第5話 同類殺し
「え!エルフ!?あのエルフですか?」
絵本の中でしか知らない存在それがエルフに対する認識だった。こうして実物を見るのは初めてなのでルミは声に出して驚く。
「あのエルフかどうかは分からないけど、僕がエルフなのは本当さ。ほら耳が長いだろう?」
男性はランタンを自分の耳の近くまで持ってくる。暗くてはっきりと見えなかったが、こうして見ると確かに男性の耳は人間よりも長い。それに男性の容姿は美男子と言っても過言ではない整った顔をしている。
「あのエルフってみんな美男美女なんですか?」
「う~ん。美しさの基準は種族それぞれだから何とも言えないね。でも確かに綺麗な人はいるよ」
「そうなんだ。あ、寿命が500年以上もあるって本当ですか?」
「そこまでは長くないよ。長生きでも400年、平均で350年ぐらいは生きるかな」
(十分長いですよ……)
「あとあと他にも聞きたいことがあるんですけど」
「ふふっ、いいですよ」
その後もルミの質問は続いた。エルフの主食や普段の生活のこと、森から出たりするのか。
他にも多くのエルフに関することを聞いた。
ルミにとって人間以外の種族と話すのは今回が初めてで、自分が知らないことはまだまだこんなにもあることを知った。
男性のエルフはどんな質問にも快く答えてくれて種族関係なく仲良くできることがとても嬉しかった。
そんな楽しい時間も終わり、男性のエルフは足を止める。
「はい、着いたよ」
「え、でもここって––––」
「みんなー、人間を連れて来たよ!」
ルミの言葉を男性のエルフは遮り、仲間のエルフに呼びかけた。
そこには
そう、男性のエルフが連れて来たのはルミが連れているアルティメットドラゴン(以下略)がいる所ではなく自分達の住処だったのだ。
しかし、この意味をルミは理解していなかった。
「あの、ここはどこ––––きゃあ!」
おんぶしていた男性のエルフは急に前屈みだった姿勢を戻しルミの足から手を離した。
急に落とされて現状が飲み込めないルミ。
「はあーキツかった。喋り過ぎなんだよお前。それに臭せえしよ」
それは仕方がないことだった。さっきまでの優しそうな男性が今ではルミに冷たい視線を送っている。完全に別人だ。
「おいおいどうしたんだよ」
「うげっ人間じゃねえか」
「何でここにいるんだよ」
「へ?」
理解できなかった。次々と
ざっと15〜20の数のエルフがルミの前に現れる。
「おい、そいつをどこで見つけた?」
ざわついたエルフの群れから一人女性のエルフが姿を現す。周りのエルフは指図されることなく道を開ける。
「ちょっと気になることがあって様子を見に森を回ってたんだ。そしたら急に耳障りな悲鳴が聞こえて来てみたら人間だったんだよね」
「なるほどな。気になることって?」
「西の森に住んでるエルフ達の姿を見ないんだ。彼らに何かあったのかもしれない。だから一応見回りをね」
「お前は変わらないな」
女性のエルフはそう言って鼻で笑う。女性のエルフはこのエルフの群れを統べるリーダーだ。周りのエルフが無言で道を開ける反応も彼女が一目置かれているからだ。
「みんな、この人間は僕達の神聖な領域である大地に足を踏み入れた。お仕置きが必要だよね」
「賛成だな、人間は堕落した。私たちの手で安らかな眠りを与えるべきだ」
女性のエルフが同意を示すと次々と周りのエルフがお仕置きについて提案する。
「火で炙ろう!」
「水に沈めよう!」
「魔物に喰わせよう!」
「首を切り落とそう!」
弾んだ声で聞かされるのはルミに対する死への提案だ。
状況が飲み込めないルミもこれだけは理解した。
(この人達私を殺す気だ……逃げなきゃ)
ルミは立とうとするが――
「くっ……」
「やめとけよ、足痛めてるんだからさ」
「知らなかったんです!あなた達の森だなんて!……だから見逃してください、お願いします」
ルミは地面に手を付き頭を下げた。
足は怪我して逃げられない、ルミに残った選択肢は謝罪の意を身体で表すしかなかった。
「うん、いいよ、そういうの。お仕置きの方法は君の意識が失ってからにするよ」
