第23話 青い瞳
囲碁の、打って返しの説明動画のリンクを貼ってあります。
ルールが解らない方が見ても、ちょっと爽快です。
よろしかったらどうぞ。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1295841185060122624
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「双海君、顔色が真っ青だが」
坪内佐が言う。
「大丈夫です。ただ、たとえ、武藤佐から受け継いだ19番目と、武藤佐自身の19番目であったとしても、『交叉』がある以上、一致はありえないのではないでしょうか?」
「双海君。
思考が先走って責任を感じていたようだな。
私は、どっちの染色体か聞いただけで、君がグレッグに乗せられて問題を誤解し、デマを広めたなどとは言っていないよ。
ただね、今回の場合、グレッグが言わなかったことこそが重要だし、言ったことから言わなかったことを推測せねばならない。したがって、グレッグの誘導には十分注意すべきだし、言ったことが正しくても、それを言った真意は疑った方がいい。
さらに言えば、今回の明眼の遺伝子の件は、生物学上の大発見だというのであれば、グレッグだって、正解は見えていないかもしれないんだ」
「はい」
「グレッグは、双海君の思考を誘導した。
その誘導が、グレッグの一手となる石だ。
その誘導に乗ることで、こちらが打つ手のすべてが、グレッグの思惑の上に乗ることになる。
乗るもよし、乗らぬもよし。
ただ、その方向によって、この勝負、グレッグの総取りになる線があるということだ。
とにかく、今はその線に注意しながら、検討を続けるしかない」
きっと、坪内佐には、俺に見えていない、いろいろなものが見えているのだろうな。
「まずは、武藤家の問題を解決してしまおう。
こちらだって、生物学的に不明な現象が起きているということであれば、大胆な仮説を立てても許されるだろう。
例えばだが……。
減数分裂のプロセスは、交叉がおき、それによって確実に各配偶子に染色体が配分されるのだったな。逆に言えば、交叉がおきなければ、染色体が配偶子に正しく配分されない。
ならば、交叉がおきず、すべての染色体が一括して卵子に入り、その後、なんらかの機作で母親の父由来の染色体は除外されてしまうとする。
そして、受精後、双方の遺伝子により次世代は成長するが、母親由来の遺伝子の主要部分は、ゲノム・インプリンティングにより優先的に発現する。もしかしたら、これは、減数分裂時に母親由来の染色体以外を除外するシステムとも結びついているかもしれないね。
これならば、クローンでなくても代々の明眼の能力は維持されるし、容姿の特徴的な部分のみを受け継ぐことも可能だろう。
さらに大胆な仮説というより、すでに妄想ではあるが、十六歳で男性と巡り合うというのも、交叉を起こさせない抑制的な染色体を持つ男性を選ぶための、フェロモン分泌の結果という可能性だってあるだろう。
まあ、交叉を起こさせないは言い過ぎだな。染色体の極めて端っこの方のみ交叉が起きているという方がありそうなことだ。父型の遺伝子が、少量でも受け継がれているのだからな」
説明ってのは、付けられるもんなんだなと思う。
そこで、もう一つ聞いてしまう。
「その説は確かにありそうではあります。
ただ、目の色はどう考えたら良いでしょうか?」
「明眼がその能力を使う時に、その目が青変することは私も見ている。
ただ、それをもって、いわゆる青い目と定義して良いのか、私はそこに疑義を感じる。
もしも、eycl3の異常を両親から受け継いだ結果の青い目なのであれば、常時青くないとおかしいのではないか?」
虚を突かれた気がした。
俺も、たぶん美岬も、可能性の検討をするのに、従前の知識に当てはめることしか考えていなかった気がするよ。
思わず、受け答えが曖昧に口調になってしまう。
「それはそうですが……」
とりあえずは、そうとしか言えない。
「普段の瞳の色を決定しているメラニン色素が、一瞬で消えたり現れたりするとも思えない。
また、青い瞳の色はそもそも青いのではなく、青く見えているだけ、すなわちレイリー散乱が起きているのだ」
「レイリー散乱ですか?」
俺、ついていけなくなっている。もっとも、それは美岬も一緒だろう。
「空はもともと青いわけではない。
大気中のチリという微粒子によって太陽光が散乱し、青く見えているのだ。
逆に、夕焼けで空が赤くなるのは、太陽と観測者の間の大気の距離が日中と比べて長くなった結果、散乱を受けにくい赤色のみが届くからだ。
ということは、虹彩にその微粒子に相当する微小構造があり、それは心理的緊張によって具現化すると考えれば筋は通る。
人の虹彩の動きは、心理状態に相当左右されるからね。
だが、従前知られているeycl3にこだわることはない。どんな形でも、その色の光の波長を反射させる微小構造があれば、青く見えるのだからな。
