第6話 警報発令? それだけじゃないのかよ?
ようやく慧思が出て行くのとほぼ同時に、本部からメールでのアラートがきた。俺と美岬は、スマホは「つはものとねり」から支給されたものを使っているから、防諜上LINEは使えなくて、メールでの参加。
アラートの文面を読んだら、わけが解らない。
『中年の男の二人連れで、怪しくは見えない。今、一年七組の教室に入った。鹿田先生が、アラートを出した方がいいと実行委員会本部に言ってきた。変質者ではない、保護者だろうなぁ、気のせいだとは思う、とかつぶやいてる。それなのに、アラートはさっさと出せとか、先生、もう無茶苦茶』
準備はしてあっても、今までアラートなんて出たこともないから、定型文もないし文面も中身もわけ判らん。
これで、何を、どう、警戒しろっていうんだ?
鹿田先生は地学の先生なんだけど、教職員の空手の全国大会で三位までいっているらしい。精悍を絵に描いたようで、この学校では、体育教師を超えて最強と目されている。
「つはものとねり」最強の戦力である、遠藤大尉、小田大尉の、すれ違ったことすらその場で忘れちまうような冴えない外見を知るまで、強いってのはああいう姿なんだと思っていた。
で、まぁ、こういう時は、人徳がものをいうよね。
武道家の勘てのは尊重されるだろうけれど、それでも嫌われている先生だったらアラートが出てないかも。本部から黙殺されていたかもしれないよな、この内容じゃ。
とにかく、このような場合、一般生徒には知らせないものの、各教室には部活展示も含めて常に実行委員が一人以上いるので、スイッチしながら目を離さずにいることになっている。
「ターゲット、階段下入り口から校舎に入りました」
「ターゲット、七組を出ました」
「ターゲット、六組に来ました」
で、こんな風に、一階の端からゆっくりと順番に続報が来る。
でもって、正門のところには警備員さんもいるので、何かあればすぐに駆けつけてもらえる。
もっとも、それでも、当校の誰かの肉親って可能性が一番高いので、それが判明し次第アラートは解除になるし、そうでなくても善意の来客で、何も起きない可能性の方がはるかに高い。
この国に住んでいたら、犯罪を目撃する機会なんて、そうはありはしない。
とはいえ、当然、実行委員の美岬にもアラート情報が伝わっているから、しゃがみこんで小学生の群れを相手をしていても、何となく緊張してるんじゃないかな。
俺自体は、最大の武器である嗅覚がダメダメになっているし、自分なりの準備でできることもないし。
さて、どうしたもんだか。まさか、美岬に握手券を使用して、手が離れなくなったなんて事態が起きたらどうしようか? 美岬が勝てない相手に、俺が勝てるわけないし、な。
くーっ、自分で言っていて、なんかホント情けない。
などと思っていたら、出ましたよ、慧思と同じ隣のクラスの奴。
どうしてこう、事態ってのは重なるんだろう?
とりあえず、根拠の怪しいアラートより、明確に悪意のあるこっちの方が重要だ。
一学期に、うちのクラスに乗り込んできたいやらしい奴で、美岬を孤立に追い込んだ元凶のうちの一人。
美岬に、叔父を廃人にされたと言っている奴だ。
慧思の奴、何やっているんだと思ったけれど、ここから追い出したの、俺だった。
くっそ、上手く行かねぇなぁ。
今日は、校外の奴らしい、目つきの鋭いのを連れている。いや、鋭いってより、とんがっているだけ、かな。だって、怖くないもん。
二人して、露骨に嫌な視線を美岬に向ける。けど、遊びにきた小学生達に囲まれて、楽しそうに握手している美岬はまったく動じない。
今ならよく解る。
美岬が、こんなことで動揺するはずないじゃん。
……ああ、そうなるよね。怯えた方が満足できるよね。動揺しないから、ますますムカつくんだよね。
解って欲しいな。
だからと言って、動揺してあげるほど、こちらも優しくないんだ。
だれど、お前ら、このクラスの中では何をしようとも四面楚歌だぞ。どうするつもりだ?
小学生たちが走り去ると同時に、美岬の前に立つ。
が、俺が何をするまでもなく、メイド服姿の近藤さんと内堀さんが割って入る。
「バウムクーヘンとドリンクのセットをご購入いただかないと、握手はできないんですよぉ〜」
上手いなぁ。
近藤さんが、いつものほんわかとした感じで言う。
俺、ちょっと感心した。でも、あいつらがセットを食べてったら奇跡だよな。
「これだけは言わせてもらいたい。叔父が昨日、ついに再入院しました。この女にされた仕打ちのせいです」
「そうだ、親父の仇だ、この女」
もう一人が、間に入った近藤さんと内堀さんを無視して言う。
とんがっているだけの奴の身元判明。
やれやれ、従兄弟同士で、ここでバカ晒しますか?
「ちょっと、なに言ってるかわかんない。営業妨害ですか?」
立ちふさがった内堀さんが言う。どっかの漫才師かよ。
「あなたたちは、みんな、騙されている。そのうち、絶対、後悔しますよ」
「あー、そーですか」
内堀さんって、声優になりたいなんて言うだけあって、七色の声を使う。
正直、その言い方には、むちゃくちゃムカついた。言い方ひとつで、ここまで人を怒らせることってできるのな。大発見だよ。
味方の俺がムカつくんだから、相手はもっとムカつくよな。
とんがっているだけの奴、顔色が変わった。
模擬店の中が、徐々に静かになる。
何かが起きていることに、気がついた客が増えてきたのだ。
そいつが、内堀さんを力づくで押しのけようとしたところで、俺もオーブンの後ろから助けに出る。
が、間に合わなかった。
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