八話 虚空戦線、破

『マイクチェック、マイクチェック、ワンツー、ワンツー。牛若うしわかさーん、マイクオッケー』

「了解、卯野うのさん。寅居とらいさんにそのまま見張りを続けるように伝えてくれますか?」

『えぇー……。寅居君、言う事聞いてくれるかな…。まぁ仕事だからやりますけど…』

 無線機越しに女性の気乗りしない感情が伝わってくる。千羽高校、その体育館で彼等は全校集会の準備を行っていた。

 ――というのは建前。実際は生徒と教師を安全な場所に避難させる為に緊急の全校集会という名目で体育館に集めたのである。

 そう、現に千羽高校は敵から奇襲を受けている。戦う力を持たない、そもそも妖や退魔士の存在を知らない生徒達が巻き込まれないように、悟らせないために。生徒会に所属する私達は生徒達を護る為にそう決断したのだ。

「……さて皆様、お待たせしました。只今より、全校集会を行いたいと思います。司会は私、千羽高校生徒会副会長の牛若 アリアが務めさせていただきます」

 けれど、私は戦力としては数えにくい。戦えない訳では無いが、対多数の戦であれば活躍などは見込めない。だから――否、だからこそ。私は私にしか出来ない事をするのだ。

「……さて、それでは校長先生、お願いします」

 戦いを悟らせず、生徒達に日常を送らせる。それが、今の私がすべき使命なのだ。


「……えーと、つまり……黒羽君、どういうこと?」

「生徒と教師はほぼ全員が体育館に避難。周囲と内部は退魔士――戦える人達で防衛してるって事」

「敵の数、窓から見えるだけでもかなりの数ですね」

 千羽高校の校舎三階、一年一組の教室で響と共に現状を説明する。涼葉と水鈴は廊下と窓の下を警戒しながら、二人の言葉に耳を傾けていた。

「ねぇ、ナギナギ。センパイは体育館に来てくれって言ってたけど」

「……だから、そのナギナギって言うのやめてくれない?」

 ――えー、いいじゃん。可愛いと思うよ、ナギナギ?――

「ランは黙ってろ」

 凪の中で意地悪く笑うランに威圧し、あらため現状を確認する。敵の妖は多数、校舎は包囲。校庭には多くの妖が見受けられ、もしかすると――否、十中八九は校舎内にも既に妖が潜んでいるだろう。

「先輩達と合流するのが最善手なのは否定しない。けれど、廊下は狭いし逃げ場が無い。……挟撃喰らえばかなり厳しいだろうね」

「そんな」

 そう、普通に合流するのはリスクが高い。第一、そんな単純な発想くらい敵側の予想の範疇だろう。そんな安直な手では確実性が著しく損なわれるだろう。けれど、体育館の中には護るべき生徒達がいるのも事実。被害を出さないためにも先輩達と合流した方がいいに決まってる。

 ならば、どうすればいいか。正解は単純、予想の外を行けばいい。

「……大丈夫。僕に考えがある」


 主は言った。千羽を獲る事は正義であると。故にその過程での犠牲は必要な犠牲であると。即ち、今回の行為も正義の名の元に行われるのだと。

 嗚呼、そうだ。主が正義だというなら正義なのだ。それを疑う資格など、主の所有物たる刃には必要無い。唯、主の望むがままにこの刀身カラダを振るうのみ。

「……理解は、している筈なのだがな」

 そう、頭では理解している。けれど心が理解すべき事を拒絶する。犠牲などあってはならない、こんなものが正義であってはならないと拒絶する。主君の命に殉ずるべきか、自らの信念を貫くべきか。そう葛藤しながら戦場に立つ事こそがそもそもの悪なのか。

