ニ〇話 探女戦線・終 想いを纏う

 ―或る少女は、望まず巫女に成った。

 彼女の瞳は蛇の瞳、神話に語られし魔の眼球。異国の魔女さえも淘汰された現代に於いて、最早現存はせぬと思われていた希少な力。それも『石化の魔眼ゴルゴンアイ』と呼ばれる、神に等しい性能を誇るものだ。

 ―無論、そんなものをただの人間が使える筈が無い。それは本来の所持者である巫女も例外では無く、石化の力を使う度に巫女の身体は―。


「…そうか、貴様が。千羽の町から姿を消したと聞いていたが、まさか我等の懐に忍び込むとは」

 京の妖を率いる鬼神、天探女アメノサグメ。その無色の瞳の先には、角と蛇の尾を携えた蛇髪の乙女。人の身に神の力を宿す蛇の巫女。その蛇の瞳は赤く、紅く、朱く、怪物と呼ぶが相応しい容貌で。

「…神性、完全解放でも四割か。蛇神潰した時に大分持ってかれたわね」

 空気が重い。映す世界は石に成り果て、其処に佇むは巫女と鬼神のみ。倒れていた雪女と着ぐるみの女は―

「…良かった。白部さん、ちゃんと回収してくれてる」

 安堵の声。けれどそれは不安や憂慮によるものでは無く、邪魔者が消えた事実に対して漏れ出たもの。戦場に立つ乙女はただ、向正面の天探女を名乗る女に殺意を向ける。

「口上は終わったか。ならば蛇の巫女よ、貴様から屠ってくれようぞ―」

「―ええ、終わったわ。ついでに終わらせてあげる!」

 ―刹那、声を鳴らすはサグメの頭上。一瞬で土を蹴って空高く飛び上がり、狙い定めるは鬼神の頸椎。半神の身体を翻し、蛇尾を振るいて標的を穿つ。

「『強撃蛇ステンノ』!」

「『反転』」

 しかしてその一撃は届く事無く、サグメの妖力に弾かれ宙に打ち上がる。それでも巫女は二撃、三撃と尾を打ち付ける。愚直に、苛烈に、勇敢に。星に成った英雄の如く、高度を上げながらひたすら攻めて勝機を待つ。

「無駄だ。我が『反転』の前には、如何なる力も届きはせぬ。このまま星まで飛ばしてもいいのだぞ」

「はっ、言ってろ!『石化の魔眼ゴルゴンアイ』―」

「馬鹿め、自殺行為だ」

 判っている。彼女の妖力の前では私の魔眼も反射される。ならばこそ、それを理解しているサグメは慢心する筈。その力が無敵だと言うならば弱点を作ればいい。私はあの偽善の女神アテナとは違うのだ、不可能さえも可能に変えてみせる。

「―『石灰界ライムライン』!」

 ―見据えるべくは勝利の二文字。瞳の先の大地が、住居が、写る世界の全てが灰に染まる。


 其れは、一か八かの賭けだった。彼女の妖力の性質を知る為の、捨て身の魔眼。

「…離せ…!我を道連れにするつもりか…!」

「離さないわよ。諸共砕け散りましょう?」

 ―そして、その博打の結果がこれだ。半身が石と化した私と、右腕を石蛇の髪に咬まれ、徐々に石化の進むサグメ。撃ち合いに乗せられて自らも高度を上げていた事に気付かなかった鬼神は、空高くを浮遊するので精一杯だ。

「何故だ、何故『反転』を発動していたのに貴様の魔眼が通じているのだ…!」

「…決まっているでしょう…?お前の妖力ごと石にした…それだけよ…。私にも…魔眼の反転が来るけど…お前だって…!」

 途切れ途切れの意識の中で巫女は叫ぶ。彼女の石化の魔眼の範囲は『有希の視界』。故に不可視である筈の空気や妖力は本来ならば石化の対象にはならないのだが、

「…まさか、魔眼を以て妖力を視たか…!」

 サグメの石化が進み、石像の身体はいよいよ落下を始める。待つ結末は墜落死、もしくは石の身体が砕けて終わり。…賭けには勝ったが結果は相討ち。私が死んでも、サグメも死ねば千羽は勝ち。後悔こそあれど、これ以上は無いくらいの戦果だろう。

