第14話 要求と妥結


 大きな丸いテーブル。円卓会議だな。

 目の前には、紙コップに入ったコーヒー。

 マクドナルドだ。

 そういえば、入り口から入って左側にあったな。

 香りが、うちの近くのマクドナルドと大して変わらない。これって凄いことかも。


 口火を切ったのはグレッグだった。

 「ハイスクールの生徒のために、呼び出されたのはなぜですかね? サウスとは長い付き合いですから、時間は作りましたが……」

 「この場だけのオフレコということで、いいかね?」

 石田佐が、何かの念を押すように話す。

 「まぁ、いいでしょう。話の行き先次第では、約束を守り続けられませんが……」

 「それは当然だな。構わないよ」


 「こちらとしては、だが、やはり説明責任があるんだよ。撃たれた高校生に対してね。

 今後の安全保障もしてあげたいしね。

 ボーイ・ミーツ・ガールはどこの世界でもあることだが、それが銃弾で彩られるというのは、我が国ではそうそうあることではないのだよ」

 「ほう、そんな事件があったのですか?

 高校生であっても撃つというのは、我が国では『必要』があれば起きることです。

 その件は、本当にどこの世界にでもあるボーイ・ミーツ・ガールだったのでしょうか? なんらかの『必要』があったのではないですか? このガールが、なぜか貴国の諜報機関で代々重職に就いている家系の出だということを我々は知っています。

 ジェームズ・ビドル太平洋艦隊司令の時代からの、二百年にもなろうかという長い付き合いですからね」

 約束があるだけに、バックレるねぇ。


 「そう、そのとおりだ。

 長い付き合いだからこそ、事前に確認をしてくれてもよかった。単なる高校生のボーイ・ミーツ・ガールを物騒な話にしなくてもね」

 「単なるボーイ・ミーツ・ガールを物騒な話にしたのは、そちらの内部が先だったはずです。その騒ぎに対して、同盟国として安全保障に配慮をしたのですよ。

 もう一つ言いましょう。

 世界中のいかな諜報機関でも、九代続けての世襲というのは有り得ない。ましてや、今ここに、十代目になろうというガールがいる。単刀直入に聞きますが、彼女はなんらかのギフテッドなんでしょう?」

 もしかしたら、びくっと身体の反応が出てしまったかもしれない。ギフテッド、すなわち「神または天から与えられた“資質”、または遺伝による生まれつきの“特質”を持つ者」であり、美岬と俺の本質を突く言葉と言える。

 グレッグが、その言葉でダイレクトに切り込んでくるとは思わなかった。


 美岬も一瞬、緊張したのではないかと思う。

 美岬へ視線が動いてしまうことは、意志の力でねじ伏せた。けど、美岬の一瞬の体香の変化を、俺は嗅ぎ逃さなかった。


 それでも、石田佐の、ゆっくりとした落ち着きのある喋り方は変わらなかった。

 「間違ってもらっては困る。

 私が、君たちに謝罪を求めたかね? 責任を追及したかね?

 最初に言ったとおり、説明責任を果たし、今後の安全保障について話したいのだ。

 そもそも、我が国は君たちとは時間に関する感覚が違う。578年創業の建築会社もあれば、705年創業のホテルもある。江戸幕府の260年で、大部分の武士が同一役職を代々受け継いでいた。朝廷の役職だったら、軽く1000年を超える。

 たかだか200年にも満たない期間のことで、『世界のいかな諜報機関でも有り得ない』などと君たちの常識で断じられても、我々としては困惑するばかりだ。

 その上で、余計な気をまわして相手の懐を、ましてや組織に属する人間の家族を探るなど、同盟国としての信義にもとるのではないかね?」

 石田佐の言葉を受けたグレッグも、顔色ひとつ変えなかった。


 「それではこの場の話は、そういうことにしておきましょう。それでは具体的に、今回はどういう話がしたいのですか?」

 「この娘は、確かに我が国の機関で、九代重職に就いた家系の娘だ。

 だからといって、この娘が十代目になるかどうかは別の話だった。本人の意思が継ぎたいにせよ、継ぎたくないにせよ、ティーンの意思は大人になるにつれて変わりうるからね。

 だがね、さっき『別の話だった』と言ったのは、あの銃弾がこの娘の未来を決定してしまったからだよ。それのみではない。双海、菊池の両名についてもだ。どうせそちらなりに身許調査はしているのだろうが、この二人こそ、普通の高校生に過ぎなかった。

 しかし、ボーイ・ミーツ・ガールの帰結として、この三人はもはや別の未来を生きることはできない。

 別の未来を生きるためには、諜報機関などとは縁のない世界に行けるという保証が必要になる。そうでなければ、この先、安心して暮らすことなどできないからね」

 石田佐は一旦言葉を切り、グレッグに向けて改めて向き直り、姿勢を正した。


 「グレッグ、聞いてくれ。

 その保証を我々は、未成年のこの三人に対してできないんだ。

 君も知っていると思うが、私は嘘は言わない。商売人として、相手の誤解につけこむことはあるかもしれないが、嘘は言わない。

 私は確かに、君には最大の感謝の気持ちを持っている。

 君の尽力でブラックバードを飛ばしてもらえなければ、この三人の命は去年、尽きていたかもしれないんだ。

 だが、知ってのとおり、あの銃弾をきっかけに、すでに状況は日米の手を離れ、日米以外の国からの襲撃を想定しなければならなくなっている。

 したがって、この三人はもはや別の未来を生きることはできない。

 自由で安全な未来との引き換えは、顔と名前を変えることだという酷な選択を、すでにこの子たちに強いたのだよ、我々は。

 だからね、ありえないことだとは思うが、もしも日米が国家断絶し、戦争状態となったとしても、この三人の安全だけは保障してもらいたいのだ。無期限ではない。大学を卒業するまでの間のことだ。

