第3話 美味しいクエスト
「はぁー、どうしよう」
ギルドを出たルミはため息を吐き町を徘徊していた。吐いた息は気温により白く変化する。
時刻は夕暮れ時に差し掛かり赤橙色の光がルミの顔を照らす。
こうして町をあてもなく歩き回っているのは帰る家がないからだ。ルミはある事情で家を飛び出してこの町で暮らしている。今までは同じパーティーのセリアの家に住まわせてもらっていた。
しかしパーティーを追い出されてしまった今どこで暮らせばいいのか問題が生じてくる。季節は冬、寒い夜をどう乗り切るのか考えなければならない。
宿屋に泊まるお金はある。だが食費のことを考えるとすぐさま使うわけにはいかない。
この生活がいつまで続くのか分からない。それにルミの目標達成にはある程度のまとまったお金が必要になる。削れるところは削らなければならないのだ。
「でも寒いよ~」
冷たい風が吹くとついつい弱音を吐いてしまう。
「セリアなら頼めば住まわせてくれるだろうけど……パーティーから外された以上気が引けるな……」
同じパーティーという繋がりがない今、セリアには頼みにくい。
「何であんなこと言っちゃったんだろ」
ルミは立ち止まり呟いた。あの時ケイトに弱いと言われてつい言い過ぎてしまった。
今からでも戻って謝ろうかと思ったが、もう自分の居場所はないと辞めることにした。謝った先にルミの居場所はない、なぜならケイト達に自分は必要ないのだから。
「とりあえずどこかで夜ご飯を食べよう……そしてギリギリまで居座ろう。行くよ、ドラゴンドラゴン」
「ガアー」
ルミは料理店が並ぶ方へと歩き出した。
***
ギルドには冒険者達をサポートする存在がいる。それはギルドの奥にいる受付嬢だ。
彼女ら、受付嬢の仕事は多忙を極める。
依頼されたクエストの内容を確認して依頼主との間で報酬額の設定をする。その後他の受付嬢を交えて難易度の設定を行いついにクエストボードに貼られて冒険者達のもとへ届く。クエストの内容は魔物退治や素材集め、商人の護衛、珍しいものだと人探しやお使いを頼まれることもある。
また新人へのアドバイスや相談にも乗ることもある。
そして今日も彼女達のもとにアドバイスを求めてやって来る冒険者がいた。
「リーサさあああん!私どうすればいいんですかあああ!!」
「ルミさん!?どうされました?」
早朝ギルドに訪れたのはルミだった。朝早く来た理由はもちろんケイト達と出くわさない為だ。気まずくて本当は会いたくないが仕事を紹介してもらえるのはここしかないので仕方ない。
「本当はあんなこと言うつもりなかったんですよ!でもいきなりパーティーから出てけとか言われたら誰だって傷つきますよね?だから私もついつい言っちゃって――」
「ルミさん分かりましたから落ち着きましょう」
「でも本当にいきなりだったんですよ!それまではいつも通りにやってたんですよ!!なのに出てけとか言われて急すぎますよね。だったら2日3日前ぐらいからそういう雰囲気出しといてくれればこっちだって気付くのに、それなら私の方も心の準備でき――」
「ルミさん!」
リーサがカウンター席を叩き大きな声を出す。それでふと我にかえる。
気付けばリーサの顔がしかめっ面になっている。アドバイスをもらいに来たのに愚痴になっていたことを悟る。
「すみません。途中から愚痴になってましたね」
「最初からです」
ルミはぎこちない笑顔で誤魔化す。リーサにどうしたのかと聞かれる。ルミは昨日の出来事を全て打ち明けた。
「なるほど……昨日揉めてたのはそれが理由だったんですね」
「そうなんですよ。なので難易度があまり高くなくてそこそこ貰えるクエストはないかなと……」
「気持ちは分かりますが私達の立場からは難易度が高いクエストを認めることはできません。報酬額が高いクエストを受けたいなら他のパーティーに入れてもらうしかありませんね」
受付嬢は感情では動かされない。確かにルミの経緯を知れば同情する。しかし彼女達にも責任というものがある。