「…やったわよ。日辻、水鈴、それに纏。私達の、この町の勝ち―」

「―くくく、残念だったな。真の勝者は我のようだ」

 刹那、石の髪が砕ける音。それに伴い引き離されるサグメの身体。けれど互いに落下の最中である事実は変わらず、ただの悪足掻きのように映る―否、映っていたという方が適切か。

「―こい、八卦丸はっけまる!」

「…嘘でしょ、あの土蜘蛛…!?」

 サグメの身体に巻き付く白い糸。それは勝利の二文字を情報修正用のスタンプに塗り潰されるような、結果の出たルーレットの出目をずらされるかの如き結果への介入。―既に後方援護が精一杯かと思っていた土蜘蛛の介入が、その結末を大きく狂わせた。鬼神の身体が、巨躯の蜘蛛の腕に包まれる。

「ご無事ですか、天探女様」

「良くやった、八卦丸」

(…あぁ、やらかしたわね)

 落ちる。堕ちる。墜ちる。流石にサグメの妖力に充てられ過ぎたのだろう、力はとっくに入らない。蛇の髪も尾も、化物の角さえも崩れるように消え去って、魔眼も焦茶に染まり行く。半身の石像の姿は其処に無く、生身の少女はただ落ちる。

「…冥土の土産だ、くれてやる。『反転撃はんてんげき』―」

 そして、鬼神は少女に掌を向ける。放たれるは先刻にも見た妖力の塊。自らを殺す寸前まで追い詰めた巫女に引導を渡そうと、禍々しく輝く光が空を包む。

「終わりだ、蛇の巫女よ」




「…終わらないよ。此処はまだ、果てじゃない」




「―『〈風刃ふうじん〉、小夜鳴鳥サヨナキドリ』!」

 瞬間、妖力の塊を切り裂く刃。風に乗って現れたその一太刀は、サグメの一撃を容易く打ち消した。

「なっ!?天探女様の妖力が、一瞬で…!?」

「…貴様…まさか…!?」

 ―戦場に靡くは翡翠の髪。右に構えるは風の刃、背には影の大きな翼。闇色の和装束と紅のマフラーを纏い、剣士は戦禍の空を舞う。

「―日辻先輩!羽生先輩よろしく!」

「任された!綿綿ワタワタ、大量展開!」

 そして、剣士の号令を受け大量の合成綿が墜ち往く蛇巫女を受け止める。優しく柔らかく包み込んだ白の綿から、少女は埋もれた顔を出す。

「…遅いわよ、日辻!」

「ご、ごめんねぇ…。牛若先輩送ってたら遅れちゃったぁ…」

「…へぇ?乳牛馬鹿うしわか、をねぇ?」

「あっ」

 嫉妬に揺らぐ巫女を余所に、翡翠の剣士は戦場に立つ。強大な鬼神と蜘蛛の妖を前に、手にした風刃を静かに解く。

「言霊の…!いよいよ貴様も乱心か…!」

「苦情は受け付けませーん。そも私は凪に負けてサグメの後ろ盾も失った。先に手を切ったのはそっちでしょ」

「黙れ黙れ黙れ!裏切り者はこの俺が、土蜘蛛の八卦丸が潰してくれる!」

 強かに笑う翡翠に降りる拳の影。邸宅の一つや二つ、それどころか町さえ滅ぼす彗星の如き連撃が、今まさに剣士を潰さんと構えられる。

 土蜘蛛、それは地震や台風に並んで数えられた災害の一つ。三対の腕全てが翡翠に向き、その全力を以て降り注ぐ。

「『星辰拳』―」

「―『獄炎ごくえん』」

 ―しかし、その星は落ちる事無く。刹那として蜘蛛の腕は緋色に染まり、そのまま焔に包まれる。迸る高熱、それに伴い巨躯を包む紅蓮の焔。その妖力は、翡翠に代わって腕に刃を突き立てる橙花の青年によるもので。

「ガアアアアアアアア!?」

「…よしっ、ようやく大物獲った!」

「千春、ナイス!」

「お待たせッス!…ランさんも、解決したようで!」

 鼬の焔に藻掻く火達磨。一切を灼く熱の妖力に加え、先に負った蛇巫女による傷が響いていたのだろう。その蜘蛛は災害としての本領を見せる事無く、地響きを立てながら倒れ伏した。

「…まだだ、ただでは終わらぬ…!来い…我の子蜘蛛よ!奴等の尽くを喰らい尽くせ―」

「―子蜘蛛とは、これの事か?」

 焼き焦げながらも力を振り絞り号令を下す土蜘蛛、しかしそれを遮るように響く声。―伴い空中に現れたのは、無数の黒き蜘蛛の身体。外殻に刀が、槍が刺さったままの蜘蛛の群れが、焔に包まれた土蜘蛛の将の周りに落下する。

「…何だ、これは。何がどうなっている…」

「私が仕留めた。それ以上の説明は不要だ」

 そして、積み上がった黒の塊に降り立つ乙女。灰の長髪に巫女装束、古い刀を携えた九十九の剣士。彼女は冷静を装い、ランと呼ばれた翡翠の少女に顔を向けた。

「…全く、凪殿も無茶を言う。敵陣への潜入に武器庫の制圧、雑兵の掃討を命じるとは。ラン殿も潜入への協力、感謝する」

「…別に、私は他に邪魔されたくなかっただけだし」

「…そうか。それと、天探女。お前達の軍の食料庫、私が食い尽くしておいた。御馳走様でした」

「なっ………!?」

 合掌する空に驚きを隠せない様子のサグメ。その発言の意図を理解出来ず日辻と千春は首を傾げ、綿の中の蛇巫女に視線を向ける。対し巫女は溜息を溢し、ランに説明をするように促した。

「えぇ!?私何にも聞いてない―」

 ―はいはい、僕が説明する。というかそろそろ代われ―

 ふうと深呼吸を挟み、翡翠の髪を、瞳を深紫に染める。ランと心の内で交代し、僕はマフラーを巻き直しながら二人に向けて口を開く。

「佑介や空はサグメの軍に身を置いてたから知ってたけど、そもサグメの軍は装備も兵糧も大分ギリギリだったらしい。…それを奪い補う為に千羽を襲ったっていうのに、それを滅茶苦茶にされたなら、ねえ。…大体合ってるだろ、サグメ?」

 深紫の瞳で意地悪く女神を睨む。正直な所、僕にとっては敵の事情なんて心底どうでもいい。其処に同情も容赦も無く、有用な情報があるなら利用するのみ。勝利の為なら火攻め水攻め兵糧攻め、手段を問わずにただ潰す。救う為なら僕は、私は。

「…さぁ。兵は潰した、兵糧も武具も尽きた。撤退からの治療も守勢もままならないだろ?降伏するなら今の内だ、即断即決をオススメするよ」

「…貴様等を殺して全てを奪うと言ったら?」

「…勿論、全身全霊、全力で潰してやるさ」

 無論、良い返事などは期待していない。故に纏うは暴風の爪。喩え相手が無敵を騙ろうと、為すべき事は変わらない。

 ―凪。知ってると思うけど、サグメの妖力は―

「…行くぞ!『纏合まとわせ』―」

「馬鹿め!我の『反転』の前では、如何なる力も届きは―」

 判っている。判っているさ。その力も、その強さも、その本質も。それでも僕は爪を振るう。喩え馬鹿だと言われようと、喩え相手が無敵でも、歩みを止める理由には。

「―『〈空爪くうそう〉、穿風バリスタ』!」

「せばぁっ!?」

 ―刹那、サグメは自らを疑った。風に穿たれた胸、瞬間にして奔る痛覚。無敵と謳ったその身体が、いとも容易く吹き飛ぶ感覚。確かに『反転』を構えた筈なのに、まるで機能せず喰らった一撃。その半妖の風の爪は、無敵を容易く打ち砕く。

