第35話 朋の事情


 「お前、俺とバディを組む気があるか?」

 いつもの、駅のスタバ。

 相変わらずにぎやかで、かえって隣の声が気にならない。


 俺も、会話でストレートしか打たなくなったのかもしれない。

 一瞬の間を置いて、サトシは答えた。

 「一生の問題として聞いているな。俺をスカウトするつもりなのか?」

 「ああ、気がついているんだろう?」

 「気がつかない訳があるか。おまえとの付き合いは腐れ縁だ。

 夏休み前から美岬ちゃんのことだけでなく、おまえは変わった。俺を含む、高校の環境とは違う所を見ているようになった。俺は、おまえが一人の男になる瞬間を見たような気がしている。

 きっかけは美岬ちゃんだろうけど、変化の理由はそれだけじゃないんだろうな」

 俺が返事をしかけるのを制して、サトシは続けた。

 「夏休み前、地方新聞にちょっと大きく出た記事、黒幕はお前らだろう?」

 姉の会社の事件のことを言っているのだ。

 そうか、姉の勤務先は知っていただろうし、気がついていたんだな。


 俺は無言で頷いた。

 「あれは正義だったのか? 正義は人の数だけあるとかの、逃げ口上は要らない。あれは、正義だったのか?」

 サトシは正面から俺の目を見た。いつもの飄々とした、それでいてデリカシーのあるサトシの態度ではなかった。おそらくは、俺より一歩先に心が大人になっていた男の態度だった。


 俺も正面からサトシを見据えた。

 「正義だ。何年も前から警察と税務署は捜査していた。

 姉が巻き込まれたのと同じ手口で、もう二人が死んでいる。うち一人は、バラバラにされて、内臓やらまですべて売られた。

 奴らの次の狙いは、姉だった。姉を犠牲にしなくて済むタイミングが、あの日の検挙だった。姉のことがなくても、どれほど遅くとも、一年以内に検挙されていた」

 「む」

 サトシは黙った。


 間を置いて、再びサトシは口を開いた。

 「俺は全体が見えていないし、多分結果として痛烈なことを言う。先に謝っておくけどな。

 俺には、色仕掛けは通用しない。美岬ちゃんを通じて、おまえが取り込まれたようなことにはならない。その俺が、スカウトされて頷くと、お前さんが思った根拠を話せよ」

 俺は、コーヒーを一口飲んだ。サトシはまだ手を付けていない。

 「誤認もあるし、確かにきつい言い方だな。

 俺は組織に取り込まれたんじゃない。美岬さんを守るために、姉を守るために、自分から選択したんだ。俺はもう、ガキじゃ居られないんだ。今まで俺は守られる立場だった。だけど、これからは少しでも守る方に回りたいんだ。

 美岬さんもそんなつもりは毛頭なかった。

 お前さんは二人分の意思を勘違いしているよ。そこに心配はいらないからな。

 ただな、組織は守る方法を教えてくれる。なぜなら、その組織の存在意義も守ることだからだ。日本を、そこで暮らす人たちを守るのが仕事だ。

 そしてな、俺とお前は同じくらいにバカだ。だから、俺はお前の考えていることが分かる。お前も自分以外の何かを、誰かを、守りたいと思っている。妙な博愛主義で、人と人との間の垣根を憎んでいることに、俺が気がつかないとでも思っているのかよ?」


 サトシは目に見えて動揺した。

 「教えろ。

 お前はなぜ、その組織をそこまで信じられる?」

 「姉を救ってもらった。そして、美岬さんも含め、かなりの人数と接した。そして、そこにいる人間たちを信用した。それだけだ」

 「カルトっぽくはないのか?」

 この質問は予想していた。だから、俺の中で答えも用意してあった。


 「聞いて驚け。カルトなんて生易しいもんじゃない。トップは南朝の御今上、組織の成立の歴史は千年を遥かに超え、今や日本政府の各省庁をまたがって、それに重なる形で存在している」

 サトシは担がれたと思ったらしい。でも、いつまでも表情を変えない俺の顔を見て、ゆっくりと茫然自失の表情に変わっていった。

 俺も、美岬さんの母親の前で、こんな顔をしたに違いない。


 ぐうの音も出ないサトシに続ける。

 「構成員は、表はキャリアの公務員だよ。身分証明書も見せてもらった。そして、この国の権力のバックアップ体制として、平時には表の所属の仕事と、組織として表の潤滑油になる仕事もしている。

