第34話 俺のバディ


 一時限目終了、休憩。

 今度は、美岬さんが俺の机の前に立った。わけもなく、安心し、嬉しい。

 「気がついてる?」

 「近藤さんの方も、サトシのことが気になっていること?」

 「話したこともない相手から、いきなり好きだなんて告白されたら、そりゃどん引きだけど……。

 夏休みで音信不通になったせいで、ストーカー扱いはなくなったと思うのよ。しつこくメールとかしていたら、嫌われちゃったと思うけど。

 となると、なんとなくアレは何だったんだろうと考え出しちゃって、考えちゃうから忘れられなくなるって言う循環?」

 「それで、美岬さんもサトシの奴を持ち上げてくれたの?」

 「ええ、もしかしたら仲間になるかもしれない人だし。今日、言うんでしょ?」

 俺は頷いた。

 「つはものとねり」について、サトシに話さねばならない。


 「つはものとねり」という組織の成り立ちについては、自衛隊の鬼遠藤とその相棒の警察の公安の小田さん(という名前だとさ)が、夏休み中のある日の晩に話してくれた。

 「つはものとねり」の正式名称は、兵衛府ひょうえふ

 公式の場合はそのまま「兵衛府」と言っているけれど、仲間内では別名の「つはものとねり」の方が使われている。仲間のことは、「とねり」と呼ぶそうだ。

 で、秘密組織の公式の場ってナニ? って思ったけど、「督にはそういう場合がある」って妙な迫力で言われて、これ以上聞いちゃいけないヤツだって思った。


 組織の始まりは、Wikiなんかに書かれているとおりだ。

 「とねり」は舎人と書き、昔、天皇の身近で御用をつとめた人達なんだと。当時、舎人は言うなれば天皇家に近い人達の子供という血筋なので、その中の「強者つはもの」は、天皇家直轄の軍事力として重視されていたと。

 天皇の最側近で警護する時代もあったらしい。後世まで存続したけど、近衛府(俺には良くは解ってないけど、同じ役目の機関らしい)の成立で次第に重要性は低下したものの、南朝では伝統に戻る動きから、勢力が復活したらしい。

 その後、形式化されていた時代も長いけど、組織としての牙は抜けきらなかった。

 幕末に再度、組織として立て直しがされたのは、美岬さんの母親の言っていたとおり。

 その後、太平洋戦争のせいで、さらに拡充されたとか。

 さらに詳しい歴史は、「おとなになってから」教えてもらえるらしい。


 組織としての、序列も教わった。

 美岬さんのお母さんは、偉いんだと。佐と呼ばれていたけれど、上には督という位しかないそうだ。正六位下から従五位上に相当、と言われてもなんのこっちゃ?


 「つはものとねり」に最上位の督は一人、佐は三人いて、仕事の性格として、攻め、守り、資産管理なんだと。美岬さんの母親は、攻めらしい。

 鬼遠藤たちは、佐のすぐ下の大尉なんだそうだけど、軍隊の大尉とかともちょっと違うそうだ。そもそも自衛隊なら一尉だろうし。


 俺は「つはものとねり」に配属されれば、まずは「少志」という奴になるんだそうだ。かなり頑張んないと、大尉までは登れないらしい。それでも、既に位としては真ん中辺りで、ほぼキャリア扱いなんだとさ。美岬さんもスタートは同じ。


 まぁ、従五位とかの単語を聞いて、殿上人になるのかと思ったけれど、それもまた違うらしい。短歌とか、横笛とか琵琶とか、ラブレター書く練習も、残念ながら不要なんだと。みやびとか、関係ないのな。

 夜這いの作法なんかはぜひとも……、ごほんげふん。


 で、そんな王朝物語の夢を叩き潰されたあとで言われたのは、米軍に準じて任務を遂行するので、バディシステムを取っていると。で、気心の知れた相棒バディを確保しろということだった。


 まぁ、いきなり米軍が引き合いに出されて、正直面食らったよ。

 あ、バディってのは、よく米軍がでてくる映画で見る、二人一組で手信号なんか使って作戦行動をとる、あのカバーし合うやりかたのことだな。

 スクーバダイビング中とか、非日常では極めて有効な方法なんだそうな。


 で、俺と美岬さんとはバディにはならないと。

 美岬さんも俺も、将来は他のバディに必要に応じて参加して、オブザーバー的な助言を与える担当になるらしい。護衛任務なんかでは、常人には捉えられない環境変化の察知が必要になることが多いんだそうだ。なんで、美岬さんや俺の能力は、最高機密に分類されるとのこと。

 俺の能力はもう周りに知られているから、だんだんに皆んなの記憶からフェードアウトさせていくそうだ。だから、これからは嗅覚で人をびっくりさせるなって言われている。


 でも、とりあえず今はまだ俺は使い物にならないし、将来バディシステムを肌で知っていないとオブザーバーもできないので、まずは鬼遠藤たちと同じような任務がこなせるようになれということらしい。まあ、まずはと言ったって、未成年に任務が与えられることはないらしいけど。

