第24話 引退
坪内佐は続ける。
「繰り返すが、今回のグレッグの
まぁ、情報のインプット強度を読み間違えたのだ。
第二が、武藤氏の存在だな。
その二つは、グレッグをして読み切れていないのだから、アメリカの他の組織も知るはずがない。
だから、二人がグレッグの元に自発的に足を向ける可能性に、グレッグの属していない方の組織は焦っただろう。
だから、強硬手段に出た。
双海君が山に入っていなければ、当然拉致されていただろうな」
「ということは、俺は自宅にいると目されて襲撃が行われ、俺の代わりに姉が?」
「そういうことだと私は見る。
一見、行きあたりばったりに見えるが、グレッグの組織を出し抜くにはこの機会しかなかった。
そう考えると、果断な処置をしたことになる。
懐柔の時間的余裕はないのだからな。
ただ、彼らは運が悪かったのだ。これで、双海君がいつもの日常を過ごしていたら、狙いどおりのだっただろう。
そこから判るのは、おそらく昼間のスポーツカーはやはり盗聴されていてもおかしくなかったということだ」
「グレッグが、盗聴器をわざと見逃して聞かせたという線は?」
「当然ある。
その可能性のほうが高い。だが、結果として事態がここに至ってはどちらでも関係ない。結果は同じだからね。
グレッグの手は、どちらに転んでも自分の目的は達成するという、強固な意志に基づいている。行動の成否ではなく、行動自体が結果を呼ぶためのトリガーになっているんだ。盗聴されていても、されていなくても、この結果を呼ぶよう行動しているんだよ、彼は。
おそらくは、双海君が拉致されていたら、事態はもっと速いスピードで動いた。そこにも何らかの付け目を想定していたのだろう。
おそらくにおそらくを重ねることになるが、君たちは自分のカバーを覚えているね?
二年前、アメリカに対して流した、君たちの姿だ。
それは、組織の構成員のカムフラージュに使われた、身代わりの高校生というものだった。
グレッグは、その設定をフルに利用しようとしていたと私は見る。
そもそもは、その設定に痛い目に遭わされたわけだからね。
誘拐させておいて、つまり、石を取らせて、カムフラージュの情報を打ち出すんだ。そうすれば、拉致した方は、限りない失策をしでかしたことになる。
『打手返し』だね。
この件の主導権は、意識してそのままグレッグに握らせておく方がよいかもしれない。彼には明確な落とし所が見えている。
武藤さんが言う『打手返し』は、そっくりそのまま同じ構図でグレッグにとっても『打手返し』になって、相手を追い詰める手になっているんだ。
そこから見えるのは、『つはものとねり』に対する共闘の意思だ。
だから、私たちに対しては、『俺の考えに乗れ』が、彼の意思だろうな」
「でも、最後まで信用できるのでしょうか。
最後の最後で裏切られる可能性もあるのでは……」
美岬が言う。
「そう、そこなんだよ。
問題は二つある。グレッグの信頼度と、最終的な我々との利害の摺合せだ。ただね、この際だから言おう。グレッグの属している組織はCIAではない。『つはものとねり』の幕末からの経緯から解るように、軍関係の諜報機関だ」
「
「まだ、今の君たちに、それが正解でもそうだとは言えないんだ。良い所を突いているとは言えるがね。複数ある軍関係のうちのどこかだ」
「じゃあ、軍の意志が明確に判れば、如何に小細工していても、落とし所は決まるわ。それがひっくり返るとしたら、グレッグの個人としてのクリーン度が問題になる場合のみよ」
「武藤さんも、そこを気にしていました」
美岬の指摘に、俺も口を挟む。
「そうだろうね。私より判断材料が少ないのに、よくやるよ、あの人も。
とにかく、大統領選の女性候補側はイメージよりタカ派で、国内の軍需産業ともつながりが深い。国内諜報機関への権力行使もできる」
「それって、もう答えが出ていませんか?」
思わず口から出た。
「今まで慎重だったのに、答えらしいものを目の前にぶら下げられたからって、ダボハゼのように食いつくんじゃない。
これも基本だ。覚えておけ。
そういう事実があるというだけで、その情報の利用価値は高いんだ。
女性候補がこのことについて、なにも知らなくても不思議はない。巨大な組織というものはそういうものだ」
「はい」
そう返事をするしかない。今回、俺、妙に先走っていることを自覚する。美岬のこと、自分のことだからこそ、冷静さを欠いてはならないのに。
「ただ、基本的な方針はそれで行きながら、可逆的な手を打っていこう。
不可逆点の決断だけは、十分に気をつけておく。
なお……、督は、明日中に総理と会うことになるだろう。早ければ、午前中には方針が出る」
えっ、すごく質問したい。
「そんな急に会えるもんなんですか、総理大臣って」と。
督って誰かも知らないけど、そんな簡単に総理に会えるってのは、よっぽどの側近とかだよね。ただ、不思議なのは、政権交代を含め、総理大臣って代わっていってしまうものだ。それなのに、側近って無理がある。
「双海、聞くか?」
いきなり「君」を省略されて投げかけられた。
「聞いたら、他の進路は選ばせない。『とねり』として生きていくことが確定するが」
それって、「督」の正体のこと?
さすがに、一瞬、躊躇した。
間をおいて、それでも俺は答えた。
「聞きます。
聞いた上で、解決すべき課題を解決し、十年以内に美岬には引退してもらいます」
さすがの坪内佐が驚いた顔になった。
俺だって驚いた。
なんで、俺、こんなこと口走ったのだろう?
「美岬さん、君はどうする?」
坪内佐の焦った声に、俺、口に出してから今更だけど、うすうす自分の中でこんな考えが醸成されていたことに気がつかされていた。
自らの遺伝子までが、国家間の取引材料になる。それを是とするほど俺は露悪趣味はないし、そこまですべてを捧げる気もない。たぶん、それは美岬も一緒だ。
遺伝子は、グレッグが俺たちの子に言及したとおり、次世代に繋がるものだ。俺たちの人生ならともかく、子々孫々に至るまでの人生を、今の俺たちが判断して捧げることを強いられる筋合いはないと思う。
今、この組織のために殉じて戦うとか、良き社会の一員となるというのとは、別の次元の話になってしまうと思うんだ。
俺が、俺の人生を捧げるのは構わない。
そもそも、「つはものとねり」には、姉の件で二年前の恩義もある。
でもね、子孫までってのと同じ程度に、美岬は違うと思うんだよ。
収支を考えたら、美岬は先祖代々、「つはものとねり」に奪われるだけだった。おそらくはこれからも。
だから、今回のことから、「つはものとねり」は、美岬の人生の「通過点」とするべきという考えが生まれたんだ。
美岬が口を開いた。
「まず、一つ目です。
私の人生は私が決めます。
二つ目です。
今まで私は、この組織で生きること以外の選択肢を考えたことがありませんでした。
それを否定することなく、新しい選択肢を真の言葉は私に見させてくれました。
きちんと考える時間をください。
三つ目です。
とても嬉しい。
以上です」
「そうか。
……君たちには敵わん」
そう坪内佐は呟くと、改めて俺たちに視線を据えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます