第18話 希望に満ち溢れて

「やあ、マリア。今日も笑顔がステキだね」

「ほんと?ウソでもうれしいわトム」

「ウソじゃないさ。キミの笑顔はそーだな、まるで太陽のようだ。ボクはキミの笑顔を見るとここが温かくなるのさ」

 そう言ってトムは自分の左胸に手を軽く叩く。道の真ん中でホットな会話を繰り広げる男女。

「グルゥゥウ……」

 唸り声が聞こえて男女が振り返ると赤い狼がよだれを垂らしながら睨みつけている。

「うわあああ!マリア!ってあれ?」

 女は気を失って男にもたれかかっている。突如現れたヘルガードに意識を失ったようだ。

「マリアあああ!」

 ヘルガードは勢いよく男に飛びつく。


「させるかよ!」

 跳ぶヘルガードを上から剣先で押し付けて男への攻撃を阻止する。

「あなたは……」

「冒険者だ。怪我はないか?」

「ぼうけんしゃ……」

 男を助けたのはケイトだった。セリアから受けた魔法により身体能力が向上している。

「ケイト!先に行かないで!」

「悪いサニ。いつもより体が軽くて動いちまった」

 男は腰を抜かして尻餅をつく。足を震わして動けそうにない。

「安心してくれ。アンタらを安全な場所に連れて行く」

 ケイトとサニは男女を護りつつギルドに向かう。


 ギルドに戻ると非難した町の人々がいた。負傷した人は床に敷かれたシートの上に横たわっている。その傍に回復魔法で傷を癒すセリアが見える。


「先程は本当にありがとうございました。アナタ方は僕らの命の恩人です」

 気を失っている女が倒れないように支えながら男は礼を言った。

 ケイトは命の恩人というワードに照れくさくなり頭を掻く。


「ケイト!」

 ギルドに避難したケイトの母親が駆け寄る。

「母さん!良かった母さんたちも――」

「カイトがいないの!気付いたら家の中にいなくて」


 ケイトの脳内に今朝の弟の言葉が浮かび上がる。

『いいよ!一人で遊ぶから』

 血の気が引くような感じとともに不安が大きくなっていく。最悪な未来像がチラつく。不安に呑まれないように歯を強く噛み締める。

「母さんは待っててくれ。俺が助けに行く」

 ケイトは急ごうと足先が出るが我に返り足を止める。

「悪いサニ、また一人で突っ走ろうとした。いつもお前に迷惑かけてばかりだな俺。カイトを助けたい一緒に来てくれ」

「もちろん」


 ケイトとサニはギルドを出て走り出す。

「カイト君のいる場所分かる?」

「あいつは町の中央にある噴水が好きでよく行ってた。きっとそこだ!」

 目の前の曲がり角から2匹のヘルガードが飛び出てくる。ケイト達目掛けて襲い掛かる。

 サニは足を止めて弓に矢を番えて放つ。ケイトは剣を柄から抜きそのまま突っ込む。

「邪魔だ!」

 ケイトが剣でヘルガードを斬ると同時にサニの矢がもう片方のヘルガードに命中する。2匹は倒れてケイトとサニはその先に進む。

 曲がり角を曲がると、噴水を取り囲む石段の上で弟のカイトがしゃがんでいた。

 近くからゆっくりと足音を立てずにヘルガードが迫る。獲物を確実に捕らえるため存在を消している。

 カイトは噴水から流れる水に顔を覗き込みヘルガードに気づいていない。

「ケイト走って!」

「おう!」

 サニは弓に矢を番える。

(距離的に命中率は低い。当てなければカイト君を危険に晒す。私にできるか?いや当てるんだ、確実に)

 胸を張り姿勢を正す。両肩を入れて力強く弓を引く。標的を目で捉える。

 サニは矢を放つ。その矢は一直線に、走るケイトの顔を過ぎ去りヘルガードに命中する。ヘルガード自身も何が起こったのか分からなかった。そのまま倒れるかと思いきや刺さった矢が浅く、すぐに立ちなおす。

「しまった!」

「いや、ナイスだ。サニ!」

 追い付いたケイトが剣を振りかざす。ヘルガードは斬られて倒れる。

「カイト!」

「にいちゃん?どうしたの?」

「気付かなかったのか。たくっお前ってやつは」

 ケイトは弟を抱きしめる。身体の力が一気に抜ける。

「よかったー」

「なんだよ、にいちゃん。ちょっとやめろって」


 弟カイトが助かったのはケイト、サニ、ルミが互いに補い合ったからだ。

 サニの矢が当たらなければケイトの剣は届いていなかった。矢が当たってもケイトの剣が届かなければ助からなかった。ケイトが間に合ったのはルミの身体能力を上げる魔法のおかげだ。

 3人が各々の役割を全うしたから弟カイトを助けることが出来たのだ。


 ***


 その頃西の森では……

「これから、手分けして洞窟を捜索する。ヘルガードは本来洞窟に生息する。俺の予想では上位の魔物が洞窟に住み着き住処を失ったヘルガードが町に降りてきたとみている」

 ギルドのAランク以上の冒険者は9人。どの冒険者も実力派揃いだ。ガーレンを中心として冒険者達は一つにまとまる。それぞれ一人に分かれて洞窟を探し出す。

「ジュエリー、頼んだぞ」

「ああ」

 ジュエリーもガーレンの言う通り一人となり洞窟を探す。

 木々をくぐり抜けて洞窟らしきものがないか見渡す。しかし探しても探しても洞窟らしきものは見つからない。すると小さな洞穴を見つける。

 洞穴の方に進み、先に広がる闇に顔を覗かせる。人一人入れるかどうかの穴だ。女性ならギリギリ、成人男性なら難しい大きさだ。見たところ魔物が住み着いているようには見えない。

