第5話 単価の低い客は追い出します


 困ると言えば……。


 午前中に、近藤さんを目で追い続けている、不審者感丸出しの慧思を追い出したんだけど、いつの間にか舞い戻っていやがる。同じクラスの男子ではないから大目に見ざるを得なくて、で、お前、それ、朝から四杯目の紅茶だったよな。


 まぁ、それでも慧思ぐらいなら可愛いいもんで、本格的な変質者の侵入に備えて、一応、文化祭実行委員の間ではLINEを使った情報共有がされている。

 変質者対策だけでなく、急病人とか、迷子対策とか、リアルタイムの情報共有が必要になることとかもあるし。


 図書館にあった手塚治虫の昔の漫画だと、自校の不良が他校の不良を追い払っていた話があったけど、そういうの、今は本当に考えられない時代になったよね。

 その一方で、女子生徒JK目当ての変質者が入り込む可能性は、きっと昔より高い。

 文化祭をきっかけに、盗撮やらストーカー行為やらが始まったらシャレにならないので、実行委員会では、それなりにガードは上げている。何の心配もなくお祭りができる時代が来て欲しいけど、俺の在学中は絶対ムリだよね。


 だから、非常時の連絡網には消防署や救急病院、警備会社にとどまらず、警察まで入っていて、万全の体制ではある。

 紺碧祭は学校の主催ではなく、生徒の主催なので、皆んなで責任は果たして行かないと。



 − − − − − −


 「いい加減、出て行け」

 片手にティーポットを持って言う。

 「あ、紅茶をサービスしていただいけるのかと?」

 慧思が言う。

 「あのな、なんとかならねーのか、そのストーカー気質。

 お前も、なんかの仕事があるんじゃないの?

 そもそも、そもそもだぞ、近藤さんにドン引かれたら終わりじゃん」

 ひそひそ、話す。

 「自分のクラスからは、邪魔だと女子に追い出された。

 部活も入ってないし、正直、行くところがない。

 でもな、お前の言いたいことは解るんだけど、聞いてくれ。たった今日一日で、近藤さんを見ていられた時間が、入学してから昨日までの総計を超えた。こんないい一日があるとは……」

 「バカか? オメーは、今までストップウォッチでも持ってたのか?」

 「皮肉はいい。俺はこの喜びに今、モーレツに感動している!」

 「悪いことは言わない。近藤さんがドン引く前に帰れ、な」

 「えーっ!?」

 「これをプレゼントしてやる。飲め」

 紅茶を注ぐ。


 目を疑問形にした慧思が、恐る恐るカップに口をつける。

 「香りがきついな。でも……………………」

 「さあ、褒めてみろ。『でも』の続きを言ってみろ。そして、飲み干せ」


 ……。

 「胃が痛い。口の中も痛い。それなのに、水すら飲めないのはなぜ?」

 我ながら、悪魔の笑み。

 「さあ、なんならもう一杯入れてやる。飲み干せたら、ここにいてもいいぞ」

 「勘弁してください。

 っく、……なんだコレ?」

 ふっふっふ、喋ると、胃からこみ上げてくるものがあるだろ?

 ここで、俺が生まれる前から伝わる、本場アメリカの営業トークかませて追い出しちゃる。


 「紅茶がお好き?

 結構。ではますます好きになりますよ。さあ、もう一杯どうぞ。

 快適でしょう?

 んああー仰らないで。

 ティーバッグでなく本物のリーフ。でもリーフなんて見かけだけで、ただひたすらに強いサロメチール香。爽やかさはないわ、渋さしか感じないわ、安物だけあってろくな事はない。

 おかわりもたっぷりありますよ、どんな超人の方でも大丈夫。どうぞさらに飲んでみて下さい、胃が痛いでしょう? 余裕がなくなる感じだ。リーフを丁寧に砕き、十分にタンニンを煮だしましたから馬力が違いますよ」

 追い込むように言いながら、次々と慧思に飲ませる。

 その顔色が、蒼いを通り越した。口を抑える。

 「ああ、何を!

 ああっ、ここで吐き出しちゃ駄目ですよ!

 待つな!

 止まるな!」

 ふう、追い出し成功。


 どっしりしたバウムクーヘンとの取り合わせに、アクセントとしてのブレンド素材としては優秀だけど、アクセントにしかならないから、このリーフ、結構余ってたんだよね。ストレートだと絶対に二杯は飲めない、味見をする気すら起きない逸品だもん。

 あいつ、安上がりに居座るために、バウムクーヘンも食わんと紅茶だけ飲んでいたから、もともと相当に胃にきていたはずなんだ。

 ふっふっふ、トドメ刺したった。


 慧思、近藤さんは、お前のこと嫌いじゃないから、お前がここで粘っていても文句は言わないけれどな。

 ただ、近藤さんが、うちのクラスのみんなからどう見られるか、その立場も考えろってーこった。

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