第4話 開店、大忙し


 とにかく、あっという間に、時間が過ぎる。

 そして、お昼後の一番人出が増える時間帯。

 天気もいいし、近藤さんの読みどおり、来客わんさか。


 そりゃ、そうだ。校内の模擬店で、一番レベルが高いのは、絶対うちのクラスだもん。

 バウムクーヘンは焼きたてでしっとり、まったくパサつかないスペシャルだし、コーヒー、紅茶も下手な喫茶店レベルならば超えると錯覚させられる。

 それに、店員が皆、可愛い。

 「人生で一番美味しいバウムクーヘンだった」って、年配の女性客に言われると、「そうだろう、そうだろう」って勝利感あるよね。


 お土産販売まで考えていなかったのに、テイクアウトのリクエストがあまりに多いので、明日の分も焼いてしまうことにした。卵や粉なんて、今晩、また買えるし。

 で、長居したがる客を追い出すとか、追加の注文をさせるとか、もともと用意してなかった持ち帰りの包装をでっち上げるとかで、クラスの女子たちも、まともにお昼を食べる余裕もない。最初の持ち帰りを希望した客が、展示を見た帰りに取りに来るって言うから、何人かは市役所の先にある包装のお店まで急遽走ったんだ。


 で、クラスの男子たちは、さらに女子たちから評価を落とした。

 追い出されたからいないのに、「必要なときにいない」って、そりゃあもう、インネンつけられているのかってな理不尽さを理由に。

 その女子たちも、そんな状況で他校のイケメンにアピールする余裕もなくて、それはちょいと可哀想。とはいえ、同じクラスの男子たちは、結果として密かに胸を撫で下ろした。

 ま、事態としちゃ一長一短ってことだぁね。


 ついでに俺も、オープンの前から離れる余裕がない。

 いい加減、嗅覚がダメダメになって来た。バウムクーヘンの焼ける香り自体はいい香りなんだけど、早朝からずっとなもんで、もはや、わけが判らない。お菓子の香りって、こんなに凶悪だとは知らなかったよ。

 それでも、焼いても焼いても終わらない。

 25層のバウムクーヘンをすでに5本目を焼き終えているから、125回、塗っては焼いたことになる。よせばいいのに計算して、くらっときた。


 一方、美岬は、模擬店の入り口で「女神様とのプチ握手会」になっちゃってる。バウムクーヘンとドリンクをセットで頼むと握手券って、そんな秋葉原商法、俺は聞いてなかったぞ。

 なんとか、間を見て、「撮影お断り」という表示は立てた。ネットにでもアップされたら、後々めんどくさいことになることは見えているし。一応、俺たち、諜報機関に連なる人間ですから。


 そんでもって、総支配人メートル・ドテルの風格を漂わせた近藤さんは、俺の抗議の視線をひたすらに華麗にスルーしまくっている。

 言い訳の予想はつく。

 握手券は、男子を含めてスタッフの誰とでも握手できる制度だ。たまたま美岬に集中しただけだ。白手袋していて直接触ってないから大丈夫、彼氏でもないくせに、何を言いたい? とか言うんだろうな。


 この裏切り者ぉ!


 最初は、アイドルの握手会に出現するような、しつこい相手を警戒してオーブンの前から目を走らせていたんだけれど、よくよく考えてみたらまったく意味がない。だって、美岬、自衛隊レンジャー上がりの現役から、格闘の訓練をもう四年も受けている。俺自身、ふた回りも小柄な美岬に、てきぱきと手足を固められてしまったことがある。


 実際、手を握ったままで離さないでいようとする奴もたまにはいるんだけど、コンマ何秒かであっさりと外されていて、何が起きているのか理解できていないマヌケ顔が笑える。

 美岬には、下心を持っている奴はお見通しだ。だって、赤外線領域まで顔色が見えているからね。

 俺も、この夏休みの訓練で、ようやくそのくらいは解るようになってきた。だから、もう一つ分かるのは、きっと、体格なり馬鹿力なりで握手を続けようという奴いたら、手首の関節いわされて、泣くほどの、いや泣くどころか息もできないほどの痛い目にあわせられるということだ。


 中学の時は、美岬のこの「見える」という能力が、悪い方向に転がっていた。「気味が悪い」ことが起きることもそりゃあっただろ。でも、高校で半年を過ぎ、良い方向に転がりだしているのなら、本当に嬉しい。



 も一つ、発見したことがある。

 俺、女子ってば、自分より綺麗な相手には、近寄らないか迫害するもんだと思っていた。

 見ていて驚いたんだけど、美岬への握手券の行使、女子も多いのな。

 一応、俺以外に数人は男子スタッフもいるし、「女子客の握手券はきっと俺が独占」などと浮かれてた男子スタッフたちバカどもはがっかりだよ。


 で、バックヤードエリアに休憩に入った、理系女子でさばさばしていて話をしやすい内堀さやかさんに聞いて見たら、「みさみさのことは観賞用として分類しているし、自分の男を取られるとか利害の対立があれば別だけど、関係ないじゃん」だって。

 で、しれっと付け足される。「男だって、イケメンだからというだけで迫害はしないでしょ」と。

 まったくもって、反論の余地もない。


 「そりゃ、そうだ」と、そこまでは理解したんだけど、「観賞用だから、胸ぐらいは揉まないと損なんだよね」と付け加えられたのには、バウムクーヘンを切る手が止まった。

 はー、そういうもんなんだと。自分が考えていたのとは、別の角度に、凄え話だ。

 男は、そういう考え、ないわ。

 超絶イケメンの同級生がいたとして、観賞用って分類あるか?

 んで、チ◯◯ン揉むか、普通?

 それとも、聞く相手を間違ったんか、俺?

 同人誌描いてたり、声優になりたいなんて言ってる女子だけが言うことなのか?

 腐女子、パネェ……、ならいいけど、腐女子じゃなくてもそういうもんだとなったら、女子、解んねぇ。

 結局、聞く前よりも、疑問が増えた気がしないでもない。


 ただ、見ていると、握手する相手が女子だと美岬は大変みたい。実際、女子の方が遠慮がないし、手を離さない、抱きつくという攻撃にためらいなく出る。

 そうなると、あの戦闘マシーンが、壊れちゃったみたいに竦んでいる。女子には反射的反撃は出ないのかな?

 こちらも、相手が女子では不審者として対応するわけにもいかないし、救出にも行き難いし困ったもんだよ。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


この回の美岬の姿のFAを頂きました。

下記に貼らせていただきました。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1348271956664012800

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