「がっ…何故だ…何故我の『反転』が効かぬ」

「―やっぱり。あの子の爪なら届くのね」

 ―嗚呼、漸く届いた。救う為のこの爪が、僕だけが救えるものを救う為に機能する。いつかの自分の名前を宿した力で、遂に此処で救えるんだ。

「…有希ぃ、どういう事ぉ?」

「―まといというのは本来、自らの魔力妖力をその身に纏い、固め留める技術。まぁ有体に言って誰でもやろうと思えば出来るのだけど、あの子のそれは違う。言霊ランを宿したが故に、自らの名に連なる力が故に、黒羽君の纏は昇華した」

 かつて災禍の里でも放ち、先刻にもランとの決戦で見せた妖力を纏い奪う力。凪が纏うは自らの風影のみならず、触れた生物の、木々の、土地の妖力さえも纏って奪う。

「…えっと、空さん。どういう事スか」

「凪殿は反転を纏いながら攻撃した。反転マイナス反転マイナスを掛ければ元に戻る。…即ち」

 四肢に纏うは風を重ねた影の爪。長髪の内と右目は翡翠に染まり、見据えるべくは大将首。無敵を穿つ鴉と言霊は一心同体、共に戦に終止符を討つ。

「―反転で受けても纏って返す。…サグメにとっては天敵ね」

 ―文字通りのかみの敵。その半妖、神さえ喰らう凶鳥なり。

「『―纏、〈終爪ついそう〉!』凪、行くよ!」

「了解、ラン。…大丈夫!僕は、私は、強いから!」


 先刻の一撃を以て、天探女は無敵では無くなった。突如として生じた敗北の可能性、態勢を立て直すための物資さえも尽きている。焦燥と怖れの色を見せる鬼神に向けて、猛禽の影を踏み込んで。

「…『反転撃』…!」

「無駄無駄無駄無駄っ!」

 放たれる無数の光、しかしてそれは終爪の一閃に霧散する。身の丈程に纏いし異形の爪は鋭く疾く、眼前の敵を吹き飛ばす為に振るわれる。

「しまっ―」

「『風車ウィンドミル』―」

 轟音と共に斬り上げる爪。裂傷と共に無尽の妖力を祓われながら、空中に鬼神を打ち上げる。伴い自身も跳躍し、サグメの真上まで飛び上がって再び終爪を振りかぶる。

「―『暴風閃ブラストミル』―」

「…させるものか!」

 刹那、自身の身体を何かが吹き飛ばす。この一撃で大地に打ち付ける筈だったけれど、打ち付けられたのは自分の身体。

「ぐっ…!」

 衝撃で骨が折れる音。けれど自らの負傷なんて今は心底どうでもいい。直ぐに痛みを堪えて立ち上がり、横槍を入れた者を静かに睨む。

「…あの時の、狸の長…!邪魔を…!」

「自らの将が窮地と聞いて向かわぬ馬鹿が何処に居る!天探女様、此処は儂に任せて撤退を!」

「…しかし、山吹やまぶきよ…!」

「部下である儂には貴女を逃がす義務がある!京の妖の希望である貴女を、みすみす死なせる訳には!」

 怒鳴り、忽然と現れた巨躯の化狸は錫杖しゃくじょうを振るう。しかし今は狸の相手をしている余裕は無い。背後で逃亡の準備をするサグメを、自らの妖力が尽きる前に潰さなければ。

「…『終爪』…!」

 当然、狙うはサグメ一択。喩え兵も物資も尽きようと、恐らくは彼女単騎なら町を滅ぼす事は容易いだろう。今逃がすのは悪手も悪手、ならば狸に構わず仕留めに行く。

「こっちを見ろ小童ァ!潰れて死ね―」

「―『帯電企鵝ボルトペンギン』!」

 瞬間、狸を穿ったのは電気を帯びたペンギンの縫いぐるみ。予想外からの一撃に揺らぐ狸、其処に再び雷鳴の音。その頭上で、絡繰の傘を構えた獣耳の乙女が白雷を纏う。

「鳴り響け、『雷鳴讃歌コラールサンダー』!」

 その雷撃は狸を直撃し、文字通り雷光の速度で将を仕留めた。…そうだ、僕には、私には仲間がいる。頼れる味方を頼らない道理なんて無い。背を預けた今なら、今度こそサグメを仕留めてみせる!