 でも、もしも、日本が戦争に巻き込まれ、万が一本土までが蹂躙されて、官僚組織含めすべてなくなってしまうような事態が起きたら、この組織が表替えって日本を守る仕組みだ。この仕組みがないと……」

 「イラク戦争の時のように、国という組織がなくなって、ハムラビ法典クラスの文化財すら盗まれちまう程の混乱がおきて、民衆が不必要に傷つき続けるというわけだな?」

 サトシが続けた。


 俺は無言で頷いた。こいつ、やっぱり賢いわ。

 「それで解ったよ。美岬ちゃんが強い理由。登校拒否にもならず、折れず曲がらず、耐えてこられたわけだな。こんなとこで負けちゃいられないんだな?」

 「ああ、そうだ。辛くないわけはない。でも、必死になれる理由だ」

 俺は頷いた。


 もう一つ、サトシには話さねばならない事がある。サトシが、俺と組むかの結論を出す前に。そして、バディを組む前に、すべての刺を抜いておくために。


 「今度は逆に、俺が先に謝っておこう。酷いことを言うだろうからな。

 お前、自分が無理していて、限界に近いことに気がついていないんじゃないか?」

 「は?」

 サトシは目を見張った。やはり気がついていないらしい。


 「一つ目は、組織が教えてくれたことだ。俺自身の嗅覚を含め、すべてを疑えと。

 俺は、お前との長い付き合いの中で、話したこととかをできるだけ思い出してみた。

 そこからの結論だ。

 中学生の頃、お前は人と人は理解し合えると言ったことがあったな。それが、さっきの話の根拠の一つともなっている。

 その時、俺はできないと言った。お前はまだ、人と人は理解できると信じている。だから、それを阻害するのは、人と人との間の垣根だと考えて、それを憎んでいる。その垣根を越えた所に自分を置こうとしている。

 でも、それに疲れているんじゃないのか?」

 サトシは視線を伏せて、コーヒーを飲んでいる。


 俺は構わず続けた。

 「近藤さんに対するお前の態度は異常だ。

 これが二つ目の根拠だ。

 最後に、俺は、お前の家に入ったことがない。いつも玄関先で帰っているからな。これが三つ目の根拠だ」

 サトシが身にまとっている雰囲気が変わった。


 「黙れ」

 「黙らん。言ってやる。

 お前の親は毒親で、それでも、親に理解してもらいたくて、人は理解し合えるという発想に囚われている。親を信じていたいために、親の人格ではなく、親とお前との間の垣根に原因を求めている。

 近藤さんの件もそうだ。近藤さんの母性を、自分の中で毒親の代理にしたてあげて甘えているんだ」

 サトシは、凶暴な眼で俺を睨みつけた。スタバの店内でなければ、殴り掛かられていたかもしれなかった。

 俺も睨み返した。意地でも視線を外す気はなかった。


 視線を合わせたまま、俺は続けた。

 「俺には親が居ない。だからこそ、人の親子関係がよく見える。

 単純に羨ましいし、おねえの苦労もなかったはずだと思う。

 俺は、お前さんが、親のくびきから離れて、近藤さんを一人の女性として尊重するのならば応援する。

 そもそも、通常ならば、近藤さんの方から寄って来ても、お前さんの方から追い回すというのはあり得ない。俺は、お前をそう買っている。

 聞こう。

 お前さんは近藤さんをどうしたいんだ? 一人の女性として好きで幸せにしたいならば、今の対応はあり得ないだろうが? お前が一方的に依存の対象としたいのならば、近藤さんにとっては不幸だ。

 解らないとは言わせない」

 サトシの眼が弱々しくなった。


 「考えろや、少し。

 美岬さんが、近藤さんに対してフォローしている。お前さんの中でどういう結論が出ようが、きちんとつじつまは合わせる。応援もする。

 俺は、どんな意味でも、人を不幸にするという選択をお前がするとは思っていない。前に、お前さん、『人には不幸になる権利がある』って言っていたな。それは、理不尽な環境に対する叫びだったんだろうな。

 でも、あれで俺は決断できた。だから、あとはお前さんの中の問題だけど、ま、お前さんのことだ。ケリはきちんとつけられるだろうさ」


 サトシは、目をつぶった。そして、十秒後。目を開けて言う。

 「コーヒー、もう一杯どうだ? おごるぞ」

 あれっ、二回目か? 珍しいこともあるもんだ……。

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