第十三章 思い出話、就活編

第1話 思い出話


 「武藤さんへの挨拶、済んだのか?」

 「ああ、了解を貰えたよ」

 「良かったなぁ。

 しっかし、人生ってのは分らないもんだ。

 俺、高校の入学式の日、お前のクラスに話しに行ったの、覚えているよ」

 「ああ、美岬のことだったなぁ。それも、相当に否定的な話だった」

 「否定というより警告だ。

 ほら見ろ、ある意味、その警告が当たっただろう」

 俺、それを聞いて笑う。

 その警告を、俺は聞き入れなかった。

 その結果、警告した慧思本人までが、人生を変えられたのだ。


 テーブルの上には、炭火で焼かれた焼き鳥と串揚げが数本、鶏皮揚げ、キャベツにきゅうりのぶっとばし。

 烏龍茶と生ビール。さすがに俺でも、コーヒーと焼き鳥は避けたい。

 俺は、嗅覚を殺してしまうアルコールはパスしていた。普通の警戒すらできなくなってしまうからね。

 慧思は、生ビール。もう、ジョッキに半分ほどは飲み干している。

 こういう時は、普通の感覚が本当に羨ましい。


 「しばらく会えなくなるし、今晩は祝いも兼ねて飲もう」

 慧思が言う。

 「結局、石田さんのところ、ヤバそうなのか?」

 「おそらくは背後のない雑魚だけど、規模だけは大きいし、実力行使が見えていると不慮の事故・・が怖い。

 石田さんのところだけは、どんな間違いも許されないからな」

 「ああ、だよな」

 「まぁ、半年を目処に、行ってくるわ」

 「分かった。

 俺の方は、三ヶ月もすれば、完成したプログラムの実地試験を完了させられる。そのあと合流するよ」

 「頼む。

 でも、お前、三ヶ月間、ハーレムだな」

 「バカ言え。ハーレムと言うには、随分と窮屈が過ぎる」

 「窮屈か。でも、そうとしか言いようがないかもなぁ。

 でも、俺はそんな、窮屈だろうがなんだろうが、複数の女性に囲まれるなんて経験したことないぞ」

 そう言って慧思は大きく笑った。


 俺達が完成させたプログラムの実地試験には、赤外線まで見通す美岬と、生体電位を精密に掌で感じることができる美鈴メイリンの協力が不可欠だ。そもそもの目的が、この二人の能力をセンサーとコンピュータに代替させるものなのだから。

 で、プログラムの実地使用には、組織のウィザードの協力と、美岬の母親の武藤佐の最終チェックが必要になる。

 確かにさ、女性に囲まれての仕事にはなるけど、ハーレムには程遠い。いや、むしろ怖いかも知れない。


 美鈴がこの国に来てから、もう何年経つだろう。

 最初の数年は、ひたすら閉じこもっていた。美鈴の国から美鈴を隠しておくためにも、それは好ましいことだった。

 そして、その数年の間に、美鈴は立派なネトゲ廃人になっていた。


 彼女に与えられたネット環境は限られていたし、日本で生活するには言葉の問題もあった。

 加えて美鈴には、彼女の生い立ちに由来する、根強い対人恐怖という障害があった。

 ネトゲは、極めてドライな世界であったからこそ、美鈴が他者と話すリハビリにはなった。

 そしてなにより、会話はしても、相手の生体電位を感じなくて済むというのが大きい。

 また、言葉が特定のジャンルに特定され、その繰り返し頻度の高い環境は、生活に十分なレベルの日本語の習得を早めた。


 そこまでいくと、イベント参加、オフ会参加と仕方なくとはいえ、ゲームのために外出するようになった。

 このジャンルには、美鈴の国からの参加者もいたけど、オフ会に日本まで来るような物好きも少なく安全だった。そもそもだけど、どこの国の諜報員も廃人と呼ばれるほどネトゲをやり込む暇なんてないし、そこまでやり込んだ者同士の狩りのチームのオフ会は安全と目された。なりすましが参加しても、あっという間にバレるし。

 これはこれで、なかなかの世界なのだろう。


 一応、そのチームの面々の背後は洗ったけれど、当然クリーンだったし、運も良く犯罪傾向、暴力支配傾向を強く持つ者もいなかった。

 で、失礼な言い方かもだけど、そこそこ綺麗で若い女性の美鈴が、オフ会で大切にされないわけがなく。美鈴の国の人間に比べて日本人の人あたりの柔らかさもあって、なんとなくなし崩しに対人恐怖のトラウマが消えていくことになった。


 その頃から、俺達は、美鈴に接触を持つようになった。

 俺達は、年齢も近く、機密に関わる共通のルールを理解し合っていたし、なにより特殊な感覚を共有していた。お互いに嘘はつかない、つけない中で、徐々に信頼関係が醸成され、自分の国から捨てられた美鈴は、ネトゲに絡まない現実世界にも徐々に居場所を作り上げていった。

 今では、それなりの頻度でお互いに行き来して、お互いの作った食事をともにするまでになっている。


 で、だけど、心の動きを素っ裸に見抜き合う人間関係って、それはそれでハードなんだよ。

 俺も男だから、ぼいんぼいんしていたりぷりんぷりんしていたりすると目が行っちゃうこともあるし、そんな俺を誰が責められよう。いや、誰も責められないんじゃないかな、たぶん。

 けど、それを美岬は的確に見抜くし、美鈴も隣り合って座るぐらいまで距離が詰まっていれば、やはり見抜く。でもって、彼女らが見抜いて知らんぷりしているのを、俺がまた分かってしまう。このフィードバックは相当にきついものがある。

 これが感覚的な見抜きではなく、感情まで共有するものだったら、多分自我が保てなくなって融合しちゃうかもしれない。


 ポンジリの串を串立てに放り込んで、慧思はちょっとだけ改まった表情になった。

 「双海、一つだけいいか?」

 「なんだ?」

 「美岬ちゃん、退職が視野に入っているんだろう?」

 「ああ」

 「そのあとのお前、大丈夫か?

 武藤佐の分も含めて、組織に空く穴は大きい。

 飛び抜けた感覚を持つ者のオブザーバーチームからその穴を埋めるしかないし、ウィザード級のプログラマーも必要だ。

 お前の作ったシステムが稼働しだしたとしても、その担当はお前だろう。

 俺との通常の任務もある。

 言っておくけど、頑張りすぎるなよ」

 「大丈夫だ。

 気持ちの問題ではあるけど、前向きの忙しさと、追い込まれてのやむを得ない忙しさは違う。

 気持ちの上で追い込まれることはないよ」


 慧思、俺の言葉を聞いて、ため息をつく。

 「そう言うと思った。

 だがな、物理的制約以上に人は頑張れないものだ。

 だから、追い込まれる前に、きちんと俺を頼れ。

 俺だって、嗅覚以外では、お前と同じ仕事ができる。バディだからな。

 ここで生きていくことを決めたときのこと、忘れちゃいないだろう?」

 「忘れてはいない。てか、忘れられないよ。

 慧思よ、心配するな、きちんと頼るよ」

 「なら、いい」

 それだけ言って、慧思は美味そうにジョッキを空にした。

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