第11話 嘆きと復讐

 3ヶ月前、ルミは施設を出て初めて外の世界に飛び込んだ。


 金を稼ぐにはどうすればいいのか、そもそも知識も特技もない自分が働ける場所などあるのだろうか。

 母親に会いたいという感情だけで来てしまったが、施設から一度も外出したことがないルミにとってこの町は別世界だ。


 知り合いや頼れる人はおらず、稼ぐ方法など自分で考えても浮かばない。

 時間が経つにつれて自分の無計画さに打ちのめされる。


「はあ〜どうしようかな、ドラゴン~」

 不安でつい下にいる魔物に話しかけるが地面を突くのに集中していて反応すらしてくれない。

 溜息を吐き下を向く。その時だった、曲がり角で走っている人とぶつかりその反動で尻餅をつく。


「痛てて……」

 ぶつかった相手を見ると自分と同じ体勢になっている。


「すみません。お怪我はありませんか?」

 相手は自分と同じくらいの年齢でウェーブがかかった金色の髪が綺麗な女の子だった。まるでどこかのお嬢様の様に見える。

 近くに杖が転がっており彼女の物だと思われる。


「だ、大丈夫です。それに私も下を向いていたので」

(やっぱり町にいる人は見た目が違うなー)


「良かったです。すみません急いでいるので」

 少女は杖を拾いルミに頭を下げてまた走り出す。

 ルミも立ち上がると革袋を発見する。


「さっきの人が落としたのかな」

 持ち上げると少し重く何か音がする。悪いと思いながらも中身を見ると硬貨が入っている。

「お金だ、届けないとさっきの人が困るよね。ちょっと、待ってえー!」

 ルミは先程ぶつかった少女の後を追いかける。しかし走っている少女の背中に中々追いつくことができない。必死に後ろから呼ぶが向こうも急いでいるのかルミの声に気づかない。

 前の少女は大きな建物の中に入っていく。


「ここは……」

 少女に会う為ルミは恐る恐る扉を開ける。


「遅いぞーセリア」

「すみません、学園の授業が長引いてしまって」

「後ろの子だれ?」


 扉を開けると赤髪の少年、黒髪の少女、そして先程出会った金髪の少女の3人が話している最中だった。

 黒髪の少女の発言で他2人が後ろを向く。


「あ、あの、これ落としました」

「それ私の!わざわざ届けてくれたんですか。ありがとうございます」

 ルミからお金が入った革袋を貰うとセリアは深々とお辞儀をした。


「ありがとなアンタ。パーティーのリーダーとして礼を言うぜ」

「いつからリーダーになったの、ケイト」


「ぱーてぃ?」

 赤髪の少年と黒髪の少女との会話から聞きなれない言葉が出てくる。

「パーティーっていうのは冒険者同士が協力し合う関係のことです」

 ルミの質問にセリアが答える。

「ぼうけんしゃ?」

「冒険者を知らないのか?冒険者は億万長者になれるかもしれない夢のある仕事だぜ!」

「夢見すぎ。私達まだCランクでしょ」


 知らない世界を目の当たりにして中々ルミの理解は追いつかない。しかしお金をいち早く貯めたいルミは億万長者という言葉に食いつく。


「その冒険者という仕事、詳しく聞かせてください」

「おう、いいぜ。俺の名前はケイト、弓持ってるのがサニで、杖持ってるのがセリアだ」

「私はルミって言います。下にいるこの子はアルティメットドラゴンペガサスナイトエンジェルゼロって言います」

 ルミに名前を呼ばわれて下の魔物は鳴きだす。


「名前ひどっ!」


 西の森に向かいながらルミは昔の記憶を思い出す。自分がケイト、セリア、サニに出会った時の記憶だ。この出会いがパーティーを組むきっかけになった。ルミの生い立ちを聞いたセリアがケイトとサニに提案したのだ。

 ルミは心底願う。

(お願い、無事でいて)


