第17話 敵襲


 ふと。

 空気が変わった。

 音なしの構えで、自分の存在を空気にしていた慧思が立ち上がる。


 振り返って気がつく。

 モニターに映る複数の人影。


 敵襲。


 その変化を背中で感じたのだろう。はっとしたように、美岬も顔を上げる。

 慧思がドライな声で言う。

 「指示をくれ。

 この家の、三号配備というものの詳細を、まだ俺たちは知らない」

 「大丈夫」

 そう短く答えると、美岬は俺から離れ、部屋の鍵を解錠してから、モニターの脇の、部屋の照明用にも見えるスイッチを入れた。一瞬で強い美岬に戻っている。いや、戻っているように見えるだけかもしれない。


 「これで、ガス、電気、水道まで含めて外界と遮断された。坪内佐のところにSOS信号も流れている。今から30分耐えられれば、助けが来る。

 でも、今回はこちらもガードが上がっているし、ヘリポートも近いから、半分くらいの時間で済むかも」

 監視用カメラは、侵入しようとしている人影を克明に記録している。データは、こうしている今も、「つはものとねり」に転送されている。やはり、相応のリスクを負わないと、この家にちょっかいは出せないらしい。


 だが、拍子抜けしたことに、たいして良くもない手際ですべての出入り口をチェックすると、全員が引き上げてしまった。街区を監視しているカメラにも、もう、映っていない。

 思わず三人で顔を見合わせたけど、こちらから出て行くようなことはしない。美岬から関節技を極められた、一年前の教訓があるからな。相手が去ったと思った時こそが、危ないのだ。


 坪内佐から連絡が来た。あと10分足らずで着くという。

 こちらの事情を説明する。

 この時点でサイレンを鳴らして急行しつつあった警察車両は、ことを大っぴらにさせないため、到着しないまま引き返していった。

 坪内佐に詳細を告げ、出入り口に爆発物などが仕掛けられていないかの調査をお願いする。

 ブービートラップなんかあると困るからだ。


 もっとも、この短時間では凝った仕掛けは無理だ。家の内側向けの仕掛けならば、外側からなら簡単に解除できるはずだ。

 そうこうしているうちに、坪内佐と二組のバディが到着する。


 出入り口をすべて確認、オールクリアの合図がくる。

 んー、手際が良くないな。遠藤さん、小田さんなら、この半分の時間でやってのけそうだ。

 って、俺、目が肥えすぎた?

 やだなぁ、一流を見て育つってのが、この現象なのかな。


 玄関を解錠し、五人を招き入れる。もっとも、家に入ったのは坪内佐のみで、あとの二組のバディは周辺パトロールと警察への協力依頼の任に当たった。パトロール後は、坪内佐の帰りの護衛なんだろう。


 坪内佐は、無言で持っていたバッグから紙包みを取り出すと、置きっぱなしになっているMacBookの脇に置いた。

 TXαだろう。

 飲み薬で飲まなきゃ良いだけだと思っていても、その存在が不気味に見える。持って帰って貰おうか、などと考える。


 更に、もう一包み、こちらは遥かに大きいけど、それでも片手で持つ小さなバック程の大きさだ。こちらの疑念を感じたのだろう、その紙袋の中身をテーブルに広げた。

 おおっ、金銀財宝! って気がする程の量のアクセサリー。

 ネックレス、イヤリング、髪留め、バレッタ、えーっと、ブレスレットに指輪類、そしてブローチに、付け爪まである。

 さらに、弾力のありそうな針金と、なんだか見たような黒いかたまり。


 「私が見るところ、威力偵察を始めたようだな。

 相手の出方からこちらも対応を考えざるを得ないが、君たちの精神的負担を減らすために、警察に巡回を高密度にしてもらうように依頼しておこう」

 ありがたいことです。

 「今回のことは、これらの道具類を持って来るという目的を、相手に推測させる機会を奪ったというメリットを含めて考えるんだ」

 おお、なるほど。視野、広いなぁ。


 「まずは道具類、アクセサリー類だ。すべて、発信器を内蔵している。電波発振周期、チャンネル等すべて異なる。

 付けるときはできるだけ多めに、ただし自然にな。

 身体検査はあると思うが、どれか一つが生き残れば良い。

 針金は形状記憶合金で、微細な発振チップが仕込まれている。ブラジャーのワイヤーとして差し替えて利用する。このかたまりのようなのは、靴のかかとだ。瞬間接着剤で簡単に付く。

 靴、アクセサリー類は見破られる可能性が高いし、そもそも当初から無条件に外されるものだと思っていい。が、ワイヤーは服飾の範疇なので見落とされることが多いことは覚えておけ。

 付け爪は、目立つもの、目立たないものとあり、サイズは揃っている。足の爪あたりの装着も考えておくように。靴まで脱がしても、靴下までは脱がされない例が多い。

 こっちの群れは、探知機を使われても検出されないものだ。こちらからの特定の信号を送らない限り、電波が発信されないパリティショット式だ。常時電波を出すものを囮用として、パリティショットを中心に構成を考えるように」


 そして、続ける。

 「こっちがTXαだ。飲んで十分後、一気に仮死状態になる。

 仮死状態に至るまでの時間は、かなり正確なものだ。

 脳には作用を及ぼさないので、意識はクリアだ。それが却って悲劇にならないよう祈る。

 なお、2時間弱で代謝され無毒化する。美岬さんは若いから、若干短いだろう。仮死状態が解けた時に、引き続いてもう一錠飲めば、仮死時間の延長は可能だが、事故率は40%まで上がる。

 最後に、同時に二錠飲まないように。

 確実に死ぬ」


 坪内佐はさらに続ける。

 「以上、武藤佐からの要請に応えたものだ。他にも要請はあるが、それを話す立場にはない。君たちも知る資格はない。

 君たちからの要請の、菊池君の祖父上の迎えも、先ほどのバディが行くことになっている。

 パリからの今後の要請としては、これらの発信器からの信号の追跡と、その報告を双海、菊池両君に行うことだ。

 無事な作戦終了を祈る。

 なお、繰り返すが、今回は全面的に協力するが、君たちはこれが終わったら普通の高校生に戻れ。

 以上だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る