おそらくは美岬さんの虹彩の中で、そのような微小構造を作る動きが起きているのだろう。
結果として、赤外光が見えやすいということだ。
日本国内にも例はある。
日本でも東北、北海道には青い瞳が見られるが、その人たちが北欧系白人と遺伝子的に近いわけではないらしい。形質と一言で言っても、さまざまなバリエーションによる実現が想定できるのかもしれない」
俺たち、圧倒されてなにも言えないでいる。
だって、こじつけ半分にせよ、美岬をしても仮説すら立てられなかった問題を、すらすらと説明しているんだぜ。しかも、この人、生物とかは専門じゃないのに。
しかも、光学の知識も入っていたよね。
そして、前々から考えていたにしても、その仮説が武藤佐を救うかもしれない方向なのがありがたい。
いや、逆だ。
むしろ積極的に、武藤佐を救う方向で説を考えてくれているんだ。
坪内佐の仮説が正しいならば、武藤佐と美岬の問題は解決されるんだ。
「ただ、今の話も、細かい整合性はともかく、大元の証明自体は簡単にできるだろう。
美岬さんの19番目の遺伝子を両方とも調べるんだ。それも、塩基配列を読み込む必要はない。通常の親子関係の証明でことは足りる。そして、その片方が、武藤氏のものとほぼ一致すれば、私の説は正しいことになる。細かい齟齬は当然あるだろうけれど、クローンではないという証明はできるんだ。
あとは、もっと簡便な方法として、代々の明眼でO型以外が一人でもいれば、クローン説は覆される。
それだけの証明であれば、共に即日で結果を出すことが可能だろう」
そこまで言った坪内佐の目が、ついっとフロム・ザ・バレルに向いた。
「そうか。
これは、武藤氏のDNAサンプルだ。
おそらくは、口腔内粘膜の破片か血液などのサンプルが入っているのだろう。
美岬さんのサンプルは、すでにいくらか分析させてもらっている。
この仮説の証明はすぐにできるということだ」
「父は、そこまで知っていた、考えていたのでしょうか?」
少なからず驚いたように、美岬が聞いた。
「そうかもしれないね。
だがね、君たちのクローン疑惑に対して、証明の方法は二つある。
一つ目は、武藤佐と美岬さんの塩基配列が一致する部分があること。
二つ目は、武藤氏由来の塩基配列がないこと、だ。
事態を単純化し、自分自身のDNAが判断のキーポイントになることを見とおして、準備したのだろう。
まったく、あきれるね。
また一本取られた気分になるよ」
またって、前にもあったのかいな、こういうことが。
美岬は呆然としている。
坪内佐の説明に納得すると同時に、そのための行動を終えている自分の父に驚いているのだろう。
「ともかく、朝になり次第、至急で分析を依頼する」
「はい」
さすがにちょっと違うよな、俺が「よろしくお願いいたします」は。
もう、問題自体も武藤家の問題を飛び越えているし。
「証明は結果待ちということになる。
そこまでは、予断を避けるために一旦措こう。
ただ、それとは別に、代々の明眼がクローンかもしれないと双海君に思わせた、グレッグの思惑は考えねばならない」
……グレッグの「打手返し」のことだよな。
「グレッグが、今の段階での落とし所をどう考えていたかを正確に見抜くんだ。
双海君にクローンという単語を匂わせたのは、武藤佐の行動を遅らせるためだけだろうか?
武藤母娘以外に、もう一つ、掣肘できる先がある。
それは、双海君だ。
双海君が、山に籠もるという斜め上過ぎる決断をしなかったら、同じく動揺した美岬さんと合流した場合、どう行動していただろうか?」
「結局は、二人で、グレッグの元に走った?」
思わずつぶやく。
「そうだ。
双海君にかかったストレスは、グレッグが想定していた以上のものだった。
双海君、辛かったのだろう?
この辛さについては、武藤佐も同じだ。
共に、逃避しかできることがなかった。
そして、美岬さん、君は武藤佐が決断できない状況が続いていたら、どうしていた?
グレッグは武藤氏を知らない。だから、武藤氏には頼れないことを前提として、だ」
「それは……、真に避けられていても、真のところしか行くところはありません」
「だろうな。
そして、二人で行ける場所は、国内では石田佐のところかここしかない。
そして、武藤氏の現状分析がなかったら、君たちは私に、ひいては『つはものとねり』に不信感を抱いたままだったのではないか?
勝手に遺伝子情報の特許を押さえたことに対してね。
その不信感は、石田佐のところへも足を向けさせなかったもしれない。
そうなれば、グレッグのところしかないからね」
正直、「やだなぁ」と思う。
自分の行動を予測されるってのは、正直な感想を言わせてもらえば、「気持ち悪い」。
ただ、疑惑という石を与えられたことで、俺たちの身柄まで「打って返し」に総取りにされるという可能性については理解できた。
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