第4話 親切な男性

「ここら辺のはずなんだけどなー」

 クエストに書いてあった目的地の森に来たがそれらしい薬草は生えていない。

 目印は星形の綺麗な水色の花が咲いている薬草だ。

「紙にでもメモしておけば良かったなー」

 森に来て1時間くらいが経つがお目当ての薬草は中々見つからない。となると段々と自分の記憶が信じられなくなってくる。


「やっぱりやめた方がいいのかな。そろそろ日が落ちる頃だし……」

 空を見上げるとオレンジ色の空が澄み渡っている。

 夜になれば気温も下がる。それにこんな所で野宿をすれば魔物が出現した場合必ず襲われてしまう。

 複数人で来ていれば誰かに見張りをさせることができるのだが、単独のルミにはそれができない。

 よってルミが取る行動は一つだけである。


「よし帰ろ。面倒くさいけど明日探すか。行くよアルティメットドラゴンゼロ」

 その時ルミは違和感を感じた。いつもなら名前を呼ぶと大体騒がしい鳴き声が聞こえてくる。だが聞こえてくるのは風になびく木の音だけだ。


「アルティメットどこ!」

 必死に辺りを見回すがいつも連れているアルティメットドラゴン(以下略)の姿はない。はぐれたと悟ったルミは焦燥感に駆られる。

「早く見つけないと……」

 ルミは探すために森の奥深くへと突き進んだ。


 それから何時間経過したのかルミ自身分からなかった。確かなことは先程までオレンジ色だった空が漆黒へと変わったことだ。

 光が存在しない森も中なので当然視界は真っ暗だ。先に何があるのか分からず手探りで探すしかなかった。恐る恐る進むと顔に粘り気のある嫌な感触を受ける。


「なになになに!」

 困惑しながらもすぐに絡みついたそれを手で払う。手で触ると蜘蛛の糸だということが分かる。必死に手で払っても不快感を無くすことはできなかった。最悪な気分だ今すぐにでも水で洗いたい。


 セリアがここにいればと心底思う。ルミがケイト達と同じパーティーだった頃、洞窟やダンジョンの様な暗闇の中で探索をする時いつもセリアにお世話になっていた。白魔導士のセリアなら魔法で暗闇の中を照らすことは容易く無事にクエストを達成することができた。セリアの顔が頭に浮かぶが、それをかき消す為に首を横に振る。セリアはもういない何事も自分一人で成すしかない。


「ドラゴンーどこー、お願いだから出てきてよー」

 すると近くから草木が擦れる音が聞こえてくる。

 もしかしてと思いルミは音が聞こえた方に向かって名前を呼ぶ。

 呼ばれて出てきた物体は鋭い眼光でルミを睨みつけ低く唸る。音を立てて出てきたのはアルティメットドラゴン(以下略)ではなく、別の魔物だった。


 魔物は猪に似ているが明らかに通常より図体が大きい。生えている牙も長くて太い。

「きゃああああ!」

 身の危険を感じたルミは悲鳴を上げて魔物を背を向ける様にして走る。


 しかしこれがいけなかった。猪型の魔物は逃げる者を追う習性があったのだ。

 よって目の前で背を向けて走ったルミを逃がすつもりはなかった。

(あんなのに突進されたら死ぬ!確実に死ぬ!)


 ルミは必死に逃げるが魔物は真っ直ぐに一直線で追いかける。

 止まってしまえば死が待っている。ひたすらにルミは走った。だが魔物の足音が止むことはない。


(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、死ぬのは嫌だ!)


 その時――ルミの視界が縦方向に揺れる。自分でも何が起きたのか分からない。

 一瞬にして地面へと叩きつけられる。


「いたた……そっか……崖から落ちたのか」

 走ることに夢中で前しか見ていなかった。その結果、地面がない先へと足を踏み出すことになってしまった。

 だが幸運なことにそこまで崖は高くなく、目立った損傷はない。

 そして崖から落ちたことで魔物に追われることもなくなった。


 瞬間的に魔物の視界から外れたことで逃げ出すことに成功したのだ。

「助かったー」

 安堵感から一気に全身の力が抜ける。心臓が慌ただしく動く。できればもう動きたくない。でもまだアルティメットドラゴン(以下略)は見つかっていない。

「早く見つけないと」

 ルミはふらふらの足で立ち上がろうとするが――


「痛い!」

 突如右足首に激痛が走り手で押さえる。触れると部分的に腫れているのが伝わる。落ちた衝撃で足を捻ったみたいだ。

 これでは探すことができない。


「どうしよう……」

 悲観的になり塞ぎ込むルミ。そんなルミに声をかける者がいた。


「君、大丈夫かい?」

 顔を上げると灯ったランタンを持った男性が一人立っていた。


「魔物に襲われてしまって……あ、ここら辺で白い鳥の魔物を見ませんでした?目の周りに赤い模様があるんですけど」

「え~っと、あ、見たよ!赤い模様が入った白い鳥だよね!」

「そう、それです!」

「よかったら僕が案内しようか。僕ここで生活しているからこの森に詳しいよ」

 にこりとほほ笑む男性。見るからに優しそうだ。


「お願いします」

「任せて」

 そう言うと男性は姿勢を低くしてルミに背を向ける。

「足を痛めているんだろ?僕が背負うよ」

 男性はルミが手で足を押さえているのを見て怪我をしていることを察したのだ。


 初めて会った男性にいきなりおんぶは……とためらうルミだが歩くことが困難な今誰かに助けを借りないといけないのも確かだ。

 ルミが選択できる立場ではなかった。


「……本当すいません」

 男性の背におぶられながら謝るルミ。ルミは現在15歳だがこの歳で異性に背負られるのは恥ずかしいものがある。

「ははっ、さっきからそればっかりだね。いいんだよ、僕がしたくてしてるんだから。それにに関わるのは久し振りで僕自身嬉しいんだ」


 その言葉にルミは違和感を覚えた。男性はルミに対して人間と言った、まるで自分は人間ではないかの様な言い方だ。


「それってどういう……」


「言ってなかったね、僕エルフなんだ」

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