第14話 弓使い
時は少し前に遡る。
日没前薄らとした明かりがジュエリーを照らした。その姿を男は息を潜めてじっと見つめた。
西の森にジュエリーがいるこの状況は完全に男の想定外だった。
(奴は何をしている……)
木に隠れて様子を伺う。ジュエリーはエルフの住処をくまなく調べている。
ここで始末するべきかと男は考える。だが男は既に二人を始末している。
失踪者が増えてはこの森の本格的な調査が始まってしまう。
それに先程男は4匹のヘルガードとエルフ2体の亡骸を発見した。
今目の前にいる彼女が殺したのか、それとも別の奴か、どちらにしろこの森に探りを入れられたのは確かだ。
男は歯を強く噛み締める。自分の計画に水を差されたことに苛立ちが抑えきれない。
しかしここで殺してしまえば計画が実行できなくなる。
考えた結果ここでジュエリーを始末するのは止めにした。
(計画を早める必要がある)
男はその場を後にしてある場所へと向かった。
西の森の奥底には洞窟が存在している。普段はその洞窟を奴らの住処にさせている。もし誰かに見つかった場合殺せと命じてある。
「ヘルガードの死骸が4匹、エルフの死体が2匹、始末しとけと言ったよな?クーシー」
男の問いに答えるようにクーシーと呼ばれる魔物が瞬時に姿を現す。
全身がエメラルドグリーン色に包まれた体長3メートルほどの巨大な犬。
『
この魔物は特殊で相手の脳内に直接語りかけることができる。テレパシーの様なものだ。
「お前には失望したよ。もしまた似たような失敗をすれば……言わなくても分かるな?」
『承知しました』
魔物を男に
「それと計画を早めることにした。お前らの存在がバレるのも時間の問題だからな。今何匹集まった?」
魔物は振り返り奥続く暗闇の方に低く吠える。すると目を光らせてぞろぞろとヘルガードが出てくる。
『30匹ほどでございます』
「計画実行までにさらに集めておけ。いいなクーシー」
『はい、我が主』
「英雄譚の幕開けはもうすぐそこだ」
男は自分の願望に胸を膨らませ不敵な笑みを浮かべた。
***
次の日
セリアの家で朝を迎えたルミ達はいつものようにギルドに向かっていた。
「やっぱりルミちゃんをパーティーに入れるのはダメでしょうか?」
ギルドに近くなるとセリアの足が止まる。ギルドに入ればルミとは別行動になる。セリアはルミが1人でやっていけるのか心配なのだ。
「大丈夫だよセリア。Dランクでも受けられるクエストはあるしこの機に自分と向き合ってみるよ。それに、こんな私でも必要としてくれる人がいるからね」
「必要としてくれる人ってあのマントを被った奴か?」
ケイトはルミに聞く。
「うん、そうだよ」
「ふーん、そっか」
にこやかなルミに対してケイトはそっけない態度を取る。その返事にサニは何か違和感を感じた。
ギルドに到着して中に入る。すると受付嬢のリーサがカウンター席からルミの名前を呼ぶ。
「ジュエリーさん。ルミさんが来ましたよ」
リーサの前にマント姿の人が立っている。
「ジュエリーさん?」
ジュエリーは振り向きルミのもとへ近寄る。
「どこに行ってたんだ。心配したぞ」
「心配ですか?ジュエリーさんが」
ジュエリーの以外な発言にルミは首を傾げる。
「昨日はセリアの家に止まったんです。心配かけてごめんなさい」
「ちょっと待てよ。元はと言えばアンタが昨日森で別れたのが原因だろ。
ルミに聞くなら俺も聞いていいよな、あの後森で何してた?」
後ろにいるケイトがルミの前に出る。
「お前に言う必要はない」
ジュエリーとケイトが睨み合う。
「まあまあ、私の為にそこまで本気にならなくても」
「ケイトくんも落ち着きましょう」
ルミとセリアは2人をなだめるが険悪な空気が収まることはない。
「ジュエリー私も言いたいことがある」
突然サニが口を開く。
「おう、サニも言ってやれ!」
「弓の練習に付き合って欲しい」
「ん?流れ見てた?今言うことじゃないよね?」
「西の森であなたはセリアを助ける為にエルフの手に矢を放った。そして見事命中した。しかも一発で。あの時私は何も出来なかった。だからもっと強くなりたい」
サニは真っ直ぐな目でジュエリーを見つめた。あの時ジュエリーとルミが来なかったら最悪の場合セリアは命を落としていたかもしれない。それなのに動けなかった自分が情けないなのだ。
「やめとけってサニ。お前は十分上手い、教わる必要なんてない」
「分かった。いいだろう」
あっさりと承諾するジュエリーにケイトは納得がいかず苦い顔をする。
そこにリーサがやって来る。
「あのーすみません、みなさん。11時になったらもう一度来てください。お話しがあるので」
リーサは周りの冒険者に注意しながら小声で伝える。周りには聞かれたくない話のようだ。現在は朝の9時半、冒険者達が新たな仕事を求めて殺到する騒がしい時間帯だ。
「おい!早くクエストを受理してくれ!」
「はい!今すぐ!ではお願いしますね」
カウンターにいる男の冒険者にせかされリーサは急いで戻る。
***
町を出て直ぐに見える草原。サニは離れた大木目掛けて弓を引く。
「胸を張り姿勢を正す、両肩を入れることで矢が安定する」
ジュエリーが横に立ち手の高さや肩の入れ方を指導する。
その光景をケイト、ルミ、セリアが見守る。
サニが矢を射ると大木の幹のど真ん中に命中する。ルミとセリアはサニの上手さに拍手をするが当の本人は顔色一つ変えず腰に下げた筒から矢を取り出し番える。
再度矢を放つが枝のすれすれに飛び命中しない。
「惜しいな」
「ジュエリーならあの枝落とせる?」
サニが聞くとジュエリーは肩掛けの弓を取り矢を番える。放たれた矢はぶれることなく枝を射抜く。まるで枝に矢が引き付けられたかのようだ。
「すごい……」
サニの発言にケイトは目を丸くする。性格上サニはお世辞を言う人間ではない。
サニとは長い付き合いだが誰かを褒める場面なんてほとんど見たことがない。それに狩人のサニが素直に褒めるということはジュエリーは相当弓矢に関して上手いということだ。
(考えてみればおかしな点はいくつもある。それほどの実力があるのに何故冒険者にならないのか、そもそもルミが必要な理由は何だ?いつもマスクやマントで姿を隠す理由は?昨日のエルフに同類殺しと呼ばれていたがどういう意味だ?
