第10話 帰りの新幹線の中で


 「石田さん、面白い人だったな」

 慧思がいう。

 組織から離れたら、上司筋であっても固有名詞に肩書きを付けて呼ばない。

 これでも、一応、秘密の組織なんです。


 夕食を食べながらの雑談は、確かに楽しかった。

 田楽の歴史だけでなく、目に付くものすべての由来を知っているんじゃないだろうかという豊富な知識。そして、それを会話の中で笑いに変えるウィット。

 武藤佐や坪内佐のような、キレを感じさせるわけではない。

 むしろ、上品さの中に人を和ませる暖かみと、人としての包容力を感じさせられるのだけど、その豊富すぎる知識が、人のいいおじさんという場所にイメージを定着させない。

 六十歳の人が初対面の高校生三人と会話して、笑いを取り続けるって、実はすごいことなんじゃないだろうか? そして、不思議なことに、話すほどに得体が知れないのだ。


 だいたい、美岬の父親を酷い目にあわせたって話、美岬すらそれを知らないから判断できないけど、そんなに酷い目にあわせたんだろうか?


 帰りの新幹線が空いているので、座席を回して四人分の席を占領しているけど、ありおおっぴらな会話はできない。どこで誰に聞かれているか判らないからだ。

 でも、このくらいの声量で、内容を誤魔化して話すのならば大丈夫だろう。


 ひとしきり、石田佐の知識量があったら、文系科目の受験対策は不要だよねという話で盛り上がったあと、美岬が宣言するように言い放つ。

 「その石田さんも知らないことがあります。

 発表します!」

 「なになに?」

 美岬は、重大な秘密を打ち明けるのにふさわしい声と表情を作った。

 「代々の相伝で失われた流派、相伝なんだよね。変な言い方だけど」

 その言い方って、まさか?

 「えっ、口伝相伝だから伝わっていること自体が内緒で、まさか残っているとか? 明眼の能力も相伝だしね。相性はいい気がする」

 慧思も同じことを思ったのだろう。俺が言いたいことをすべて言ってくれた。

 無意識に三人とも小声になり、顔が近くなる。美岬の長い睫毛くっきりと見えて、ちょっとどきどきする。前より長くなったよな、絶対。


 「うん、一世代に二人だけ。一人だと交通事故とか、不慮の事故に遭っただけで絶えちゃうから……」

 「この流れだと、一人は美岬の父親さんだよね。もう一人は?」

 俺が聞く。

 「遠藤大尉。

 立場で継いでもらう人と、最強を保つために継いでもらう人とで二人なの。で、その二人の年齢は五才以上離れていること」

 「保険がしっかり掛かっているわけだ。伊勢神宮の建て替えみたいだね。で、なんで、石田さんも知らないぐらい内緒になっているの?」

 慧思が聞く。


 「伊豆の出身の浪人、加藤景悟郎の代から相伝される際に、口伝で伝えて良い相手の条件というルールも伝えられるの。

 だから、さっきまでで、小田大尉と母、私で五人だけが知ってました。が、これで、七人になってしまいました」

 「マジかよ。百四十パーセントの増加率じゃないか」

 思わず言うと、美岬が目で叱ってきた。

 「増加率とかいいから。

 石田さんの言い方じゃないけれど、それだけ汚いやり方がたくさんあって、世に出て使い方を間違えられると事件が多発しそうなんだって。

 江戸時代ならばそういう技術にお金を払って利益を得るという、一定の需要があったけれど、現代じゃあそういうこともないし。なんていうのかな、変な言い方だけど、顧客層がすっかり削られちゃったので、その流派があること自体を知る人もいなくなった感じかな」

 「必殺仕事人みたいだよね。じゃあ、美岬ちゃんも具体的な技とかは知らないんだ?」

 また古い時代劇を例に出すなぁ。慧思らしいけどな。


 「ええ。

 ただ、聞いた範囲だと、複数箇所を同時に攻撃する修練をするみたいよ」

 えっ、その程度か?

 そのまま疑問を口に出す。

 「ん?

 複数箇所を同時に攻撃するって、それだけなら別に汚くないよね?」

 「私が母にしたのと同じ質問をするのね。

 具体的には教えてもらえなかったけれど、足の親指と手の小指を攻撃対象にし、技術体系に暗器による暗殺を含んでいて、毒殺まであるとは聞いたよ」

 慧思が納得した顔になった。


 「えげつねー。小指を狙うって、下から斬り上げるのかな。古武道はあるよね、そういうの。

 甲冑つけていても守れない脇の下とか股間とかを、ピンポイントで下から攻撃するテクニックがさ。足の親指をどう攻撃するのかは、わかんないけど。

 で、暗器って、なに?」

 「掌剣、手裏剣、独鈷杵とか。

 それがなんだかは、手裏剣以外分からないよ。

 ネットで調べても、ゲームの用語と仏教の法具しか出てこなかったし。そもそも、ここまで教えてくれたのさえ特例みたいな言い方だったから、それ以上聞けなかったんだよね」

 「やだやだ。

 きっと、刃には毒を塗ってとか、暗闇で後ろからとかもアリというより、推奨なんだろうな。

 とりあえず、双海、頑張れ。お前の領分らしい」

 「話の流れから気が付いていたけれど、やっぱ、俺か?」

 相伝されるんだろうなぁ。正直、最強の軍人と熊、どっちから伝えられるのでも気が重いわ。


 「遠藤さんが、現代戦でも極めて有効だと言うんだから、よっぽどだよね」

 マジかよ!?

 実戦というか、戦闘のテクニックは、江戸時代と大きく様変わりしている。

 今の戦争の現場で、剣術なんぞ、テクニックとしてはなんの役にも立たないだろう。

 きっと宮本武蔵だって、普通の装備の自衛官には絶対に敵わない。日本刀と89式小銃じゃ、一生を捧げて身につけた技ですら、その溝が埋めようがない。

 それなのに、現代戦のプロが有効というほどの先進性を持っていたのだから、江戸時代にどれほど汚いと言われたか想像がつく。


 そう考えると、残念なことに、戦いに美学を求める時代はもう終わったのだと思う。戦いに効率を求めだすと、と殺とか駆除と変わらなくなる。非人道的なという表現も極まれる感じだ。


 ただ、それでも考えてみると、単なる非人道的殺傷テクニックのみを延々受け継ぐもんだろうか? とも思う。

 遠藤さんは、毎日のように射撃の訓練をしているし、その人が江戸時代の武道に有効性を認めるというのだから、それはそれで「何か」があるんだろう。その「何か」は想像もつかないけれど、単なるテクニックではないことは確かだと思う。


 とりあえずは、今は、今の訓練課題をきちんとこなしていくことが大切だよな。

 半ば悩むように考え、自分の気持ちをそこに落ち着けさせたのとほぼ同時に、新幹線は俺たちの街の駅のホームに滑り込んだ。

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