 また、これは十分にありえることだが、最短で5年後、この三人が我が国の機関に属することになったとき、その『始まり』について理解しておいて欲しい。

 グレッグ、君がさっき言ったように、十代続けての諜報機関入りは確かに珍しいと言えるかもしれないが、そのうちの五代は、アメリカとの関係を続ける中で、やむなく組織に入らねばならない結果となった。この娘で六代になる。このあたりの事情は、君たち自身も解っているはずだ。

 個人的な愚痴を言わせてもらうがね、結果として、貴国と付き合うことで個人の人生を捧げざるをえない例が多すぎる。

 それを知っていて、ギフテッドうんぬんを邪推するなど、烏滸おこがましくはないかね?

 だから、この三人が、喜んでこの仕事に就くことを決めたとは思わないで欲しい。それが、『始まり』だ。

 この三人の能力が劣っている、士気が低いなどということはないし、それとは別の話だ。

 だが、この三人の人生の転機は、我々なりの安全保障、君たちなりの安全保障の結果生じてしまったもので、両国が良好な関係を続けることこそが、『始まり』への償いとなるだろう。

 それについては、異存はないと思うが?」

 石田佐は、一気に寄り切るように話した。


 「そうですね。

 貴国との間がどのような事態に陥ったとしても、我々の間での通話チャンネルは常に確保されてきました。

 その過程で、太平洋戦争中など、交渉継続のために後を継ぐ形になった方は多い。

 言いたいことは、分かりました。

 両国の政治、経済、国民感情など、国交の方針を定めていく要因は様々にありますが、石田さんや我々の組織が火種になることはこの先もないでしょう。

 もう一つ、オフレコの場ですから言ってしまいますが、この三人を出汁にしなくても、次の大統領選挙の結果の次第にかかわらず、貴国との関係をこちらの組織から変えるつもりはありませんよ。

 更に付け加えますが、この先五年間、合衆国の事情でこの三人にアクセスするつもりはありません。この約束を反故にすることがあるとしたら、それはこの三人が、合衆国に対する破壊活動を行ったときです」

 「その言葉が貰えれば十分だよ。それが私から三人への説明責任であり、安全保障だ。

 出汁の件は、明察に感謝する。

 ありがとう。終了としたい」

 石田佐は、そう言葉を切った。


 しかし、石田佐とグレッグの間には、言葉にされなかったたくさんの交渉があったと思う。

 オフレコと言いながら、グレッグは二年前の銃撃について自分からは全く触れなかったし、石田佐も追求しなかった。グレッグが疑問を呈したギフテッドの疑惑についても、石田佐は追及すること自体の非を問いはしたが、否定はしなかった。そして、グレッグも追及しなかった。

 どこまでがブラフで、どこまでが真実なのか、また、その言葉の信義はどこまで有効なのか、俺には判らなかった。


 「石田さんの言いたいことは分かりました。が、それには、この三人をわざわざここまで連れてくる必然はなかったのではないですか?」

 グレッグが、一転して打ち解けたように聞く。

 テーブルに前かがみだった姿勢も、椅子に寄りかかったリラックスした感じになっている。


 石田佐は笑った。

 「グレッグ、さっき、私が、エノラ・ゲイの前でこの子たちに説明した言葉は、モニターしていたんだろう?」

 「石田さんに限らず、あそこでエノラ・ゲイを見上げる全員の言動は記録されていますよ」

 これだもん、言い逃れたんだか、正面から受け止めたんだか判らない答えだよな。


 「三人には、これから他の展示も自由に見てもらおうと思っている。ライトフライヤー号の複製機から戦闘機、宇宙開発に至るまでね。それがこの子たちにどういう意識を植え付けるか、アメリカ人である君にはよく解るだろう?

 それともう一つ、合衆国を代表するパーソナリティーとしての君に会わせたかったのだ。上官を手のひらで転がす抜け目のなさと、それでもアメリカ人としての美徳を持った、血の通った人間としての君にね。長い付き合いが見込まれるからねぇ」

 「そういうことですか。

 展示は素晴らしいですし、この国には、私より良い人材はいくらでもいますよ。

 武藤美岬さん、双海真くん、菊池慧思くん。合衆国ステーツを楽しんでいってください。

 これからの良いおつきあいを期待しています」

 グレッグはそう言うと、席を立ち、俺たち一人一人と力を込めた握手をしてから部屋を出て行った。

 今、フルネームで俺たちを呼んだよな。

 紹介も何もなくても、俺たちのことを認識ししているんだな。

 当然のことだけど、ちょっと怖い。


 「さて、今日はこれから、この博物館をゆっくり見るといい。好きほど見たらワシントンDCに移動し、ホテルにチェックインすること。

 明日午前は、ホワイトハウスなど君たちが好きなように観光をして、お昼から予約済みの鉄道アムトラックでニューヨークに移動し、ホテルにチェックインしなさい。ニューヨークのホテルに、翌朝迎えに行くけど朝食を済ませておく必要はないよ」

 石田佐も言うだけ言うと、やはり部屋を出て行った。


 冷めたコーヒーをすする。

 うん、筆舌に尽くしがたいほどマクドナルドだ。

 「なんかさ、石田佐とグレッグに、手のひらの上で転がされている気がしないか?」

 慧思が言う。

 ……同感。

 まぁね、仕方ないんだけれど。

 たとえば、これからこの博物館を見ることで、俺たちにどんな影響があるというのだろう?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る