男性のエルフはルミにゆっくりと近づく。意識を失えば確実に死ぬ。
(絵本の内容と全然違う、逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ……)
ルミは動かない足を引きずり死に物狂いでその場から離れる。
「逃げれねえよ!」
男性のエルフはルミの足を踏み潰す。
「うっ!!」
「大人しくしろ!」
エルフは逃げるルミの襟を掴み後ろに強く引っ張る。
引き戻され後ろ向きで地面に倒れる。
倒れるルミの上に乗っかるエルフ。そのままルミの首を両手で力強く絞める。
「うっ……ううん!ううん!」
じわじわ首は絞まり同時に息苦しさがルミを襲う。
自分の首を絞めるエルフの手を離そうともがくが特に鍛えている訳でもないルミの力はあまりにも貧弱で無力だ。
(ああ、私は何て愚かなんだ。一人で何でもできる気がして強くもないのに難しいクエストを受けてここで死ぬんだ)
ルミが抱いた感情はエルフに対しての怒りや憎しみではなかった。
愚かで滑稽な自分を嘲笑ったのだ。それは生の諦め、死の受け入れ以外のなにものでもなかった。
でも一つ思い残しがあるとすれば––––
(お母さんに会いたかったな……)
ルミは涙を流した。母親の顔を見れずに死を遂げることが悲しくてたまらないのだ。
エルフ達は下品な笑い声を挙げた。その美しい見た目で口を大きく開けルミを指差す。まるで悪魔だ。
ルミの視界はぼやけて、エルフの笑い声は段々と聞こえなくなっていく。
そっと目を閉じた。下まぶたに溜まった涙が自然と流れ落ちる。
ルミの人生はこの時、この場を持って幕を閉じるはずだった。死を受け入れた人間が生き延びるなんて矛盾などありはしない。
しかし––––
「ぐはっ!」
首を絞めていた手は緩みほどける。
ルミの身体にまたがっていたエルフは覆い被さる様に倒れ込んだ。
「がはっがはっ!何で……」
むせるルミ。何故自分が生きているのか分からなかった。
覆い被さるエルフを見ると首元に矢が刺さっている。まだピクピクと身体が動いている。
ルミは怖くなり覆い被さったエルフを押しのける。
状況を理解できていなかったのはルミだけではなかった。周りにいるエルフ達も何が何だか分からない。確かなのは自分達の仲間が殺されたことだ。
エルフ達に立ち止まっている暇はなかった。なぜなら––––
「うぐっ!」
あるエルフの身体を矢が貫いた。そして他のエルフ達も矢に刺さり倒れていく。
この時点で全体の半分のエルフ達が殺されている。
当然周りは木に囲まれていて夜中ということもあり弓を引いている正体は見えない。
「敵だ、弓で応戦するぞ!」
女性のエルフが状況を察し周りのエルフに指示する。
その指示を受け、矢が飛んできた方向へと弓をつがえて一斉に放つ。
エルフ達の矢が当たったのかドサっと木の上から何かが落ちる音がする。
「よし、命中だ。行くぞ」
女性のエルフは敵に矢が当たったことを確信する。またも他のエルフに指示をし、敵が落ちた方へと引っ張る。
ルミの視線もエルフ達の方に向く。
「さあ、一体どんな奴が––––」
次の瞬間、女性のエルフは額から血を流した。
それは暗い森の中から放たれた飛び道具による攻撃だった。
だがその攻撃は弓矢ではなくナイフだった。
すると、迅速な動きで何者かが飛び出てくる。
すぐにエルフ達は警戒態勢に入るが時既に遅かった。その前に何者かが両手のナイフでエルフを斬っていったのだ。
あっという間に残りのエルフを始末した。
その姿にルミは見覚えがあった。
フード付きの大きなマントを被り目の部分を包帯で隠した女性。
(ギルドで受付の人に薬草を渡していた人……)
風が強く吹き被っているフードが取れる。
綺麗な金色の髪が風になびいて横に伸びて垂れ下がった耳が露わになる。
先程他のエルフに指示を出していた女性のエルフが呟いた。
「エルフ……お前があの、同類殺しなのか……?」
「……違うな、私は人間だ」
そう言って人間だと名乗る女性はエルフの腹部にナイフを突き下ろした。
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