第4話 儀式
「つはものとねり」の収入源って、石田佐の骨董店だけじゃないんだ……。
そうか、俺、当たり前のことを初めて知ったよ。
旧財閥系企業の施設が立太子の礼のために提供され、儀式の費用と会食等のすべてについても寄付されたらしい。
ただ、少し考えてみれば、こんなこと当然だったよね。
江戸末期からの財閥も残っているわけだし、その中には、初代の明眼と加藤景悟郎が縁を作った豪商由来のもある。ついでに言えば、その財閥は自分ちで美術館だって持っている。
もしかしたら、その中の相当数の出どころは、石田佐のところかもしれないね。
本当に、こういうときは歴史って繋がっていると思うよ。
で、「つはものとねり」の武の部分というか、おおっぴらにできない諜報とかの影の部分の予算は、石田佐が南帝の財産をやりくりして産み出す。
おそらく、そこにもこの財閥は一枚噛んでいるだろう。
そして、それ以外にも寄付で賄える範囲ってものがある。こういう儀式は、そこで賄えば良いんだ。
旧財閥系ともなれば、表裏共にあちこちの人脈との繋がりも深いし、こういった投資も無駄にはならないのだろうな。
だって、督が直接に総理に繋がっているだけじゃない。「つはものとねり」は、諸外国の諜報機関にも繋がっているし、そこでやりとりされた情報が相当の価値を持つことは俺でも解る。使い方によっちゃ、その価値、億の単位なんてもんじゃないだろう。
ああ、ここの持ちつ持たれつがあるから、石田佐と坪内佐は、独自の防諜回線を引くほど連絡を取り合う必要があるんだ。
なんか納得。
同時に、その重要な回線をすぐに切断できるアメリカ、スゲーってことになるな。
ともあれ、俺達はスーツで身を固めていた。俺、久しぶりに慧思の小綺麗な姿を見たよ。
美岬も、お洒落とは別次元に固めた、隙のないスーツ姿だ。ものすごーく有能そうに見える。ってか、ま、本当に有能なんだけど。
美岬のこういう姿もいいよね。
思うんだけど、美岬については本当に全肯定だな、俺。
これらの衣装は借りたけど、コーディネーターが付いてくれた。俺たち専用の、じゃないけどね。この儀式全体で付いてくれているらしい。
そのせいか、三人揃ってリクルートスーツには見えないよ。
てか、本当に助かったと思うよ。下手なやつ着ていたら、絶対浮いてた。そして、そうならないためのファッションの知識って、相変わらず俺、貧弱なままだ。
ともかく、俺と慧思は、美岬を守るモード。
なんだかんだ言って、こういう席は自信に満ちた男性が多くて、そういう人は女性を放っておかない。わざわざ隅っこまで来て美岬に声をかけるから、俺と慧思が横から居心地の悪い空気を演出している。
そのうち、美岬もこういうのをあしらうの、上手になるのかも知れないね。
督という人を、遠目だけど初めて見た。
三人の佐が揃っているのも初めて見た。
儀式を取り仕切っているのは石田佐で、歴史への造詣の深さがそのままこういったところに生きるのだろうなという感じ。見た目的にも、まぁ、こういう言い方もなんだけど、見栄えがするよね。
ただ、儀式の開始前、石田佐には「次回のこの儀式を、私が司ることは年齢的にもありえない。だから、よく見て、次の機会に生かして欲しい」って、すごくマジな目つきで言われたよ。
慧思の表情が変わったので、こいつ、自覚したんだなって思った。
歴史への造詣とか考えれば、俺より慧思の方が適任だもんね。
さあ、慧思よ。お前も石田佐のように上品な雰囲気を身につけるんだ。どーせ無理かも知れないけど、一日に紅茶を5リットルも飲めばなんとかなるかも知れないぞ。
で、国内外の重鎮といった感じの人と話すのは、坪内佐。
一度ならず話し相手の顔色が変わることがあって、いわゆる外交ってやつが火花を散らしているのだろう。きっと例によって、相手にとっちゃ煮え湯のようなことを、笑顔で飲み込ませているんだ。こういう席では、断りにくいのを見越しているんだろうな。