 それでも、「実戦のごとく訓練せよ、訓練のごとく実戦をこなせ」ということで、今から甘えは許されないんだとさ。


 で、これは別の教官からたまたま聞いたんだけれども、遠藤、小田の二人は、バディとして長いんだそうだ。たまに美岬さんの母親がオブザーバーとして参加し、かなりの実績を持っていて、組織の内外での発言力も大きいんだそうな。

 バディは、お互いを尊敬し、フォローし合い、訓練中は寝食を共にすることも多く、相手が今、何を考えて行動しているかが解り合えるようでなければ成立しないんだと。


 美岬さんは女性だし、バディを組むような種類の現場任務はないそうだ。

 むしろ、もっと重要な任務があると。

 美岬さんは護衛などで、文字どおりVIPの横でテロリストを探知するという、最前線の危険きわまりない役割があるらしい。


 南朝系でそんなに護衛任務の必要があるのかと聞いたら、北の御今上より遥かに危ないんだそうだ。ちょっと気の利いた諜報機関であれば、日本の権力のバックアップシステムを見抜いているし、そのバックアップを潰せば(潰しても目立たないし)、表のシステムがむき出しになるからテロでも何でも起こせば、即、日本という国の形を変えることが可能となる。

 したがって、裏のシステムが存在していることが、そのまま表をも守る抑止力になるんだそうだ。


 問題は、裏は公になっていないだけに、本来の同盟国側からすら襲われることがあるらしい。国と国の付き合いは文字どおり、力学だけで判断されているということなんだな。


 で、美岬さんの母親はその最前線に立っていると。特殊能力で南の御今上をお守りしているため、余人を以て替え難く(「他にそれができる奴がいない」と素直に言ってくれれば一発で理解できるのにさ……)、極めて忙しいんだそうだ。

 美岬さんも、おそらくは、将来その最前線に立つ事になるだろうと。


 「死んだらどうするっ?」

 と聞いてみたら、「訓練」と一言、鬼遠藤は言った。

 いくら作戦を磨いても、その成功を担保するのは、最終的には訓練しかない。訓練しか、事故率、ひいては死亡率を減らす手段はない、と。


 美岬さんも、幼い頃から英才教育を受けているんだと。

 十歳からは、戦闘訓練も含めて、俺より遥かにハードな訓練をしていると。

 美岬さんは、あの外見でいながらいい体をしているんだそうだ。

 あ、誤解を招く言い方だな、これ。

 要は、単純に腕力ならば俺の方が強いけど、戦いの場で全身の筋肉を使って力比べしたら負けるよってさ。まぁ、それだけでなく技の差もありすぎるので、今のレベルの俺が襲いかかったら関節の一つ二つは簡単に外されるから、お姫様に失礼がないようにしろってことだった。

 あ、今更だけど、小田、遠藤バディは、美岬さんを姫と呼んでいるんだよね。ま、「アレの娘」でなくてよかったよね。


 美岬さんは、必要とあれば躊躇ためらいなく技を使う、体がそのように動く。

 悩んだり自制したりは技を使った後となるよう仕込んだ、と鬼遠藤は言った。


 何てことを、と思いもしたけど……。それで、納得がいった。

 美岬さんの歩く姿の美しさの理由。

 彼女は、ぼーっと歩いていることなんかないんだ。

 いや、ぼーっと歩く自由すらないんだ。

 正直、美岬さんがさらに可哀相になったけど、俺はその美岬さんを守りたい。彼女が人を傷つけるようなことが起きないように、そのために俺は戦いたい。

 笑っちゃうことに、いくら力んでも、今は俺の方が弱いけど。



 話を戻そう。俺は、バディにサトシを選んだ。サトシしか考えられなかった。通常は組織内で選ぶんだけど、俺の特殊能力を制御し、使いこなし得るバディとして、サトシは例外的にスカウト対象となった。そもそも、俺とバディを組める年齢層のとねりが、「つはものとねり」にいるわけもなく。一番近くても、十歳違ったんだよね。


 美岬さんの母親は、サトシがかなり優秀であること、そして、その能力が環境にスポイルされていることを、数日の間に調べ上げていた。そして、その上で賛成してくれた。

 調査結果を見るかと聞かれたけれど、俺は断った。友人のことを覗き見するようで嫌だったんだ。

 ただ、今回の件で、俺のICレコーダーに残されたものやら、組織に記録された言動で、サトシ自身は合格ラインに達していたし、俺との相乗効果も見込まれている。


 だけど、サトシを誘うのには、「つはものとねり」のことを話さなければならない。そして、あいつは美岬さんや俺が何かの組織に属しているということに、薄々気がついている。そして、全てを話した上で、サトシが危険は嫌だと言えばそれまでのこと。


 でも、あいつは嫌とは言わない。あいつは俺より大人だけど、バカだから。誰かを守れると聞いたら、絶対嫌とは言わない。

 たとえ、俺がサトシを誘ったことを後悔する日が来たとしても、サトシは自分の判断を後悔しない。

 それを知っているから、俺はあいつを選ぶ。

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