第9話 プロの作戦立案って、えげつねー
「ところで、こちらでは、お二人を対象にアラートが出ていたんですよ。潜入任務にも従く人が、見透かされちゃっていいんですか?」
美岬が、ちょっといたずらっ子みたいな表情で言う。きっと、『ちょっとだけの憤慨』から出た表情だ。
「どういうことかな?
アラートが出ていたって?」
小田大尉が不審そうに聞く。
めんどくさいので、俺のスマホから、アラートメールと続報をそのまま見せる。
あ、今、目の前にいる不審者が、隣のクラスを出たという報告が来てたよ。
両大尉の顔色が変わった。
ひそひそ相談を始める。
「どこで注意を引いたかな?」
「いつもの擬態だが……」
「だから余計に悪い。なぜ、一介の高校教師の関心を引くんだ?」
あ、この人たち、マジか?
「空手で、三段か四段って聞きましたよ、その先生」
美岬が、真面目な顔になって言う。
「空手家かどうかは関係ない。同じ業界の奴にバレるのであれば仕方ない。だが、諜報の素人にバレるというのは、問題がありすぎる」
深刻な表情で、小田大尉が言う。
「偽装の全面的見直しが必要だろうな。自分たちで分からないとすれば、どこかで再チェックをしてもらわねばならん。ところで、姫、双海、君たちから見たら、気がつくことはないか?」
美岬の眼が、一瞬青光りした。
「ありません。筋肉の熱量から、午前中にいつもの訓練メニューをこなしているのが判ります。
お昼に、辛いものを食べたのか、腹部が温まってますね。
武器の携行は、それぞれ拳銃1、ナイフ2、靴に隠されたものが何かは判りません。
あとは、全体的にリラックスしています。正体をうかがわせるものは特に見えません」
美岬の、赤外線レベルで見えるものの多さに、いつもながら驚かされる。
俺も一歩、回り込んで、風下に移動し話す。
俺の嗅覚で判ることを、だ。
「いつもの訓練メニューどおり、小銃と拳銃と、両方の実弾を撃ってますね。遅燃性、即燃性の二種類の硝煙のにおいがします。
訓練後は、シャワーを浴びてますね。でも、おそらくは訓練中に持っていた小物から、手ににおいが移っています。
ここまでの移動手段は、乗用車、ただし個人の持ち物ではなく、なんらかの組織による管理の車です。それに、来がけにガソリン、入れてきましたよね。
お昼に食べたのは、パスタで、アラビアータソースですね。ペンネが王道ですが、スパゲティだとしてもそこまでは判りません。また、レストランで男二人が同じメニューを頼むのはあまりないことですし、工程が単純な料理であること、オリーブオイルが一番ポピュラーに手に入る銘柄を使っているので、かなり辛目に作った自炊ではないかと思います。となると、お二人の今の潜入地は、ここからあまり遠くない場所かと思います。
武器の携行については、拳銃を持っていることは判りますが、ナイフはわかりませんでした。靴に隠されたものは、特定はできませんが、割と新しい電子機器であることは判ります。
硝煙と武器のにおいを除けば、一般人の生活背景臭から離れたものはないです」
遠藤大尉の顔が、ちょっと神妙になった。
畏怖まではいかないけれど、敬して認めてもらっている感じだ。
「流石だな。二人合わせると、武藤佐より読み込み情報が多い。で、判るのはそれだけか?」
「クイズみたいですね。出題者の興奮みたいなものは感じますが」
答えながら考える。何かに気付け、と言うことなのだろうけれど。
「あっ!?」
どうした、美岬?
「嘘をついてますね、お二人とも……」
なんですと?
頭が高速回転を始める。
美岬は顔色の変化で、嘘をついたのを見破ったのだろう。特有のパターンがあると聞いている。
この二人、おそらくは尋問に対する訓練も受けている。嘘発見器への対応もできるだろう。それで、さっきまでは美岬をも出し抜いていたけれど、隠す気がなくなったんだ。
となると、この二人に注目を集めるアラート自体が欺瞞か、もしくは、この二人ならば電子戦で本部からのアラート自体を乗っ取ることも朝飯前だろうけれど、高校生相手にそこまでのことはしないと思う。
ただ、アラート自体が欺瞞だとすると、そこに鹿田先生の名があってはならないはず。個人名を不用意に入れると、そこから足がつく。
そうか、この嘘は、俺と美岬へ実地訓練の一環という意味もあるだろうけど、問題の本質はそこではない。
おそらくはだけど、この二人が割りと近い位置に潜伏しているのであれば、すでにこの学校の誰かと人間関係を作っていても不思議ではない。それが鹿田先生でも。
空手道場あたりに格闘訓練の相手を探しに行くのはありそうなことだし、逆に、鹿田先生が通っている道場に、警察なり自衛隊なりの関係者がいることはもっとありそうだ。
アラートって、今までに一度も出ていないと聞いている。
だから、「訓練しておいた方が良くはないか? 俺たちが対象になろう」ぐらいの好意の提案が警察の人からされたら、きっと出ちまうな、アラート。
で、鹿田先生てば、素人だから嘘が上手くなくて、この二人を悪者に設定しきれなかった。もしくは、好意で悪人役をしてくれる人を悪く言えなかった。だから、結果としてアラートの文面があそこまで支離滅裂なのは、鹿田先生の良心のせいなんだ。
あの文面、起きていたこと、そのまんまなんだな。
遠藤大尉が言う。
「二人とも理解したようだな。
アラートが出ていて、何かあったら警備員も、周りのクラスの実行委員も来るんだろ?