そして容易くエルフを殺した、何の
「――くん?ケイトくん!」
「あ、何だセリアどうかしたか?」
いつの間にかセリアに呼ばれていたことに気が付くケイト。
「私、学園の方に行きます。11時までにはギルドに行くので、後で合流しましょう」
町には魔法を習得する学園が存在している。魔法は人を癒すこともできれば、己の身を守る力にもなる。セリアは学園で白魔法を学んでおり致命傷じゃない限り回復することができる。白魔法が使えることを活かしてギルドでは白魔導士として冒険者登録している。
学園に通うには多額のお金が必要なので生徒は皆セリア同様、裕福な家の出身だ。ケイトやサニには別世界のお話しである。
「急にどうしたんだよ」
「さっきサニちゃんは何も出来なかったって言ってました。それで必死に練習しているんだと思います。私は何も出来ないどころか皆さんの足を引っ張ってしまった。私は私のやるべきことをやります」
そう言い残してセリアは町の方へと戻っていく。ギルドでサニの決意を目の当たりにしてセリアは気付かされた。本来強くなる為に努力しなければならないのは自分であることに。せめてパーティーの足を引っ張らない為に自分の強みである魔法を使いこなしたい。
「セリア……」
セリアの後ろ姿を見ながらルミは自分に出来ることを考える。自分には魔法も武器も特に特筆したものがない。視界の隅にアルティーが映る。外見的に戦えそうには見えない。だけど、もしかしたらまだ自分の知らない一面があるかもしれない。
「アルティー、地面突いて」
ルミは腰を下げてアルティーに指示する。指示通り地面を突くが特に何もない。
「ダメか~、よく突いてるからそのクチバシで地面に穴ぐらい掘れると思ったんだどなー」
悩むルミの目の前に青い蝶々が一匹ひらひらと舞っている。アルティーは青い蝶々に興味津々だ。アルティーの特技は他種族の言葉を真似ることぐらいだ。人間の言葉を話せるのは凄いが何か他に生かすことはできないだろうか、ルミは考える。
「あれ?アルティー?」
目を離すとアルティーの姿が見当たらない。
周りを見回すと蝶々を追いかけているアルティーの後ろ姿が見える。
「ちょっと、待ってえええ!」
アルティーの後をルミは急いで追いかける。
「何やってんだよ、まったく」
矢を放つサニを横目にケイトは草原に寝転がる。
ジュエリーに刺激されて行動に移すサニ達がどこか釈然としなかった。自分自身の弱みを自覚して改善する為に努力することは素晴らしいことだ。心の底から応援できる。だけど良い気分がしないのはジュエリーの行動理由が分からないからだろうか。
ケイトは青空を眺めた後目を
「そろそろか」
ケイトはポケットから懐中時計を取り出す。ギルドの集合時間である11時まで20分を切った。
横で荒い鼻息が聞こえるので顔を向けると疲労困憊のルミが手足をついている。
「何してんの?」
「アルティー追いかけたら、このありさまよ」
苦しそうなルミとは反対に横で元気に歩き回っているアルティー。
(魔物使いじゃないから魔物に命令出来ないのか。大変だな)
サニは未だに弓矢の練習をしている。ジュエリーも付きっきりのようだ。
ケイトは立ち上がりサニに近づく。
「サニ、ギルドは俺が行くから今日はゆっくり休め」
「私も行くよ」
「大丈夫だって。最近クエストばっかりだったし、たまには休憩も必要だ」
「分かった」
「ルミ、お前もだ」
「へ~い」
ケイトが町の方に行くのを確認するとサニは大木に目をやる。
「休まないのか?」
ジュエリーの問いに目線を変えず答える。
「もっと上手くならないと」
「あの男も言っていたがお前は十分上手い。私よりも素質はある」
「どこが、私は何も出来なかった。冷静を保っているのは見た目だけでセリアがいなくなると思うと思考が働かなくてパニックになった」
サニは自分の不甲斐なさに苦笑する。
「あの状況なら仕方がない。弓矢の様な遠距離系の武器の強みは相手の死角を作ることで活かされる。それに目の前で人質を取られたならなおさらだ。どの武器にも長所と短所はある。互いに補う為にお前らは固まっているんじゃないのか?」
「互いに補う……」
補う、その言葉を噛み締めるサニだった。
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