第9話 トラップ


 四人目は、再び俺の正面のガラス戸。

 室内に入る前に、竿を振る。

 だけど、今回はうまく行かなかった。

 この暗い中で、偶然か、よほどの訓練で反射神経を鍛え抜いていたのか、握った銃剣で重りを受け止めやがった。

 でも、その代償として、銃剣も手から弾き飛ばされた。

 もう、リールを巻いている時間はない。


 砕けたガラス戸の上に倒れている、一人目の敵の身体を足場に踏みつけにして

一気に飛びかかる。ガラスの破片による、怪我の可能性を排除したのだ。

 相手が慌て気味に拳銃を抜こうとするより早く、その手をとって飛びかかった勢いのままに脇固めに地面に押し倒す。

 肩の関節が外れる音がした。

 そのままその体を踏み台にして、室内に飛び戻る。これは、気絶させるだけの衝撃を与えるためだ。このあたりの容赦ないのは、遠藤権佐から教わった真気水鋩流だ。本来の形は後ろ首を踏み、絶命させる技だ。

 おそらく、まだ敵はいる。動きを一瞬でも止めることなく、撃たれることを防ぐ。


 室内に戻ると同時に、ぼぐっという音。

 慧思が二人目を仕留めたのだろう。

 これで四人目。


 俺が室内に戻るのと同じ速さで、次の奴が踏み込んでくる。

 俺は、床を転げながらヤスを掬い上げ、その正面に向けて突きつけた。

 こちらの武器を視認しながらも、構わず拳銃を構える姿に向けて、俺は簎を発射する。

 敵は、俺の突きつけた簎を、手槍のように認識した。だから、槍を使うためには一回手元に引かねばならないと踏んで、拳銃を撃つ方が早いと判断したのだ。

 俺も、そう思わせるよう、肘を伸ばしてつきつける行動をとった。

 でも、これはゴム付きの簎だ。握った手を離すだけで、簎は手から飛んでいく。

 簎の首には、釣りの重りの鉛の板が巻いてあった。

 防弾着を身につけていても、その衝撃は大きかったろう。防弾着は、運動エネルギーを消してくれる魔法の服ではない。

 その衝撃は、結局は自分の身体で受け止めるしかないのだ。


 声にならない声を上げて、膝をつく男の腕を逆に取り、拳銃を取り上げる。

 そのまま腕を首に巻きつけて、落とす。

 これで五人目。


 「風呂場」

 美岬の声。

 暗闇の中で、六人目が風呂場の小窓から音を立てずに忍び込んできたのだ。

 表に気を取られていたから、危ないと言えば危なかったけど、こちらにはスターライトスコープを肉眼装備している美岬がいるのだ。

 出し抜くのは無理。


 慧思が釣り竿をそのまま振るう。

 竿の先の鉛の重りが、黒ずくめの男の首の下あたりを薙いだ。

 骨の折れる音。おそらくは鎖骨だろう。これで、腕は使えない。

 それでも、痛みを堪えながら反対側の手に拳銃を持ち替えて、構えようとしたその足を、床に寝たままの美鈴が思い切り掬った。

 拳銃を握ったがゆえに受け身も取れず、後頭部から床に落ちる。

 鈍い音がした。


 まぁ、俺ら、相手が拳銃を持っていたにせよ、撃たせるような間抜けではないよ。


 倒れた男たちを外からの死角に順番に引き寄せ、武器を取り上げてからPEの釣り糸で縛り上げる。顔を覆っていたバラクラバ帽も取り上げた。糸が細いだけに、食い込んで相当に痛いだろうけど、ま、しかたない。

 その糸を切られぬよう、特に注意して、刃物という刃物は全て取り上げた。

 通信機のたぐいは、用意しておいた空き缶に放り込む。


 改めて見ると、博覧会だな。

 全員人種が違う。白人が二人、黒人が一人、黄色人種が三人。白人も、ラテン系とアングロサクソン系で分かれるし、黄色人種もそれぞれ顔つきが違う。で、日本人ではなさそうだ。

 意思のやり取りができないよう、タオルを裂いて、猿ぐつわを掛ける。6人分ともなると、俺たちの持ってきたタオルも全滅だ。


 これで、拳銃が手に入った。

 ……まさかの、サプレッサー付きのソーコム Mk.23 Mod.0かよ。

 オプションも付いているし、6丁あれば150万は下らない高額なものだ。

 よほど金が余っている組織とみえる。

 残弾と、手入れの状況、罠の有無を確認する。

 大丈夫だ。

 奪って使っても、暴発するような仕込みはない。

 

 外は静かだ。

 かなり明るくなってきている。

 庭には、肩を外され失神している男が転がっている。

 この男が次の争点だ。

 3ユニットのバディであれば、5人を縛り上げ、1人が庭で失神ということで終わりだけど、バックアップがいないはずはない。

 少なくとも、2ユニット4人はここを取り巻いているはずだ。


 その4人が、中庭の失神男をどう処理するかだ。

 身柄を救出して撤退するか、時間が来たからと放っておいて撤退するか、無視してもう一度4人で再襲撃を掛けるかだ。

 現実的には、6人で手もなくやられた以上、4人での再襲撃に勝ち目はない。

 見捨てて逃げるのがベストではある。

 でも、見捨てて逃げると、次の作戦に影響する。なにがあっても助けるという姿勢がないと、士気が落ちるのだ。やむを得ず撤退するのであれば、それだけの状況が必要だ。でも、俺たちは、建物の中から見守っているだけだから、今そのまま撤退したら、意気地なしというそしりは避けられないだろうな。

 

 俺たちの車のせいで、道路からはこの男は見えない。

 完全に明るくなって、撤退に困る寸前まで見守っていてあげよう。

 ただ、窓と扉の修理代は、取り立てたい気はするけどね。

 さぁ、どう出る?



 それから十五分が過ぎた。

 静かだ。

 ただ、静かすぎることが、未だにバックアップチームが撤退していないことを示していた。鳥が鳴かないのだ。

 慧思の顔を見る。

 どうやら、同じトラップを考えたようだ。



 2人でソーコムを構え、顔が切り傷だらけの男を縛ったPEの糸を切る。

 俺が二回踏み台にしているから、身体へのダメージも一番大きいだろう。

 腕の骨とか、ヒビぐらいは入っているかもしれない。

 銃で脅して立ち上がらせる。


 「あそこで倒れている男を、ここまで引きずってこい」

 慧思が英語で言う。

 返事はしないけど、慧思の言うことは解ったようだ。

 もう一度銃で急かすと、男はのろのろと歩き出した。


 俺たちの考えた狙いは三つある。

 一つ目、人質を安全に増やせるならこしたことはない。

 二つ目、この満身創痍な男を、外で潜んでいるバックアップチームはどう扱うかだ。それで、この男たちの組織の性質が判る。

 一番非情であれば、満身創痍な味方を撃つだろう。ただ、そうであれば、すでに失神している男の方を撃っているはずだ。

 おそらくは、2人ともを救出しようとして、4人が引きずり出されくる。それが俺の読みだ。可能ならば、その4人も捕まえておきたい。

 三つ目、必要な手当をしておきたい。死にはしないだろうけど、重傷は間違いない。これに対して加療した実績が、これからの交渉においてアドバンテージになりうる。壊すのは一瞬だが、積み上げるのは大変なのだ。

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