第3話 儀式への招待
「双海、悪い、美岬ちゃんを早急に呼び出してくれ」
慧思が焦りながら俺の下宿に現れたのは、翌日の夕方。
電話では話せない要件らしい。
「いいけど、晩飯は碌なものがないぞ」
「飯をタカりに来たんじゃねぇ。
さっさと呼べや」
「はいはい。分かった分かった」
「返事は一回!」
「はいよ」
そう応えて、美岬に電話を掛ける。
どうやら慧思、マジで焦っているらしい。おそらく回答を急かされているんだな。
十五分で、美岬はここに来てくれることになった。
「石田佐から連絡があった」
おっ、肩書呼びだ。
思わず背筋が伸びる。
慧思のバイト先の、骨董屋の爺さんではない。組織のナンバー2の石田佐という認識で聞かなくてはいけない話なのだ。
「立太子の礼、俺たち三人、出席しないといけなくなった。ってか、呼ぶから、ありがたく来いだって」
「なんで、俺たちが!?」
「二つ意味があるらしい。
儀式に皇太子と同年代がいると、将来が明るく見えるんだと。まぁ、それは解るよ。
これからの時代を明示させる儀式なわけだからね。同年代以下が一人もいない儀式だと景気が悪い。
おまけに、ほら、普段は身分をお隠しして生活しているわけだから、新たに面が割れるような人も入れたくない。となると、もう俺達しかいないみたいだね。一応は顔見知りだし。
だから、簡単な役割を貰って、花を添えろってさ。
結構なご祝儀も出るらしいぞ。
それから……」
「それから、なんだよ」
「俺、お前たちを裏切ったわけじゃないけど……」
「なんだと?」
「お前らが進路に悩んでいるのを、石田さんに言っちゃった」
「マジか!?
この蛤野郎!」
思わず、慧思を罵る。
「蛤野郎って?」
妙に冷静な口調で、美岬が俺の話の腰を折る。
「一見、口が固いように見えて、温めると例外なくぱっくり開くってこと!
なんでそんなこと言ったよ?」
「石田佐のセリフだ。
双海、お前、できるなら言い逃れしてみろ。
『そろそろ、進路を決める時期だが、決心できたら私に挨拶に来るはずだろう?
未だに来ないのは、きっと悩んでいるのだな?
さ、私に何ができるかわからないけど、話してくれればできることはするよ。それは君も知っているはずだ』
さあ、言い逃れてみろ!」
そう言って、慧思は石田佐のように片眉を上げてみせた。
あ、それは俺、確かに無理だわ。
真正面過ぎて、右にも左にもいなせない。無視もできない、嘘もつけない。
石田佐は、俺たちのような天賦の才ではなく、坪内佐のような知力でもなく、ただただ的確に人の心を推し量る。
春のあとは夏が来るように、日が落ちれば再び上るように、ごくごく当たり前にだ。
無言になってしまった俺に、慧思がつぶやく。
「……このズクナシ野郎」
あまりの言われように、そして、それが俺の「蛤野郎」への反撃なだけに、ぐうの音も出ない。
「『ずく』はあっても、石田佐には太刀打ちできないよね」
またもや妙に冷静な口調で、美岬が話をまとめる。
ああ、判ったよ。
それ、味方する振りで、でも俺が悪いって言ってる。
「ずく」とは、この辺りの方言だ。この場合は、「根性」ぐらいに捉えおけば間違いではない。
「悪かったよ。
象と力比べして負けたって、それは努力が足らないからでも、逃げたからでもないよな。
ごめん」
慧思、鷹揚に頷いて、話を続けた。
「石田佐が言うには、悩むというのは、知らないからだと言うんだ。
知っていれば、人は悩まないと。
俺たちは、『つはものとねり』の武の部分ばかりを見てきた。武の部分ばかりを見て、進路として良いか悩むのは当然のことだ。だから、立太子の礼に出て、平時の延長部分も見ろとさ。で、平時は、文武の文に当たるから、それを意識して見ろってさ」
あー、なる……。
言われてみりゃ、まったくそのとおりだ。
遠藤大尉や小田大尉だって、当然だけど毎日戦っているわけじゃない。
訓練は欠かさないにせよ、偵察潜入でもなければ、日々送っているのはカバーの方のつじつま合わせだったり、事務仕事だったり、御今上に関わる仕事だって多いはずだ。
それなのに、オンステージの時以外の仕事って、考えたこともなかった、
比率としちゃ、絶対にそっちの方がはるかに高いのにね。
美岬と視線が合う。
「私、行きたい」
「俺もだ」
「じゃ三人出席で、報告しとくよ。できるだけ早く返答しろと言われているんだ」
と、慧思がまとめる。
「ラジャ」
「夕ご飯はどうする?」
「私は帰る」
と美岬。
まぁ、そうだろうな。
俺のところで晩御飯を食べている回数が増えると、「通い妻」とか言われちゃうからね。特に、連続してはマズイらしい。女性専用のマンションは、それはそれで周りの目が厳しい。
ひとしきり愚痴も聞くけど、それが安全をも確保している面があるので、美岬も愚痴以上の文句にはならない。
石田さんに出席報告を済ませた、慧思が話に加わる。
「俺は夕食、誘わないのか?」
「飯をタカりに来たんじゃねぇって、誰かが言っていたよな。
ポテチで良ければあるぞ」
「ふざけんな!」
「マジだ」
「本当か? 大丈夫か?」
「なんの心配してるんだ?
自分の夕食か?
とりあえずは、『丸い』で豆腐を買ってあるから、湯豆腐だ。
女鳥羽川沿いで、土筆を採ったから、それを煮たのも添えてやる。
で、それだけだと軽いから、食後にポテチでコーヒー飲む」
「ならいい」
「よくねぇ。
せめて豆腐代は出せ」
「ポテチ代も出そう。その代わり、皿洗いはナシだ」
「わーったよ。食っていけ」
なんともしょーもない商談がまとまった。
さて、考えてみれば、儀式に出る服装とか、聞かないと判断できないことが多い。
燕尾服なんて持ってないし、まさか束帯とも言わないだろう。でも、そうなら、貸衣装を手配してもらわないとだ。だって、結婚式場の付属でしか貸衣装とかって認識していないし、束帯と十二単で結婚式あげる人もそうはいないだろ。かといって、演劇用の衣装ってのも違うよなぁ。
だから、まぁ、とりあえずは、慧思と相談して、事前に石田佐に確認しなきゃいけない項目を洗い出しとかなきゃだよ。
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