第17話 ヘルガード討伐作戦
早朝、男は西の森の丘から町を見据えていた。
稼ぎで家を出る人、台車を引き物を運ぶ人、町の人々は朝でも慌ただしく動いている。
「ククッアハハハ!」
いつもと変わらない朝、何も変わらない一日の始まり、誰もがそう思っている。
この数時間後に町が壊滅することを知らないと思うと男はこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。
急な出来事で人々は混乱するだろう、町の冒険者は役に立たず目の前の恐怖に震えるだろう――
「でも大丈夫、なぜなら英雄は必ず来るから!」
***
朝の8時半、ケイトはギルドに出発する準備をする。
「にいちゃん、もう行くの?」
後ろから声をかけたのはケイトのの弟だった。
「ああ、早く行かないと仕事の依頼が無くなるからな」
「いつもそうじゃん……」
俯く弟にケイトは頭を撫でる。
「ごめんな、カイト。今度母さんと一緒にどこか遊びにいこう」
「いいよ!、一人で遊ぶから」
そういい捨てて弟は去る。
「拗ねるなよー」
近頃ケイトはクエストで忙しく弟と関わる時間をあまり作れていない。
本当は弟に構ってあげたいがクエストを受けることでしか、お金を稼ぐことはできない。
ケイトは溜息を吐き家を出てギルドに向かった。
ギルドに向かう途中、道の端で女性が倒れているのを発見する。
すぐに近寄り声をかける。
「どうしました?大丈夫ですか?」
「たすけ、て、あかい、おおかみが……」
女性はケイトの袖を掴み必死に何があったかを伝える。見ると女性の服はところどころ裂けていて、そこから血が流れている。縦方向に三本の線が引かれていて引っ搔き傷のようだ。
「まさか……」
痛々しい引っ搔き傷に赤い狼……ヘルガードの姿が浮かぶ。
「失礼します!」
ケイトは女性を抱き抱え全速力でギルドに向かう。
ヘルガードが町まで降りてきたことは今までない。仮に下りてきたとしても町の入口には門番がいる。
「クソ!どうなってんだ」
ギルドに着き勢いよく門を押す。
「大変だ!町にヘルガードが下りてきた!」
ケイトの叫びにギルドの冒険者はポカンと口を開けている。中には声に出して笑う冒険者もいた。
「ケイトくん?」
セリアとサニが何事かと思い来る。
「ケイトまずは女性の手当てを」
「私が治します!」
「ああ、頼むセリア」
ケイトは抱えている女性を椅子に座らせて回復をセリアに任せる。
セリアは傷の箇所に手を当て治癒を始める。
「なに言ってんだ、ケイト。ヘルガードは洞窟を住処とする魔物だ。町まで下りてくることはない」
中堅冒険者が口にする。
「本当だ、嘘じゃない!この女性が言ってたんだ!」
ケイトは必死に訴えるが行動を起こしてくる者は一人も出てこない。
「――彼の言っていることは本当だよ」
ギルドの門が開き光が差し込む。振り返るとガーレンが右手でヘルガードを掴んでいた。ガーレンは掴んだヘルガードを投げ捨てる。
床に放り投げられたヘルガードをまじまじと冒険者達は見る。
「まじかよ、ほんとだったのか」
「でもなんでヘルガードが……」
「何匹かは分からないがこの町にヘルガードがいるのは確かだ。ここは冒険者が力を合わせて町のみんなを守るべきだ」
ガーレンの言葉に冒険者達は頷き同意を示す。
Sランク冒険者であるガーレンの言葉で全体が一気にまとまりだす。
「ありがとうございます。ガーレンさん」
ケイトの礼にガーレンはニコっと口角を上げる。
「よし、戦闘職の冒険者はヘルガード討伐、回復魔法が使える冒険者はギルドに残り町の人の救護、活動拠点はギルドとする」
ガーレンの指示に各々が「はい!」「了解!」と返事する。Sランク冒険者のガーレンだからこそ一瞬にして冒険者達をまとめることができる。
「それと、Aランク以上の冒険者は俺と一緒に西の森に来て欲しい。ヘルガードが町に降りてきた以上何か森で起こっている可能性が高い。ヘルガードは上位の魔物ではない。連携が取れればBランク以下の冒険者で対処できる。あと隅で佇んでいるジュエリー、君も来てくれ」
ガーレンの言葉にケイト達や他の冒険者の視線がジュエリーに集まる。
「何故私が?」
「君もこの町にはお世話になってるだろう。それに冒険者登録もしてないのにギルドから金銭を貰っているならギルドに恩を返すべきだ」
「ジュエリーさん……」
カウンターから受付嬢のリーサが心配そうにジュエリーを見つめる。
「分かった。私も行こう」
ジュエリーが歩き出すと周りの冒険者は道を開ける。ガーレンに指名されたということはジュエリーの実力を認めていることになる。冒険者でもない人間がだ。
横を通るジュエリーに驚く、訝しむ、不満気、様々な視線が飛び交う。
当の本人はそんな視線お構いなしに歩く。
「ではこれよりヘルガード討伐作戦を実行する!」
ガーレンは冒険者達を先導しギルドを出て西の森へと向かう。後を追うようにヘルガード討伐組の冒険者も急いでギルドを出る。
「サニ俺達も行こう。セリア、ギルドを頼んだぞ」
「ケイトくん、サニちゃん待ってください」
セリアはケイトとサニの肩に手を当て心の中で強化魔法を念じる。
目を瞑るセリアを見て二人は不思議そうな顔をする。
「身体能力を上げる魔法を念じました。回復だけじゃなくて闘いの支援ができればみんなを危ない目に合わせなくできる、これが私のやるべきことです」
サニが弓の練習をしている時セリアは学園で強化魔法を習得していた。
闘いを好まないセリアは回復面でケイト達を支えることが自分の役割だと思っていた。しかしエルフに人質に取られて自分が足手まといとなりケイトとサニを危険に晒した。あの時、ジュエリーとルミのおかげでみんな無事だったが死という文字がはっきりとセリアの頭には浮かんでいた。
冒険者に死は付き物だ。それを肌で感じ取った。自分の力では致命傷の傷を治すことはできない。だから死のリスクを回避する為に強化魔法を習得したのだ。
「ありがとなセリア。絶対無事で帰ってくる。なあサニ!」
「うん!」
ギルドを出る二人の背を見てセリアは目を瞑り手を合わせて祈る。どうか何事もなく今日という一日が無事に終わりますようにと。
こうして、ガーレン率いるAランク以上の冒険者とジュエリーは西の森へ向かい、Bランク以下の戦闘職の冒険者とケイト、サニはヘルガード討伐へと町に散らばる。
回復魔法が使える冒険者とセリアはギルドに残ることになった。
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