幕間 宣戦布告

 ――拝啓、御父様。気温の高い日が続きますが、如何お過ごしでしょうか。……なんて、お年を召した御父様は休眠中。私の声は届かないのでしょうけれど。

 さて、千羽ここは崩壊の危機に晒されています。神話に謳われる鬼神、天探女アメノサグメに目を付けられたのです。幾度も奇襲を掛けられ、町を護るべき千羽組の幹部三人を籠絡されて私の暗殺計画が出来上がったり。裏切った彼等は最終的には、用済みと判断されて土蜘蛛の餌に。此方の消耗は、存外激しいものになっています。

 ――そして、千羽の退魔士。辰宮の跡取り息子、宍戸のせがれ千羽組うち幹部馬鹿共の甘言に釣られ、私の暗殺計画に加担していました。この町には羽生さんや日辻さんのように妖に対して友好的な退魔士もいますが、それも少数派。大半は妖を毛嫌いしています。天探女に対抗するにしても、きっと協力体制さえ取れないでしょう。


 ……ええ、はっきり言って絶体絶命、九割九分此処は落とされます。そもそも神話に出てくるような神が相手、という時点で勝ちの目もあるかどうか。

 ならば、ならばこそ。私は反旗を翻しましょう。一分でも可能性があるなら勝ちますとも。勝ちの目が無いなら作りますとも。私は千羽のヌシの娘、未来の千羽の姫なのですから。剣を掲げ誇りを胸に、私は戰場に立つのです。


 之は宣戦布告です、御父様。神を名乗る外敵などに、この町は決して渡さない。消耗が激しいなら消耗しきる前に打ち倒します。私の信念を持って、この町を護り抜いて見せますとも。


 白部 響暗殺未遂事件の翌日、私立千羽高校生徒会室。退魔士の一人、羽生 有希が提出したレポートを横目に生徒会長の青年は溜息を溢す。

「羽生君。事実かい、これは」

「書類の通りよ、根住ねずみ。辰宮と宍戸は自宅謹慎中。……もう一度聞くけど、馬鹿二人の所業を認識してた奴は他にいないわよね」

 鋭い蛇の瞳に、場の全員が閉口を以て返答する。有希はそう、と口にして手にしたファイルを閉じ、心底面倒そうに口を開いた。

「……ともかく、あの馬鹿二人が逸ったせいで怪我人が出た。天探女との戦争もあるというのに、これじゃあ妖達との協力は絶望的ね」

「不可能か?」

「仕方無いですよ、会長……。折角羽生さんや鳥谷さんが頑張って信用築いたというのに、それをぜーんぶ台無しですもん……」

 眼鏡を掛けたツインテールの少女が涙目でぼやく。そしてその右隣に座るソフトモヒカンの青年に憐れみの目を向けた。

卯野うのテメェ、今バカにしたろ」

「だって……、次にやらかしそうなの寅居とらい君ですもん……。それか牛若うしわかさんか……」

「ですって、副会長。我を失って乳牛から闘牛にならないようにしなさい」

「口を慎みなさい、羽生さん。会長の御前ですよ」

 牛若と呼ばれた黒髪の女性に言われ、有希は肩を竦めてみせる。愛想を浮かべながらも笑っていない二人の瞳と凍り付いた空気に、桃色の髪の少女、鳥谷 水鈴は恐怖で鳥肌を立てていた。

「日辻せんぱぁい……」

「大丈夫だよぉ。あの二人はいつもあんな感じだからねぇ」

 日辻と呼ばれた糸目の青年は水鈴を宥めながら会長の根住に顎で合図する。根住はそれに頷きで応え、咳払いをして場を鎮めた。

「静粛に。宍戸君と辰宮君には後日、正式な処罰を下す。天探女を名乗る敵への対応は検討するが……羽生君」

「……根住。私、命令されるの嫌いなのよね」

 臆せず睨む蛇の瞳にふふっと微笑む根住、その横で恍惚とした様子で根住を見つめる牛若。最早恒例行事と化した光景に、日辻はやれやれと手を広げた。

「判っているさ。だからあくまで『お願い』なんだが、日辻君と鳥谷君と共に妖の後輩――白部さん達の面倒を見てくれないだろうか?」

 根住の発言に有希はうーんと考え込む。そして深い溜息を吐いたかと思うと、心底面倒そうな様子で親指を下に向ける。

「……本ッ当に、性格悪いわね。日辻、水鈴、いいかしら」

「うん、有希が一緒なら大丈夫だよぉ」

「ボクもー!ナギナギやひびっちとは仲良くしたいしねー」

 三人の様子に、根住は丸く収まったかと胸を撫で下ろす。その慈愛に満ちた笑顔の裏を、日辻は何処か感じ取っていた。

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