だから、小田があいつらの丸め込みに手間取った時のセカンドプランとして、アラートを使わせてもらった。
もしも丸め込めなかったら、あいつらを廊下にでも引きずり出して、暴れるところを周り中に目撃させ、結果として隣のクラスの奴を封じ込めればいいやと。
ま、完全にセカンドプランだな。
今、実行されたように、小田が本気で丸め込みにかかったら、あんな半グレ、あっという間に手の平の上で転がしちまうよ」
「高校生相手にしては、随分と容赦ない作戦じゃないですか?」
思わず口からこぼれた。
返答は辛辣だった。
「そうかぁ?
高校生同士の方が、よほど容赦がないと思っているけどな。
双海、姫がされたことの容赦なさを知っていて、それを言うのは筋が通らねぇんじゃねいかい?」
小田大尉は最後まで言葉が崩れないけれど、遠藤大尉は、話しているうちにどんどん伝法になる。
「そういう意味ではありません。
高校生相手に、セカンドプランって、念が入っているなぁと。手抜きがないという意味で、『容赦なく』を使いました」
「逆よ逆。いつだって、俺らは失敗が許されねぇ。
それなのに、高校生相手に
そもそもだな、七月に双海を拉致した時は、バックアッププランを五つまで組んだぞ。あん時は、ブリーフィングの時間も取れなくて、車で移動しながら役割分担したんだったよな」
そう言って、二人で笑い合う。
俺、背筋が寒くなる。
「ちなみに、あの時、私がうまく逃げ出したとか、疑惑が晴れなかったとかしたら、最悪どうなったかをお聞きしていいですか?」
「えーと、とりあえずは、身柄の確保だ。
格闘の訓練とか受けていて、俺たちに抑えきれないほど抵抗したら、スタンガンで撃っちまえと。
それでも逃げられたら、車で先回りして自宅で押さえればいいやと。
家も偽装で帰ってこなかったら、双海のネェちゃんの身元調査もしてたから、そっちから押さえることもできるし、姫に呼び出させてもいいかなーと。
捕まえたら、楽しい尋問タイムだ。
大丈夫、俺らのは、双海の耐えた『アレ』のよりぜんぜん怖くないぞ。
でも、すべての手段で身柄確保に失敗したら、逆に、それは他の組織の息がかかっている証明になる。
となれば、尋問相手として双海に拘る必要はなくなる。バックアップしている組織の奴の方が情報は持っているわけだからな。
関係諸機関から顔認証カメラのシステム使わせてもらって、発見次第、『
妙に軽いノリでぺらぺらと話す。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってください。あの時、俺の処分、アリだったんですか?」
「当然だろ?
ネェちゃんに感謝しとけよ。あの時、双海のネェちゃんが、あんな犯罪の被害者になっていなかったら、他の組織の人間という可能性が高まって、狙撃案が昇格していた」
頼むからカンベンしてくれ。
今では内情も実情もわかっているけど、それでも三ヶ月前に死んでたかもしれない可能性について、楽しそうに話されても俺は楽しくないぞ。
それになんだ? 楽しい尋問、優しい狙撃って。ふざけんな。
「その時立てたプランって、まだ、双海くんの行動分析、作戦実働時の留意点等まで含めた一式、資料として残っていますか?」
抑えた声で美岬が聞く。
今度はいったい何?
「ああ、当然残ってる」
「後で見せていただけますか?」
「目的は?」
これは小田大尉だ。
「自分が対象になった作戦の全容を知ることは、作戦というものの表裏を知る良い機会です。これから自分が作戦を立てる上で、参考になると思いました」
「よし、後で、送付しておいてやる」
遠藤大尉が答えたところで、近藤さんが呼びにきた。
「握手券を使いたい人が待っているよ」&「バウムクーヘンの盛り付け済が終わっちゃった」と。
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