第9話 ペンダント

「あの男は!」

 行きつけの店に来たルミは驚きの声を挙げる。

 その男は一人で食事をしている最中だった。普段ならパーティーメンバーの女性2人と一緒に食事をしているはずだが––––


「あれーパーティーのリーダーであるあなたが一人寂しく食事とは、あ、もしかしてあなたもクビにされたんですかー?」

 ルミは肩を軽く叩き嫌な笑みをその男に向けた。


「ちげえよ!お前が招いた誤解のせいでこうなってんだよ!」

 その男、ケイトはテーブルを強く叩き反論した。セリアはもともと信じていないがサミは未だにケイトのことを勘違いしたままだ。


「注文いいか?」

 ジュエリーはケイトが食事しているテーブル席の空いている所に座る。

 メニュー表を開き店員を呼ぶ。


「いや勝手に注文してるけど誰?」

 勝手に席に座り注文するジュエリーに戸惑うケイト。


「はい、どうぞー」

 メモ紙とペンを持った女性の店員がケイト達の席に来る。

「オムライス、半熟で」


「半熟ですね、そちらはどうなさいます?」

 店員がルミの方を向く。完全にケイトの連れだと思っている。

「ミートスパゲッティでお願いします」

 ルミも席に座りいつも頼んでいるミートスパゲッティを頼む。


「少々お待ち下さい」

 店員はペンでメモを取ると厨房の方へと消えていく。


「もしかしてお前、ルミの新しいパーティーメンバーか?」

 そう言ってケイトは自分が頼んだ骨付き肉にかぶりつく。


「違うな、そもそも私は冒険者ではない。だがこれからもしてもらうつもりだ」

「なるほどな。ルミお前に冒険者は向いてない。この人みたいに別の仕事をするのはどうだ?」


「辞められるなら辞めてますよ」

 ルミは下を向きボソッと本音を呟き拳を握りしめる。本当は自分でも分かっている。

 自分にはこれといった特筆すべきものはなく、常に危険が伴う冒険者に向いてないことを。


 それでもルミは辞めるわけにはいかない。

 大金を最も早く用意するには冒険者になりクエストをこなすしかない。

 僅かな希望に賭けるしかないのだ。


「何か言ったか?」

 ルミの本音はケイトには聞こえていなかった。

 ケイトは骨付き肉を食べ終えるとコップに入った水を飲む。


「明日もクエストがあるからもう行くわ。それじゃあ」

 ケイトは明日のクエストの準備をする為、店を立ち去る。

 立ち去った後もルミはうつむいたままだ。

 言い返せない自分が悔しいのだ。


「お待たせしました。オムライスとミートスパゲッティです」

 皿を二つ両手に持った店員が来てテーブルに置かれる。

 軽く頭を下げて店員はその場を去る。


何かあるんだな」

「え?」

「辞めたいのに辞めれないってことは何か事情があるんだろ」

 ジュエリーにはルミの本音が届いていた。


「聞こえてたんですか?」

「生まれつき耳が良くてな」

 ジュエリーは出来立てのオムライスを一口食べる。


「私、親に会ったことないんです、一度も。物心ついた時から孤児院暮らしで自分と同じ境遇の子達と一緒に職員の方に育てられてきました」


 ルミは首にかけた長円形のペンダントを外しジュエリーに見せる。


「これ、職員の人に貰ったんです。お母さんからの贈り物だからって」

 ペンダントは開閉式になっておりルミはそれを指先で開く。中には写真が入っている。

 赤ん坊を胸に抱き微笑んでいる女性の写真だ。


「きっと何か理由があったんだと思います。私を施設に預けないといけない事情が、だから会いたいんです。そして真実を知りたい」


 子供を捨てる親が自分と一緒に写っている写真をわざわざ本人に渡すわけがない。ルミは親が自分のことを愛してくれていると信じている。


「場所は分かっているのか?」

 ずっと聞き手に回っていたジュエリーが口を開く。

 ルミは首を横に振る。ルミの願いが叶うことは限りなくゼロに近い。世界は広い、ルミが何の手掛かりも無しに母親に会えるなんてことあるはずがない。この話を聞けば誰もがルミを嗤うだろう。だから周りから何故お金が必要なのかと聞かれてもルミは適当にはぐらかしていた。ジュエリーに告白したのが初めてだった。ルミ自身一人で抱え込むのに限界が来ていた。


「でも私は……一度でいいからお母さんと会って話をしたい……」

 自然と涙が零れる。自分でも無謀だと分かっている。だがこの気持ちを抑えることはできない。

「だから冒険者になったのか?」

 ジュエリーの問いにルミは頷く。


「そうか。なあ、協力しないか」

「え?」

 それは思いもよらない提案だった。自分の様な人間がジュエリーの役に立つのだろうか。しかし、先程ジュエリーが協力という言葉を口にしていたことを思い出す。


「私は冒険者登録ができない。だからお前にギルドのクエストでエルフが絡んでいるものがないか確認して欲しい。そしてエルフ絡みのクエストがあればその情報を教えて欲しい。もちろん分け前はやる。どうだ?」


 冒険者ではないジュエリーがクエストボードに近づけば不審に思われる。しかしルミがいればエルフの情報を手に入れることができる。


「私が言えたことじゃないですけど、ギルドに報告せずに情報だけ抜き取るのはいいのでしょうか」

「結局はギルドに薬草をやるんだ。問題はない。エルフをこの世から抹殺したいんだ協力してくれ」


 ルミが薬草を他の店に売ろうとしていたのはギルドに報告していないことをバレない様にする為だ。

 だが部外者のジュエリーなら偶然見つけたのを装って薬草をギルドに売ることができる。

 遠回りだが最後にはギルドの利益になるのだ。


「なるほど。それなら協力できます」

「ありがとう」


 この瞬間、立場も目的も違う両者の利害が一致したのだ。


「食べましょうか」

 ルミは涙をそっと手で拭う。

「そうだな」


 二人は少し冷めたオムライスとスパゲッティを口に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る