第23話 英雄に憧れた少年


 ガーレンはどこにでもある変哲のない小さな村で育った。7歳の頃彼は英雄に憧れる様になった。力のない弱者を助けて悪者を倒す。それが彼の英雄像だった。


 その為にガーレンは丁度良い木の枝を剣に見立てて素振りを何十回もした。腕がパンパンに張れ翌朝には筋肉痛が酷かったがそれでも素振りを止めることはなかった。その痛みこそが英雄に近づく一歩だと確信していたからだ。


 同じ村に住んでいる子供もガーレンに触発されて素振りをし始めた。1週間後にもなると数十人の子供が一斉に素振りをするという光景が出来上がった。


「ガーレンは毎日欠かさず練習してすごいわね。他のお子さんも影響されて素振りをし出したみたいですよ」


「ははっ、きっと俺の血を引いたんだな。俺も昔は村一の剣術の使い手と言われていたもんだ」


「一人じゃ出来ないこともあります。最近では相手になってくれる友達も出来て鍛錬がはかどっています」


「将来はお国を守る騎士様ですかね」


「町の冒険者ってのもあるぞ。どちらにしろガーレンはこの村に止まらない大きな男になるぞ!!」


 食事をしながら父親と母親が子供の将来について語り合う。その光景は正に幸せな家族の一場面だ。両親はガーレンを誇りに思い、ガーレンもまた両親を尊敬していた。


 2週間後、ガーレンはいつものように剣術の鍛錬を終えて平原で休憩していた。

 ふと視線を感じて振り返るがそこには一本の木しかない。最近誰かの視線を感じることが多い。しかし、感じ取った先を見ても誰もいない。


「気のせいか」


 その言葉に木に隠れていた少年は安堵して腰を下ろす。ガーレンの感じていた視線は勘違いではなかった。

 少年には見つかってはならない理由があったのだ。


「気付かないとでも思ったか?」


「わあ!」


 ガーレンはわざと隙を見せて不意を突く。少年は声に出して驚いた。


「最近ずっと俺のこと見てるだろ?」


「ああ、いや、その、僕はただ……邪魔になるから」


 黒髪で目にかかるほど前髪が長く服がところどころ汚れている。ガーレンは少年の姿を村で見かけたことがない。


「お前見ない奴だ。名前なんて言うんだ?」


「アイビー……ごめんなさい、帰りますので」


 離れようとするアイビーの手をガーレンは掴む。


「今日相手がいないんだ。付き合ってくれよ」


 ガーレンは木剣をアイビーの前に出す。この木剣はガーレンが太い枝をナイフで削って剣に見立てたものだ。


「いいの?」


「お前もやりたいんだろ?」


「うん!」


 アイビーも村の子供達と一緒に剣術を習いたかったのだ。


 それから二人は木剣を交えることが多くなった。アイビーがガーレンを上回ることはなかったがそれでも必死にしがみついた。 


 だが互いに切磋琢磨し合うその日々はそう長くは続かなかった。

 

「アイビーとは関わるな?何故ですか?父さん」


「お前は知らないかもしれないが、アイビーの父親は盗みを働いた罪人で人を一人殺めている。そして母親は娼婦だと聞く。きっと子供もろくな奴じゃない。だから関わるな、いいな?」


 ある日、食卓の場でいつにもなく真剣な顔で父親がガーレンに話す。


「そうよ、村の人達も良く思っていないし、ガーレンは良い子なんだから悪い子と付き合ったらダメよ」


「はい……父さん、母さん」


 その日以降、アイビーは村の厄介な存在として除け者扱いされるようになった。


 大人達はアイビーをいない存在として扱い、その扱いを見た子供達は集団でアイビーに手を出すようになった。


 父親は罪を犯し逃亡、母親は娼婦で町に出向いておりいつ帰って来るか分からない。


 アイビーは孤独だった。けれど辛くはなかった。ガーレンという友がいたからだ。


「お前らアイビーを虐めるのはやめろ!」


「が、ガーレン、いいだろ!コイツが悪いんだから!」


 アイビーを苛める中止めに入ったのはガーレンだった。アイビーの顔は痛々しく赤色に腫れていて唇を切っている。


「どうしてもって言うなら俺が相手になろう」


「わ、わかったよ。行くぞお前ら」


 ガーレンの気迫に負けていじめっ子達は退散する。


「大丈夫か!アイビー!あんな奴らの言いなりなる必要なんてない。お前ならあの人数どうってことないだろ」


「喧嘩とか……苦手なんだ……」


「お前優しすぎなんだよ」


「ガーレンくんも優しすぎるよ。僕を助けたら君まで仲間外れにされる」


「俺はいずれ英雄になる男だぞ?見て見ぬふりなんかできるかよ。それに一人じゃないだろ。お前がいるからな」


 ガーレンは歯を見せて笑う。つられてアイビーも笑う。


 笑うと口が痛かったがそれでもアイビーは嬉しくて笑った。父親も母親もおらず、村の人々からも除け者扱いを受けて孤独だったが、唯一自分の傍で笑ってくれる友がいる。それが何より嬉しかった。