「……否、かつての主は死んだのだ。ならば私は、今の主に従うべき――」

 ――従うべきなのだ。自らを犠牲にした主に郷愁を覚えたところで主は戻っては来ない。判っている、判っているのだ。

 ……けれど。

「……もう一度、纏様に会えたなら」

 剣士の心は風に揺れる。彼女が信ずるものは、果たして。


 校庭に広がるサグメ兵の数、およそ二百。学校に居合わせた戦力、数にして十六。

「退魔士が十一、妖は俺達合わせて五人。……絶望的ッスね」

「弱音吐いてんじゃねぇぞ、いたち。こっちはやるしか無ェんだ」

「……いやまぁ鼬ッスけど。伊田いだ 千春ちはる、ちゃんと名前で呼んでくださいよ」

 そんな中、二人は戦場と化した校庭で得物を構える。赤髪の青年、鬼島 佑介と橙の髪の少年、伊田 千春。二人は玄関前で敵兵の群れと睨み合っていた。

「んで、赤鬼の方。どうするんスか、コレ」

「鬼島 佑介な。敵が動いたら俺等は突ッ込むぞ」

「はいはい、りょーかいッス。……それじゃ」

 そう言って、千春は二丁の黒く塗られた刃を握り直し、敵軍へ向ける。それと同時に黒の双刃が焔に包まれた。

「――焼け焦げても、知りませんから!」

 威勢の良い声が響くと同時に、敵軍が鋼の音を鳴らしながら二人へと突撃する。それに合わせて千春は大きく跳躍し、焔の刃を地面に向けた。

「『彼岸花ヒガンバナ』!」

 そして鉄鎧の群れの中に降下、地面に刃を突き立てる。刹那、千春の周囲一帯が火炎に包まれた。

 伊田 千春――加熱の能力を持つ鼬の妖。高熱は発火をもたらし、あらゆる障害を焼き尽くす。

「熱ぃ!?なんだコイツ!?」

「怯むな!相手はたった二人、数で押せ!!」

 雄叫びを上げながら焔へと向かう兵。それを待ち構えたように佑介も前方へ飛び出し、鎧に向けて棍を振るう。

「行かせるか!」

 棍は胴を捉え、鋼鉄の鎧を粉々に砕きながら兵を吹き飛ばす。そしてもう一人、二人と闘志ごと粉砕する。悲鳴を上げる暇も無いほどの勢いは、鬼神と喩えるが正しく。

「チッ、もっと歯応えのある奴はいねェのか!」

 鬼神の闘志は強く燃える。そしてそれが彼の力を著しく高めていく。勝利への欲が、文字通り力へと変わっていく。

 ――赤鬼は欲の権化。佑介は、自らの欲を喰らって強くなる。

「行くぞ、鼬!全員ぶっ飛ばす!」

「りょーかいッス!」


 地面は紅に覆われ、血腥ちなまぐさい臭いと声にならない絶叫が蔓延はびこる。助けてくれと縋る者に謝罪をひたすら繰り返す者。戦場では良く見る光景だ。

「……やっぱり慣れないわね」

「……有希ゆうき、大丈夫ぅ?」

「大丈夫よ。……それより、殺さなくて良かったの?瀕死にはしたけど」

 敵兵の山が積み上がる体育館正面口前。有希と呼ばれた蛇目の女性は手車ヨーヨーを回しながら糸目の青年、日辻ひつじ 完二かんじに問い掛ける。日辻は少し間を置いて面倒そうに口を開いた。

「彼等には高度な術式が掛けられてるみたいだよぉ。トドメ刺される寸前で、本拠地に強制転移させられるような術式がねぇ」

「……成程、結局殺せないなら労力割く必要性は薄いわね。そういやあの化狸も……」

 黄金の蛇目がむぅと唸る。思えば先月の戦の際も彼等は転移の術式で撤退した痕跡が残っている。恐らくはこれの対策をしない限り、この町は奇襲と撤退を繰り返されるだろう。

「それならぁ、痛めつけて戦意喪失させた方がいいでしょお?」

「ふふっ。悪い人ね、日辻は」

「……有希には言われたく無いなぁ」

 有希の笑みに日辻は溜息を漏らす。何を隠そう、彼等を痛めつけたのは彼女なのだ。アイデアこそ日辻が提案したが、痛めつけた本人から悪い人などと称されるのは何か違うような気がする。

「……ま、別にいいのだけど。それより日辻、一つ気になる事が」

「んー?どうしたのぉ?」

 間延びした声に、有希は神妙な面持ちで口を開いた。

「……なんで、どこにも敵将がいないのかしら」


「……正気なの、ナギナギ。確たる証拠も無いのに」

 校舎内、一年一組の教室。桃色の髪の少女、水鈴が睨んでいたのは、赤のマフラーを巻いた深紫の髪の少年。手には風の刃を握り、天井を静かに見つめる。その瞳は澄んだ紫。彼女は水鈴の問いに答える事無く、ただただ風切り音を響かせる。

「……確かに、読みが当たっていれば最適解になり得ますが」

「別に黒羽くんを疑ってる訳じゃないけどね。それでも、私は賛成出来ないなぁ」

 響と涼葉の言葉に凪がぴくりと反応する。そして少し考えた後、視線を変えずに口を開いた。

「大丈夫、何かあったらすぐ離脱するから。それに、このまま動けば敵の思うツボだから。それなら」

「叩きに行く、かぁ。……やっぱり変わってるね、ナギナギは」

 凪の返答に水鈴はやれやれと両手を広げる。そして正鞄を漁り、大きな袋を手に取った。大きさは鞄と同じくらい、中には何かが入っているようだ。

「……分かった。けどボク達も相応の無茶はさせてもらうから」

「……水鈴?」


「……さて、目に見える分はぶっ飛ばしたが」

「指揮官、いないッスね」

 一方、千羽高校校庭前。有希と同様、千春と佑介も現状に違和感を抱いていた。

 将軍及び指揮官は当然ながら戦の要である。彼等がいなければ戦場での兵の統率などなし得ない。その筈なのだが、彼等が会敵、目視したのはせいぜい小隊長レベル。いくらなんでも彼等のみで奇襲を掛けるとは考え難い。となれば――

