第8話 奇跡の種明かし?
「小田さん、遠藤さん、ありがとうございました。連絡も取れない状態でしたから、今日来て頂けるとは思っていませんでした」
テーブルの横に立って、最敬礼で冴えないおじさんたちにお礼を言う。当然、ここでは肩書きは付けない。
とんがっているだけの奴と、隣のクラスの奴を解放してやったのを見て、お礼をしに美岬とテーブルに行ったのだ。
このおじさんたちは、組織の小田大尉と遠藤大尉だ。ちなみに、「おじさん」と呼ぶと、マジで怒られて、漏れなく本当の恐怖ってのを教えてもらえる。
でもさ、なんかあのとんがっているだけの奴、最後には尊敬の眼差しを小田大尉に向けてなかったか?
ともあれ、木を隠すのは森の中、こういう雑然とした場所では、案外機密を話しても大丈夫なものだ。もっとも、最初からその安心感を狙って盗聴機器を使うとなれば、話は自ずから異なるけれど。
俺たちが立っているのもその判断。同じテーブルにお客と店員が座っていたら、どうしても他の人の視線が向くからね。
小田大尉が単刀直入に言う。
「しばらくは、『連絡がないのは良い便り』だと思ってくれ。次の任務の潜入国が確定したので、さらに会えなくなるだろう。おそらく、冬休みの訓練合宿まで顔を会わせることはあるまいし、その後のことは予想もつかない。君たちの冬休みが終わる時期あたりから、武藤佐も潜入することになった」
小田大尉と遠藤大尉は、「つはものとねり」の最精鋭のバディだ。
美岬の母親の、武藤佐が統括する実戦部隊に属している。
「佐」とか「大尉」は、「つはものとねり」の階級で、天武天皇の時代からのものだ。この組織は、諜報機関としては世界最古の歴史を持っている。
小田大尉は警察官をカバーとし、遠藤大尉は自衛官をカバーとしている。そのためか、調整及び工作活動は小田大尉主導、純粋に戦闘行為であれば遠藤大尉主導と、なんとなく棲み分けているように見える。
「それでは半年ぐらい、また母には会えなくなりますね」
美岬が言う。
口調は変わらないが、失望は隠しきれていない。おそらくこれから先の一年で、二、三回しか会う機会がないことが確定したのだから仕方がない。父親はトルコにいるし、美岬はあの大きな家で一人暮らしなのだ。淋しくないわけがない。
「まぁ、そんなこともあるし、姫を『高校の三年間を辛い状態のまま置いておくんですか?』って、双海に正面から問われたのも無視できないからなぁ。一度、この学校にも来てみようと思ったんだ」
遠藤大尉が言う。
この二人が、美岬を中学生になる前から鍛え上げたのだ。
そして、この二人は、上司の娘である美岬を姫と呼ぶ。
小田大尉が言う。
「それで、どうせだからと校内の人間関係を調べたら、あの生徒と半グレ未満の関係が浮かんでな。
所轄に聞いたら、あいつ、そろそろ悪い筋に目をつけられていて、カタギに戻れなくなりそうだったらしくてな。名前がピックアップされていたよ。
で、あいつの属しているグループがこの近くで今晩集会らしくてな、なら、今日ここに来るだろうっていうんで、まぁ、こっちも来て見たわけだ。
いい機会だったから十分に脅しといた」
そうか、それで、か。
この二人の、御都合主義的なまでにいいタイミングの出現は、やっぱり理由があったんだ。
つか、この二人の行動に、偶然はありえないよな。
なんか、安心した。
で、安心のあまり、失言。
「そうですか。どちらかというと、ありえないほど親身になってくれる警察のおじさん、という感じでしたが……」
「『おじさん』は取り消せ」
あ、遠藤大尉がマジな顔になった。
「失礼しました。取り消します」
慌てて言う。
現役の自負だ、これ。
この人の恐ろしさは、夏休みの合宿訓練で身にしみている。厳しい教官というだけならまだいい。こちらに恐ろしいほどハードな訓練を課しながら、本人はその倍以上のことを平気な顔で同時進行でクリアするのだ。腕立て伏せだって、カウントごとに俺は一回、大尉は二回をこなす。
「俺は現役だからな」って、その目付きがコワカッタよ。
「でも、小田さんの言うことに、説得力がありすぎてびっくりしました」
正直に思ったことを言う。話題そらしの意味も、当然あったけど。
きっと、美岬はこの話題に口を開かない。
だから、俺がこの場では話す。
いくら相手にしていなかったとはいえ、あそこまで自分を否定する相手を好意的に見るのは不可能だ。たとえ、それなりの理由があったとしても、斟酌する義理はない。でも、相手を嫌いと口に出してしまうことは、結果的に自分の弱さと取られかねない。
だから、美岬は口を開かない。
余裕からではない。
自尊心と、それを支える痩せ我慢だ。
そして、そんな美岬だから、俺は守らねばと思うんだ。
「一応、今は、警察の飯を食っているからな。当然、ある程度の法律の知識は持っている。
だから、あの二人には、あの二人に解るレベルで、こっち側に有利になるよう煙に巻いただけだ。
あちこちで言い尽くされているけれど、『法律は弱者の味方ではない。知っている者の味方だ』からな。
まぁ、そのうちに、受験勉強の公民の範囲を超えた、法律の読み方、運用方法、判断基準も教えてやる」
「ありがとうございます」
この人も、作戦遂行能力以外にも幅が広いなぁ。
遠藤大尉が言う。
「俺も、法について最低限は押さえているが、仕事に絡む範囲だけだ。小田の知識は、六法全てをカバーしているからな。って、お前、司法試験受けてみるって話、どうなった?」
「いい加減嫌になるほど法律運用に絡む仕事をさせられたんで、遊んではみたよ。なんとかなったみたいだ。
モチベーションを作るのに、受験ってのはいい刺激だと思ったよ。
ただ、この先の修習を受けるのは無理だから、修了試験はもっと無理だ。そもそも、この歳で法律家への転職は考えていないしな」
「はー、たいしたもんだ。でも、転職すれば、アレから逃げられたんじゃないか?」
「なんだと? そいつは思いつかなかった。失敗したな」
二人で笑っている。
おい、アレって、武藤佐のことだったよな?
あ、美岬が少しだけ反応してる。
自分の母親への言に、ちょっとだけの憤慨と、その十倍くらいの同意を感じているらしい。
美岬も、母親への想いは複雑だからなぁ。
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