第10話 その言葉は間違っている

 食事を済ませた二人は店を出る。支払いはもちろんルミだ。


「そういえば、お前どこに住んでるんだ?」

「何て言いました?」

 ジュエリーの問いにルミは聞こえないフリをする。


「どこに住んでるんだ?」

「ええーと、そうだ私、用事思い出したので帰りますね。それじゃあー」

「待て」

 ジュエリーはルミの肩を掴み止める。ジュエリーの圧に屈したルミは白状する。

(マスクで隠してるけど絶対この人睨んでるよ)


「帰る家ないです。施設の方に冒険者で働くことを止められたので黙って出できました」

 ルミが育った施設は町から少しばかり離れた所にある。


 施設の人からすれば幼い子供が町に出て働くのは危険すぎる。ましてや冒険者は命を落とすリスクがつきものだ。

 当然ルミの意見を受け入れることはない。


 それでも母親に会いたいルミはお金を貯める為施設を出ることを決意したのだ。


「今まではどうしてた?」

「同じパーティーだった人の家に泊まっていました」

「ならウチに来い」

「それは悪いです」

「お前に身体を壊されたら私が困る」


 ジュエリーの言う通り冬の夜に外で寝たら風邪を引く可能性がある。

 ジュエリーに悪いという気持ちもあるが、さすがにまたも段ボール生活は精神的にも体力的にもキツイ。


「お、お世話になります」

 ルミはジュエリーに頭を下げる。

 この後二人は森に入り小屋の方へと向かった。


 ***


 ジュエリーとルミが小屋に着いた頃にはすっかり夜になっていた。

 ジュエリーは椅子に座り、ルミはベッドに腰掛けた。


「そういえば何でこんな山奥に建てたんですか?」

 ジュエリーが住んでいる小屋は山奥にあり町から離れている。今日みたいに町に降りる日は不便だ。


「エルフに襲われていた狩猟の爺さんにお礼として貰ったんだ。山は懲り懲りだって言ってた」


「エルフは人間のことが嫌いなんですかね」


「前にも言ったがエルフは人間を劣った存在としか見ていない。奴らは外見こそ良いが中身は自分達のことしか考えていない。他種族との共存なんて絶対に無理だ。いいか、これだけは覚えとけ人間は絶対の善でエルフは絶対の悪だ」


 ジュエリーの発言は極端に偏っている。誰にだって分かる。その言葉は正しくない間違っていると。

 人間に善行を積む人がいれば悪行を働く人もいる。それはどの種族にも言える。

 優しい心を持つエルフだっているはずだ。


「そうですかね」


 しかしルミには否定できなかった。間違っていると思いながらも本音を隠すしかなかった。

 自分はエルフに殺されかけた身で助けてもらった身でもある。

 エルフの一面しか見ていないルミにジュエリーの言葉を正すことはできない。


『エルフをこの世から抹殺したいんだ』

 食事の時にジュエリーが言った言葉を思い出す。

 ジュエリーの容姿はエルフそのものだ。ルミには自分のことを否定している様に見えてジュエリーの姿がどこか寂しそうで悲しく感じる。


「二度と襲われない為にもだ」

「はい……」

 

「そろそろ寝るか」

「じゃあ私は床で寝ます」

 ルミはベッドから立ち上がり寝床を譲る。

「一緒に寝れば大丈夫だ。風邪を引いたら小屋に住まわせた意味がないだろ」

「そうですけど、二人で寝れます?」

「くっつけば寝れる」


 ジュエリーはルミに近づき「詰めてくれ」と言う。

 言われるままにルミはベッドの端に身体を寄せる。

 ジュエリーは空いたスペースに横たわり布を上から掛ける。


「入れ、暖かいぞ」

「失礼します」


 ルミはベッドと布の僅かな隙間にゆっくりと入る。

「暖かい……」

 ルミは自然と呟いた。誰かと一緒に寝るのは幼少の時以来だ。

 幼い頃、一人で寝ることが怖かったルミは施設の人のベッドによく潜り込んでいた。親という存在がいなかったルミにとって施設の職員こそが唯一甘えられる対象だったのである。


 セリアの家に住んでいた時は客間を使わせて貰っており寝床は別々だった。

 セリアの家は裕福で使用人を数人必要とするぐらいには広い。


 人の温もりに触れるのが心地よくてまぶたが重くのしかかる。

 ジュエリーがルミを見ると気持ちよさそうに眠っていた。


「おやすみ」

 そう言ってジュエリーはルミの頭を優しくなでた。


 *** 


 今日も二人はギルドに向かう。目的はエルフ絡みのクエストがあるかを確認する為だ。


 ギルドに到着するとルミは1人でクエストボードを見に行き、ジュエリーは扉の前で待つ。

 必要以上にギルドに入るのは不自然だとジュエリーが言ったからだ。


 しかし、エルフ絡みと思われる難易度が高い薬草採取のクエストは貼られていなかった。

「そう簡単にはいかないか」


 エルフ絡みのクエストが無い場合、ルミはお金を稼ぐことができなくなる。


「まあ仕方ないよね」

 ルミはDランクでも受けられるクエストを手に取る。

 エルフに殺されかけたあの日、ルミは自分の弱さを知った。

 実力がないルミが早くお金を稼ぐ方法など無いのだ。

 地道にコツコツと自分のできることをやるしない。


 ルミが取ったクエストは薬草採取だ。この薬草採取はエルフ絡みのものではなく、安全が確認されている誰でも受けることができるクエストだ。


 ルミは内容が書かれた紙を受付嬢に提出する。

「あの、このクエスト受けたいんですけど」

「あれ?ルミさんもケイトさん達と一緒に西に行ったのではないのですか?」

 何故ここでケイトの名前が出るのか不思議だった。

 パーティーから離れた以上ケイト達との繋がりは無い。


 すると、慌てた様子でリーサが来て受付嬢に耳打ちをする。


「失礼しました!ルミさんが抜けたこと知らなくて……」

「いえ、大丈夫ですよ。あれ、西の森って言いました?」


『西の森には行かない方がいい。凶暴な魔物がいると聞いたからね』

 西の森という言葉を聞いてガーレンが言っていたことを思い出す。


「はい。ケイトさん達は西の森の調査に行きました。身元不明の死体が2人分発見されたという情報がギルドに回ってきたので私達の方からお願いしました」


「3人だけで大丈夫でしょうか?」

 身元不明の死体という言葉がルミの不安心を煽る。

「過去に西の森で魔物が出たという実例はありませんし、そもそも情報自体が正しいのかも分かっていません。Bランクのケイトさん達なら妥当だと思いますが」


「ごめんなさい。やっぱりこのクエストやめます!」

 ルミは急いでギルドを出る。

「ちょっと、ルミさん!?」

 リーサの声はルミには届かなかった。


「ジュエリーさん、私西の森に行きます。ケイト達が危ないかもしれないので」

「食事の時の奴だろ。何故助ける?お前を追い出したんだろ」

「それはそうですけど。でも……」

 ケイト、セリア、サニ、の顔が脳裏に浮かぶ。

 クビを宣告された時は確かにムカついた。

 だがケイト達から離れて分かったのだ。自分とケイト達には大きな差があり一緒にいても足手まといにしかならない。

 施設から一人で出てきたルミが生活できていたのはケイト達のおかげだ。セリアには同じパーティーという理由だけで家に住まわせて貰っていた。


「彼らを助けない理由にはなりません」

「……そうか。なら私も行こう。お前と私は協力関係だからな」

「ありがとうございます」


 こうしてジュエリーとルミは西の森へと向かうことになった。

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