「どうした。手分けして洞窟を探すんだろ?」


 息を潜め木に身を隠しジュエリーの背後を狙う者がいた。その者は――


「――ガーレン」

 ジュエリーの問いかけにガーレンは落ち着いた様子で姿を現す。

「いや、少し様子を見に――」

「いい加減心にもない言葉を吐くのやめたらどうだ」

「へえ。気配を気付かれたのは君が初めてだよ、ジュエリー」

「生まれつき耳が良くてな。それに、前にも木に隠れて私の様子を伺っていただろ」

「あの時も見抜かれていたとはね。なら何故俺に構わなかった?」

 あの時とはケイト達がエルフに襲われた日の夜のことだ。

「どうでもいいからだ。お前がどこで何をしようとな。ただ、この町に被害を負わせた首謀者がお前だというのなら阻止する」

 ジュエリーは布越しにガーレンを睨みつける。


「意外だよ、君がそこまで町のことを想っていたとは。いや、それか君の近くにいた女の子の影響かな。まあそんなこと、どうでもいいかっ!」

 ガーレンは背中に背負った大剣を抜き、強く踏み込みジュエリーとの距離を一気に縮める。近づいた瞬間下げた大剣を下から上へと線をなぞるようにして斬る。

 刃の部分が当たるスレスレのところで後ろに下がり避けるジュエリー。

 しかしガーレンの猛攻撃は止まらない。大剣を軽々しく振り回すガーレンの攻撃にジュエリーは避けることに必死で反撃ができない。


 その実力はまさしくギルドの最上位ランクであるSランクを示している。

 急にガーレンの攻撃が止まる。


「ははっおいおい。君、エルフだったのか」

 ジュエリーのフードがはだけて長い耳が露わになる。

「なるほど、女のエルフ。だから君はナイフ使いなのかい?知ってるよ、エルフは人間に比べて筋肉量が少ない、女ならなおさらだ。その弓矢も扱うのは大変だろう。矢を構えるには腕の筋肉が必要だからね。それにしてもエルフがエルフを殺すとは。最高だよ、英雄の敵として不足なしの悪人だ」

 ジュエリーは瞬時に腰にあるナイフを抜きガーレンの顔面に投げつける。ガーレンは大剣で向かってくるナイフをはじく。


「今のセリフ、どうやら図星だったようだね」

 ナイフをはじいた大剣がガーレンの視界に被る。ジュエリーはその隙にもう一本のナイフを逆手に持ち一撃を決めようとする。

 ガーレンは口角を上げ大剣をジュエリーの前に押し投げる。自分の武器を投げ出す行為に戸惑うジュエリー。投げ出された大剣によりジュエリーの一撃は遮られる。

 ガーレンは懐から針を取り出し投げつける。ジュエリーは躱すが微かに右の頬を斬りつける。細い傷口から少量の血が垂れる。


「あのさーこれでもSランクなんだよ?たかがエルフ殺しの君がドラゴンを殺せる俺に勝てるわけないだろ」

「くっ!」

 突如来る頭痛とめまいがジュエリーの行動を制限する。

「悪いね針に毒を仕込ませてもらったよ。この森にいるAランクの冒険者達もみんな今頃毒に苦しんでいるさ」


「なぜ、ここまでのことをした……お前は町の人にも冒険者にも慕われていたはずだ」

「なぜ?俺が英雄になる為だ。今日死ぬ人間はその犠牲となる。英雄ってのはね、英雄となる前にいくつもの英雄譚がなければならない。語り継がれる伝説ってやつさ。少年の頃に村を魔物から救ったとか、大勢の人々を救ったとかさ。でも俺にはそれがない。だからヘルガードに町を襲わせた」


「そんなことのために……」

「そんなことのため!?俺は英雄になりたいんだ!たかが町のSランク冒険者じゃダメなんだよ!だから邪魔になるものは全て殺した、エルフも!かつてのパーティーメンバーも!」

 ガーレンは逆上して取り乱す。西の森で人間の手によって家族や友人を殺されたエルフ、Sランクパーティーはガーレンの他に2人、西の森で発見された4本の腕、3本の足、突如現れたヘルガードの群れ、全ての不可解な点と点が一直線に繋がる。


「町の人々には程よく犠牲になってもらう必要があった。その為にAランク以上の冒険者が邪魔だった。彼らなら町を守り切ってしまうからね。だから森に誘い込んだ。君を呼んだのは実力が未知数だから。今頃冒険者たちはホッとしているだろうね。自分たちだけでも町を守れるって。だがここから、状況は大きく変わる」


 ガーレンは希望に満ち溢れた目で腕を大きく広げた。

 ジュエリーの体内の毒は着々と身体を蝕み始め、手の痺れや倦怠感を起こす。長期戦になればなるほど不利になる。

 焦る心を抑え逆転の一手を探すジュエリーであった。























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