 ***

 時は少し前に遡る。


 ケイト、セリア、サニの3人はギルドの依頼により西の森に来ていた。


「死体が見つかったって言ってたけど、特に何もないなー」

 ケイト達が調査に来て軽く1時間は経つ。

 しかし特に妙なことはなく、のどかな森という印象しか受けない。

 最初は警戒していたケイトだが、こうも進展がないと危機感が失せてくる。


「ケイト油断は禁物」

 警戒を解いたケイトにサニが忠告する。

「はいはい分かってるよ」

「ケイトくん、サニちゃん、見てください綺麗な花が咲いてますよ」

 セリアは二人の名前を呼び星型の水色の花を指差した。

「本当だ、綺麗」

 サニは中腰になり近くで花を見つめる。

「いや油断!」


 その瞬間––––


「うがあああ!」

 突然の叫び声。その叫びは苦しみが混じった断末魔の様でもある。


 異常事態にケイトは腰に掛けた剣を鞘から抜き左手に付けた盾を前に出し構える。


「今の声、誰かが襲われてる」

 サニは弓に矢をつがえながら辺りをうかがう。

「向こうの方からだ。行くぞ」

 ケイトは恐る恐る叫びが聞こえた方へと進む。

「ちょっとケイトくん!」

 セリアとサニは進むケイトの後をついていく。


 木々を潜り抜け音が出ない様に慎重に進む。

 すると前にいるケイトが歩みを止める。


 ケイトは振り返りセリアとサニに視線で先の光景を見るように合図する。

 頷く2人は息を潜めてそっと覗く。見た瞬間二人は恐怖で顔が引きつる。

 セリアは口元に手を当て、サニは視線を逸らす。


 目の前には4匹の魔物が男性を喰らう光景が広がっていた。

 魔物は狼に似た形をしており、四足から生えた大きく鋭い爪に全体が赤色に覆われている。

 4匹の赤狼せきろうは我先にと言わんばかりの勢いで他に遅れを取らないように男性の身体をむさぼっている。


「ふざけやがって!」

 そう言い捨ててケイトは木陰から飛び出る。

「待ってケイト」

 飛び出るケイトの手を掴もうとするサニだが一瞬遅かった。


 激昂したケイトは手に持った剣で赤狼に斬りかかる。

 突然の不意打ちに反応できない赤狼はケイトの攻撃を避けることができなかった。胴体を斬られその場で倒れる。


 急に血を流す仲間を見た他の3匹は低く唸り出しケイトを威嚇する。

 身の危険を感じた赤狼は跳躍して鋭い爪で襲いかかる。


 ケイトは左手に付けた盾で赤狼の攻撃を防ぐ。

 だが赤狼は他に2匹いる。1匹の攻撃に構っていては残り2匹の攻撃を防ぐことはできない。

 赤狼はあらゆる方面からケイトの命を狙いに来る。


「クソ!速い!」

 ケイトを完全に敵と判断した赤狼は素早い動きを取る。

 ケイト一人では防ぎきることができない。また1匹跳躍し鋭い爪で狙いに来る、がケイトに届くことはなかった。頭部に矢が刺さり倒れ込む。


「ナイス!サニ」

 矢を放ったのは狩人のサニだった。

「一人で突っ走らない」

「悪かったな」


 サニの援護射撃により勢いを増すケイトは他1匹を斬り倒す。

 サニも矢を放ち残りの1匹を仕留める。

 全ての赤狼を倒したケイトは襲われていた男性のもとへ駆け寄る。

「おい!アンタ大丈夫か!」

 男性は胴体を酷く噛みちぎられており応答はない。

「ケイト、この人耳が長い」

 サニが男性の耳を指摘する。

「もしかしてエルフ――」


「友に触れるな!!」

 突如、背後から怒声が鳴り響く。

 背後を振り向くケイトとサニ。するとそこにはセリアを盾にする男性の姿があった。セリアの首元には刃物が突き付けられている。


「答えろ!少しでも近づいたらこの女の命はない!お前らがやったのか?俺の住処も、そこにいる二度と覚めることがない友も……全部お前らか!!」


「違う、俺たちは助けたんだ!ここで倒れてる魔物がやったんだ」

 住処と友の発言、そして男性も耳が長いことからエルフだとケイトは確信する。

 ケイトはサニに視線を向けると首を横に振る。弓矢でエルフを狙えるかというケイトの問いにサニは否定した。矢がセリアに当たるリスクの方が高い。


「それでも……俺はお前ら人間を許すことはできない!母さんが死ぬ間際に最後の力を振り絞って言ったんだ!人間に襲われたって……おかげで住処は壊滅だ。親も友も失った。俺に残されたのは復讐しかないんだよ!!」

 エルフは刃物を高く上げてセリアの首元まで振り下ろす。

 だが刃物が首元に届くことはなかった。突然手に痛みが走り刃物が零れる。

「ゔっ」

 エルフの手には矢が刺さっている。


「アルティー、目一杯鳴いて!」

「ガアアアアア!!」


 少女の声と共に茂みから出て来た鳥の魔物はクチバシを大きく開き力一杯に鳴く。


「何だ……耳が……」

 エルフは苦しそうに耳を押さえる。

 エルフの耳は人間より発達しており、ケイト達には何ともないがエルフにとっては苦痛を感じさせる声量なのだ。


「セリアこっち!」

 エルフが悶えている隙にルミはセリアの手を引いて抜け出す。

「ルミちゃん、どうしてここに?」

「心配だから来ちゃった」

 ルミはセリアを連れてケイトの方に行く。


「ルミ、お前……」

「私の必要性が少しは分かった?」

 ルミは得意げに笑う。

「何か腹立つな」

「ふふっ、何か懐かしい感じがしますね」

「ルミ今の矢は?」

 サニが不思議そうに聞く。

「協力者です」


「クソッ……俺は1人でも多くの人間を殺すんだ……」

 エルフは手に刺さった矢を無理矢理抜く。

 刃物を拾い強く握りしめる。母親と友人の顔を思い出す。手の痛みなどどうでもいいと立ち上がる。男性のエルフを突き動かすのは復讐心だ。

 自分を奮い立たせる様に声を出し刃物をルミ達に向けて突っ走る。


 だがエルフの足は前に進まなかった。背中に激痛が走り地面に膝をつく。

 またも矢がエルフの行動を邪魔をしたのだ。


 草木が擦れる音と共に深くマントを被った者が現れる。エルフはその者が弓を手にしていることに気づく。

「お前だっ――がはっ!」

 ナイフを取り出してエルフの背中に強く突き刺す。

「ハズレか」

「同類殺し……だな」

「私は人間だ」

 そう言ってナイフでエルフの首を斬る。斬られた首から血が勢いよく噴き出て辺りに散らばる。


「アイツ前にルミといた奴か」

 ケイトは以前店でジュエリーと会ったことを思い出す。

「ジュエリーさんです」


「ジュエリー……」

 ケイトはジュエリーの名を口にする。

 ジュエリーの手慣れた殺しの一連を見たケイト、セリア、サニの3人は恐れを抱かずにはいられなかった。



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