「……佑介さん。妖力の感知、出来るッスか?」

「……普段なら出来るんだがな。……結界が妨害してやがる」

 佑介の舌打ちが空間に響く。今回の戦、どうにもきな臭い。兵達が突然転移してきた時はそれなりに警戒していたが、どうにも兵の質が低い。まるで自分達の体力を削ぐ為の捨て駒なのかと錯覚してしまうくらいに。

「――いや、待て。まさか」

「……佑介さん?」

「気ぃ付けろ!多分だが、増援がに来る!」

 ――そして、その嫌な予感は的中する。先程奇襲を掛けられた時と同じように青空を透明な膜が覆い、突如として妖の兵団が現れる。そして先程倒した兵は膜に吸い込まれるように消えていく。

「……もしかして、コレ」

「……あぁ、元栓閉めねえとキリねぇぞ」


 ――さて、彼等は敵将の居場所を未だに突き止められてはいないようだ。校庭や校舎内を探る退魔士の姿はあれど、未だ此処には辿り着いていない。

「くく、ハハハハ!見たまえ、虚空こくう!我を止めない限り、兵は何度でも彼等を襲う!徐々に疲弊していく彼等の様を、共に見届けようではないか!」

「いえ、興味無いので」

 千羽高校の屋上で、獣の骨を被った邪術師は高らかに笑う。その横に控えるのは襤褸を纏った灰色の長髪の剣士。虚空と呼ばれた彼女は主と思われる邪術師へ素っ気ない態度を取る。その関係に信頼の文字は見受けられず。

「……ふむ、つれないな。まぁ良い、君の目標を果たすまでは我等に協力する約束だからな」

 慢心する邪術師。灰の剣士は淡々と目下を見下ろし、鎧の群れと戦う妖、退魔士達を眺めている。まるで戦への興味など無いような、そんな表情で。

 ――そんな見え透いた隙を、逃す訳には行かない――

「『まとい幻爪げんそう〉』――」

 左手に纏うは身の丈程の影の爪。切り裂くべきはかの邪術師、今ここで仕留めてみせる。その決意を胸に、鴉の半妖は地面を蹴る。

「『嘴広ハシビロ』!」

「なっ!?」

 そして物陰から飛び出し、術師を八つ裂く為に爪を振るう。陰りの爪はあまりにも大きく、術師の対応も間に合わぬ程に速く。意識を根絶させるには十分な威力を誇る――

「――夜峰よみね流抜刀術〈おぼろ〉」

 ――筈だった。必殺の一撃は、纏った影の爪ごと断ち斬られたのだ。爪は宙を舞い、そして霧散する。凪自身の腕もまた、刀傷を負っていた。

 ――痛ッ……!――

「甘い。私が見過ごすと思うたか」

そら……!」

 斬撃の主は灰の剣士。凪は傷を押さえながら彼女との距離を取り、そして風の爪を纏い直す。

「――まとい、さま……?」

「なっ、鴉の半妖!?何故ここが……」

「……なんでって、ただの勘だけど。当たるんだよね、僕の勘」

 狼狽する術師に凪は強がりの笑みを見せる。確かに勘は当たったし、護衛がいる事も想定していた。見誤ったのはただ一つ、護衛の正体だ。

 術師は恐らく直接的な戦闘能力は低い、だから奇襲を掛けて元を断つつもりだった。護衛がいれば諸共か、もしくは護衛を無視して敵を討つ、その筈だったのだが。

 ――何事も計画通り、というのは難しいね、凪――

「……という訳で、話は最初から聞かせてもらった。空、其処を退いてくれたら嬉しいんだけど」

「……一度引き受けた仕事なので。いくら貴女様であろうとも、通す訳には」

「……だろうね。薄々予想してた」

 凪は苦笑し、そして髪と瞳を翡翠に染めて主導権をランと交代する。そして風の爪を刃の形に練り直し、右手でしっかりと握り構え。それに合わせて灰の剣士も応えるように刀を構え、切っ先をランに向けた。

「術師殿は、手出し無用でお願いします」

「君から倒さないと目的は果たせないか。――私はラン、黒羽 ラン

「妖刀の九十九神つくもがみ、虚空。いざ、尋常に――」

 翡翠の剣士と灰の剣士。二人の戦いが、ここに始まる。

「「勝負!!」」

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