第20話 人間の皮を被った

 あの日からルミが思い出すのはケイト、サニ、セリア、そしてジュエリーのことばかりだ。

 何も知らない自分をパーティーとして迎え入れてくれたケイト達、そしてエルフに襲われたところを助けてくれたジュエリー。今頃どうしているだろうか。自分がいなくなって少しは悲しんでくれているだろうか。 


「ジュエリーさんはどう思ってるのかな……」

 僅かな間、ルミはジュエリーと行動を共にしたが何を考えているのか分からなかった。 

 語る言葉を少なくて、声のトーンは変わらず常に冷静だ。それでもどこか暖かさを感じる不思議な人だった。

(きっとみんな、前を向いている。私だけが止まったままだ)


 心が重たくて何をやっても手に付かない。いい加減施設の手伝いをしないと院長に怒られる。今は農園の時間だ。ロイとマールは畑仕事をしている。

 何気なく白い天井を見つめる。無意味な時間だと分かっていても行動を起こす気にはならなかった。

 ドン!玄関口の扉を叩く音がする。部屋を出て玄関に向かう。

 誰か畑から帰ってきたのかと思い扉を開ける。


「ガアー」

 そこにいたのは真っ白な羽毛に目の周りに赤丸があるどこか間抜けそうな魔物――

「アルティー!」

 アルティーはルミの足元に来て頭を擦りつける。久しぶりにルミに会えて嬉しいのだ。ルミはアルティーを抱きかかえる。


 ヘルガードが町を襲撃し冒険者が応戦していた時、アルティーは誰にも気づかれることなく町を飛び出していた。それはルミに再び町に来てもらうためだ。

 アルティーはルミの胸から抜け出して飛び跳ねる。必死に伝えようと何度も鳴く。

「アルティーどうしたの?」

 必死に鳴いてもルミには伝わらない。

「タイヘンダ!町ニヘルガードガ降リテキタ!」

 それはケイトが放った言葉だった。

「町が……ヘルガードに……行こうアルティー。みんなを助けないと」

 ルミの全ての思考が吹き飛んだ。ただ世話になった友、命の危機を救ってくれた人を助けたい。

 ルミは全速力で町に向かった。


 ***

 ――現在

「大丈夫ケイト?」

「ああ、まさかコイツに助けられるとはな」

 ケイトは腹に乗っかっているアルティーに視線をやる。

 アルティーの頭突きにケイトは救われたのだ。

「ガアー!」

「あの時は悪く言って済まなかったな」

 ケイトはアルティーの頭を撫でる。


『魔物が人間を助けた、なるほどお前は私と同じ立場ということか』

 エメラルドグリーン色で覆われた犬の魔物、クーシーはアルティーに言う。

「ま、魔物が喋ってる?なになにアレ!どういうこと!」

 魔物と喋れることは幼い頃からアルティーと暮らしていたルミにとっては夢のようなことだ。目の前の喋る魔物に興奮するのは当然だ。

「ルミ落ち着け。そして奴は強い」

「うん、なんとなく分かる気がする」


 ――気に食わない。あの鳥の魔物を見ると何故だかそう感じる。

 クーシーは自分からこみ上げてくる感情が何なのか分からない。あの鳥に対する怒りなのか憎しみなのか、何故そう感じるのか。いや考える必要などない。

 ガーレンに命令された通り町を壊滅状態にすればいいのだから。


『どけ、そこをどけ人間』

 怒りに身を任せクーシーがまたもや咆哮すると突風が吹き荒れる。

 ケイトとルミは持ちこたえるが体重の軽いアルティーは簡単に吹き飛ばされてしまう。

「アルティー!」

 サニや後衛職の冒険者も突風によって攻撃できない。

 ルミは吹き飛ばされたアルティーに駆け寄る。クーシーの視線を察知しルミは手を広げてアルティーの前に立つ。


 クーシーはその光景を見て唖然とする。人間が魔物を庇うことが理解できなかった。

 魔物は人間の使い魔であり、道具に過ぎない。ガーレンからはそう教わってきた。

 だが目の前にいる少女は自らの命を危険に晒してまで鳥の魔物の為に立っている。手を広げて魔物を庇っている。

 ――私を倒す算段がついたのか?いや違う、少女は魔物が吹き飛ばされて真っ先に駆け寄った。頭で考えてなどいない。 


『何故だ!何故、そこの魔物を庇う!自分が死ぬかもしれないのだぞ!周りの人間を見ろ!血を流し倒れている!貴様の命など簡単に奪うことができる!なのに何故立っているのだ!』


「家族だからだよ」 

 クーシーの問いにルミは迷いもなく即答する。家族という言葉に動揺する。

 その隙にサニ率いる後衛冒険者は矢や魔法を放つ。


 ***


「酷い顔だね、ジュエリー」

毒に侵されたジュエリーの顔は右頬を中心に毒々しい紫色に変色している。


「そろそろ終わりにしようか、思えば長かった、だけどあと少しだ。君を殺して俺は町を救い英雄になる。放っておけば毒で死ぬけど君は悪人だから英雄となる俺が特別に手を下してあげるよ」

 ガーレンは地面に散らばったナイフを手に取り握りしめる。

「あの世で己の罪を悔やむがいい。エルフ殺し」

 その言葉と共に握ったナイフを逆手に持ち高く上げ振り下ろした。 

 振り下ろした瞬間ジュエリーは足先に力を入れ、低姿勢でガラ空きになったガーレンの胴体目掛けてナイフを突き刺した。


「……はぁ?」

 ガーレンには一瞬の出来事に理解が追いつかなかった。

 勝ちを確信したあの瞬間、何故ジュエリーは動き自分の横を過ぎたのか。何故自分の横腹にナイスが突き刺さっているのか。

「こんなもので……クソ!」

 ガーレンは横腹に刺さったナイフを無理引き抜く。振り向くとジュエリーは大剣を手にしている。ガーレンが不意を突く為に手放した大剣だ。


 ガーレンが言うようにエルフは他種族と比べて筋肉量が少ない。人間と同じように女性は男性よりも筋肉量が少ない。だから腕に負担のない武器としてナイフや弓矢を使用している。ジュエリーの場合矢を何本も放つと弓を真っ直ぐに構えることができなくなる。なので主に奇襲として使っている。

サニに対して自分より素質があると言ったのはジュエリー自身、弓使いに適した身体でないことを知っているからだ。


 ジュエリーは目を覆う包帯を解く。宝石のように青く輝く瞳が露わになる。毒の影響か視界がぼやけて包帯を巻いたままではガーレンとの距離が掴めないからだ。


「まさか、エルフ特有の清浄化で己の体内の毒を無効化したのか……!」


「私はエルフじゃない、そしてお前は人間じゃない!傲慢で他者を蔑み優越感に浸り命までも奪う、醜い悪魔だ。まさしくエルフだ。お前は人間の皮を被ったエルフだ!」

 ジュエリーは力を振り絞り声を上げて大剣を引き上げ一気に振り下ろし、ガーレンの身体を叩き切る。


「誰もがお前の思惑通りに動くわけじゃない。だって……成長しているんだから……な」

 ガーレンは倒れ、ジュエリーも力尽きてその場に倒れた。
























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