「響!水鈴!助かった!」

 感謝を述べて向き直る。サグメはいつの間にか天高く浮遊、けれど届かないなんて道理は無い。そうだ、もうわたしは一人じゃない。僕に翼が無くたって、翼に代わる絆を手に入れたのだから。

「涼葉!佑介!お願い!」

「―オッケー!氷壁、高速展開!」

 掛け声に合わせ、凪の足元から天に向かって伸びる氷の坂道。高く、長く、限界まで伸びたその道を、猛禽の脚で駆け抜ける。

「飛ばすぞ、凪!」

 そして道の終着で待つ鬼が構える棍に爪を乗せ、天の探女を越す程の威力で打ち上がる。追い付け、追い越せ、吹きとばせ。全身全霊、最後の一撃を放つ為に。

「―よし!届いたぞ、サグメ!」

「…な!?翼無き鴉が、どうやって…!?」

「簡単だ、僕は想いを纏ったからな。―最後の最後、『纏〈終爪ついそう〉』!」

 振るうは暴風纏う双鴉そうあの爪。―空想を抱き、幻想に浸り、夢想に溺れ。艱難辛苦を越えた今、残るはただ追想の時。故に〈終爪〉、果てを願う鴉の、言霊の一撃。

「―想いを穿て、『比翼連理ヒヨクレンリ天凶鳥マガツトリ』!」

 ―その一撃、神風の如く。無尽の妖力をも、サグメの意識をも消失させる終わりの爪。戦禍の果てで天高く、ただ静かな達成感が其処に在った。




 ふわり。瞳と髪を戻して大地に降り立った刹那、聴こえたのは喝采の音。

「やりました!凪くん、私達、遂に!」

「落ち着いて、響。…サグメ、気絶してるけど息あるから、ちゃんと捕えとかないと」

「そ、そうですね。千羽の将の代理ともあろう者が浮かれすぎました。失礼」

「…まあ気持ちは判るわよ。それよりも氷室さんと水鈴、直ぐに回復しすぎじゃないかしら…?」

「だってボク達、根住先輩に治してもらったもん。響ちゃんが運んでくれたんだよねー」

「ねー」

「…気ィ抜け過ぎだろ、テメェら…」

 興奮を隠せない様子の涼葉と水鈴に溜息を零す佑介に同意。戦に決着が着いたとはいえ、既に日常の雰囲気に戻ってしまっている。…まぁ、これが彼等の良さでもあるのだけど。

「仕方無いッスよ、歴史に残るレベルの戦果ですもん。俺だって興奮してますし」

「そんなだと足下掬われるぞ、千夏」

「千春ッス!というか空さんいい加減覚えてくれませんかね!?」

「落ち着いてぇ、落ち着いてぇ。どぉどぉどぉ」

「…貴女は落ち着き過ぎなのよ、日辻…。私より乳牛馬鹿うしわかを優先した事、根に持つわよ?」

「…人命優先だもん…」

 ―わぁ…すっごいゆるっゆる…。でも、楽しそう―

「だね。…そっか、僕は、漸く…」

 頬を伝う雫を拭う。そうだ、涙を流すにはまだ早い。天探女も、率いる三傑をも打ち倒したけれど、まだ正式に終戦した訳では無い。向こうが宣戦布告をしてきた以上、きっと条約を結ぶまでは、まだ。

「…でもさ、ラン。勝ち鬨を上げるくらいは構わないよね」

 ―当然!凪、君は誇るべき成果を上げたんだから!―

 大きく息を吸い込み、腕を上げる。鴉の半妖は晴れやかな笑顔を浮かべ、抱いた空想を高らかに誇る。

「…皆!僕の、私の…ううん、僕達の勝ちだ!」


 ―見たか。僕は、わたしは、ようやく救えたんだ。

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