 だがその関係が長く続くことはなかった。


 その日、突如村に害を及ぼす魔物が現れた。巨大で腕が異常に大きく発達した熊。巨大な魔物に村の人々は為す術もなく逃げることしかできなかった。ガーレンもそのうちの一人だった。


 一振り受ければ容易く死ぬ、それは圧倒的な力の暴力だった。


 逃げている子供がつまづき転ぶ。他の人は逃げるのに必死で誰も気付かない。


 巨大熊が目の前に来て子供は怯え立ち上がることができない。

 巨大熊の一振りが子供を狙う。その瞬間、駆け込み子供を抱き抱え、その一振りを避ける者がいた。


 ガーレンはその光景を目撃した。


「アイビー……」


 ガーレンが逃げる最中、巨大熊の方へと真逆に走る者がいた。自殺とも呼べる行動を止める為ガーレンが振り返るとそれはアイビーだった。


 アイビーは子供に逃げるように言い巨大熊に構える姿勢を取る。


 両手には薪割り用の斧を手にしている。

 巨大熊はアイビーに向けて発達した腕を何度も叩きつける。それを全て避けて巨腕に乗っかる。巨腕の上を走りながら頭部に向かう。


 巨大熊の目に両手にある斧を振り落とす。目を攻撃され暴れ出し村から逃げて行く。

 アイビーは地面に振り落とされる。


 ガーレンは声が出ず、その場で立ち尽くした。


 本来ならアイビーに称賛の声をかけるのが自然なのに何故だが喜べなかった。


 心の底から湧き出ずるのは村が助かったことの喜びではなく、劣等感だった。


 あの時、ガーレンは魔物に怯えて逃げた。自分より幼い子供が転んだことに気付かず自分だけが助かろうとしていた。


 だがアイビーは何の躊躇もなく助けに入った。自分の死を恐れずに他者の生を優先した。


 ガーレンは英雄を目指していた。力のない弱者を助けて悪者を倒す。それが彼の英雄像だった。


 アイビーの行動はガーレンの英雄像に当てはまる。今までアイビーは守る存在だった。自分が守らないといけないと思っていた。


 何故ならアイビーは弱かったから。


 しかし、アイビーは守ったのだ。自分の命だけでなく村の全員の命を。

 わずか7歳の子供が魔物の脅威から村を救ったのだ。


「ガーレンくん、大丈夫だった?」


 振り落とされて足を痛め引きずりながらガーレンに声をかける。


「ああ、すごいな、アイビーは」

「身体が勝手に動いちゃって。無理したせいで足が痛いや」


 その言葉を聞きガーレンは敗北感を味わった。アイビーは自分を忌み嫌う村の為に命を張った。その理由は身体が勝手に動いたからだ。正直、人間として負けた気分だ。


「足痛いんだろ?肩貸すよ」


「ありがとう」


 その日からアイビーに対しての村の人々の対応は手の平返しのように変わった。 


 あれだけ忌み嫌っていたのに今では皆が褒め称えている。


 アイビーは村にとってのとなったのだから当然の対応だった。


 ガーレンの劣等感は日に日に強まるばかりだった。アイビーと一緒にいることが楽しめなくて段々と距離を置くようになった。


 正直ガーレンは自分が優れた人間だと自負していた。大人からの評判は良く村の子供達から注目を集め引っ張っていた。剣術を始めたのもガーレンだ。


 後は周りが惹きつけられただけの話だ。自分には才能がある。父親も母親もそう言っていた。


「ガーレン君!探したよ、また僕に剣術を教えてくれないかな?」


「何を教わるんだよ。俺より強いくせに白々しいんだよ!これ以上俺に関わるな」


「僕はただ…」


 (実力のある奴がない奴に教わるなんて滑稽でしかない。浮かれていた俺を持ち上げて嗤ってるんだ)


 これがガーレンとアイビーの最後の会話になった。そして村を出たガーレンは冒険者となった。


*****


「なつかしい夢だ……」


 ガーレンは医務室でそっと目を覚ました。









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