俺たちの世代を後継者として考えた時に、坪内佐の後釜だけはいないね。
あんなの、将来に渡って誰も真似できないかも知れない。
武藤佐は、部屋の外とのやり取りの方が多い。
やっぱり飛び抜けてきれいな人だし、会場の中心にいるし、仕事上の付き合いの人もいるだろう。だからか、男性が群がるんだけど、自力ですっとそこから抜け出してはインカムに一言二言。で、それが終わるか終わらないかで、また男性の群れに取り囲まれることの繰り返し。
武藤さんがいたら、絶対面白い。そんなことを無責任に思う。
あの巨体を迂回してまで話そうとする人が、どのくらいいるだろうね。
インカムの話相手はたぶん遠藤さんか小田さんで、二人は警備の中心だったから室内にはほとんど入らずで、それもまた妙な気がする。下っ端の俺達が、室内に居ずっぱりだからね。
一旦始まってしまえば、儀式は厳粛に、それでいて雅に進んでいった。北ではこの儀式は一回途絶えたけど、
残念ながら、俺の教養の無さで、詳しいことは見ていても判らない。まぁ、慧思が理解しているから問題はない。でもね、歴史っていうものと、それが今も続いているということだけは痛いほど肌で感じたよ。
とはいえ、俺達は立ったり座ったりしているだけだったけど。なんか、卒業式かなんかに出たみたいだよね。儀式ってのは、一般参加者枠だと、どんなものでもこんなものなのかも知れない。
それでも、テレビで見たことのある人とか、肩書だけで恐れ入ってしまうような人がたくさんいて、正直なところ俺達は小さくなっていた。
儀式は、一番重要なポイントに差し掛かった。
立太子が宣言され、剣が親授された。
あとは礼拝と朝見の儀で終了と聞いている。
美岬の視線も俺の嗅覚も、異常事態は発見できなかった。
そもそも、外郭を遠藤さんたちが守っていて、内郭を武藤佐が守っている。まぁ、何事もそうは起きるはずがない。
こそっと、後ろから話しかけられた。
石田佐並みに上品な感じだけど、知らない顔の人。
儀式が始まるまで、南帝父子に付きっきりでいたから、侍従とかの役割の人なのかもしれない。
「これより朝見の儀に入りますが、その前の僅かな時間に、皇太子が君たちとお話したいとのこと。こちらから移動をお願いいたします」
「あっ、はい」などと、芸のない返事をする俺。
さすがに驚いたからね。
基本のルールは、確かこちらから話しかけないこと、だったよな。それから、今日のお祝いと、五年前のお礼は、絶対に忘れないようにしないと、だ。
三人で、別室に移動する。
束帯から着替えて、洋装礼服の、そう、失礼ながら割りと背格好が俺っぽい人。
そか、こういう表現は俗っぽいけど、朝見の儀はお色直しするんだ。
で、それを手早く済ませて、ちょっとだけでも時間を取っていただけたんだ。
五年前、同年代で、背格好が俺に似ているからと、危険を承知で身代わりになってくれた。それなりに危ない橋だったんだ。俺に対する、暗殺の命令がされていたからね。
それなのに、あの時はお礼もできなかった。
テーブルを前にして椅子に座っている。
俺たちは、最敬礼で頭を下げ、お言葉を待つ。
「五年前、坪内さんから、君たちのお礼の意思は伝えられていますよ。返事は止められていましたが……」
そう、記憶にあるままの口調で話しかけられる。
「改めてお礼申し上げます。御陰を持ちまして、三人とも無事に切り抜けられました。
そして、本日はおめでとうございます」
と、俺。
あのとき、すり替わる前の短い時間、要件のみだけど話もした。その時から、そう変わっているようには見えない。
あと、言葉を聞いて、やはり同じ時代を生きている人なんだとも思った。
きっと、普段は身分を隠して普通の大学生をやっていたのに違いない。今日は、それとは違うモードになっているけど、未だ言葉は普通の大学生をちょっと上品にしたくらいのままなんだ。
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