の影が体当たりしてきた。
俺が振り返るより早く、慧思が釣り竿を振っていた。
これも鈍い音を立てて、釣りの重りが胴体にめり込んだ。
声もなく、うずくまり、それから地に横たわる影。
慧思、さっさとリールを巻く。
俺たちが、武器を持っていないことは承知の上で、襲ってきたのだろう。
でも、大型魚を対象とする離島は、そのつもりになれば武器の宝庫なのだ。
今採っている方法ならば、無音だし、威力もある。ありすぎて、頭などに当てたら間違いなく殺してしまう。
防弾装備のある胴体だと思うから、こちらも安心して竿を振れるのだ。
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