クエストを行うには受付嬢の承諾が必要になる。承諾をしてもし冒険者が命を落とす様なことがあれば、それは受付嬢の落ち度になる。
承諾してクエストに行かせる以上冒険者達を死なせてはならない。
それが彼女達の鉄則だ。
「やっぱりそうですよねー地道に貯めることにします」
「何か欲しいものでも?」
「行きたい場所があるんです。それでは」
そう言って軽く頭を下げてその場を去る。するとリーサに呼び止められる。
「あのルミさん、気になってたんですけど何か所々汚れてますよ」
「段ボールって暖かいんですね……」
ルミは少し悲しげな顔で言ってクエストボードに向かった。
「段ボール?」
リーサには伝わらなかった。ルミが昨日野宿をしたことや寒さのあまり裏路地に捨てられた段ボールを拾い暖を取ったことを。
「う~ん、やっぱどれも報酬が少ないなー」
クエストボードに貼られた数々の依頼内容が書かれた紙をまじまじと見る。
依頼用紙にはクエストを受けられる条件が記載されている。
条件は主にランクが関係している。ランクとは冒険者の力を示す証のことである
クエストを受けその功績によってランクをギルド側が与える。
ランクにはS、A、B、C、Dに分けられていてSが最高ランクでDが最低ランクになっている。ルミはDランクなので受けられるクエストが限られてくるのだ。
「薬草採取に行商人の護衛、洞窟探索か……あっ、薬草採取以外パーティーじゃないとダメなんだ。それにCランク以上の冒険者加入パーティー……」
自分一人では何も出来ないと思い知らされる。現実は想像以上に厳しい。
ケイト、セリア、サミの三人はランクBだ。その三人がいたからこそルミは生活ができていたのだ。
また別のパーティーに入るという手もあるがランクDのルミを快く歓迎してくれる所などそうそうない。ケイト達の様なパーティーが稀なのだ。
ふと高報酬の方に目がいく。ケイト達も受けられないAランク以上のクエストだ。
Dランクのクエストとの差があまりにも違い過ぎて衝撃を受ける。
「いいなあー。私も受けられたらなー。でもやることが大変なんだろうな」
チラッと内容を見ると――
「薬草採取!!」
思わず声に出して驚いた。周りの冒険者や受付嬢がルミの方を向く。
クエストボードから内容が書かれた紙を手に取る。何回見ても薬草採取としか書かれていない。
「Aランク以上のクエストが薬草採取……」
そんな美味しい話があるのか?ルミは頭を悩ませた。採取場所もそこまで遠くない。半日あれば歩きで行って帰って来れる距離だ。
「もしかして強い魔物の生息地だったりして……ん?注意エルフ?」
紙にはエルフに注意と大きな文字で目立つ様に警告している。
エルフ――それは宝石の様に輝く瞳、長く伸びた耳、整った顔立ちを兼ね備えた美の象徴。普段人間の目の前に現れないことから実在するのかしないのか人々の話題に上がることもある神秘的な存在。
子供が読む絵本にはエルフを妖精と表現しているものもあり、良い子供には妖精が幸福を呼ぶなどエルフを好意的に捉える作品が多い。
ルミも幼い頃、森の妖精というタイトルの本を読んだことがある。内容は森に迷い込んだ少女をエルフが助ける物語だ。
エルフと聞いて真っ先にその絵本の内容が思い浮かんだ。
エルフに注意とはどういうことか?ルミはリーサの方を見る。リーサに聞けば真意が分かる。しかしDランクであるルミがAランクのクエストの内容を聞いてしまえば変に不審がられる。よって大金を目の前にしてもルミにはどうすることもできない。
硬直したルミにリーサの声が入ってくる。
「また薬草を取って来てくれたんですね。いつもありがとうございます」
薬草という言葉を聞いて無意識に視線がリーサの方にいく。
「いえ、これで生活しているので」
リーサと話しているのは頭をすっぽり隠せるほどのフードが付いた薄茶色のマントを身に
人に姿を見せたくないのか身体に対してマントの大きさが合っておらず、見た目では男性なのか女性なのか区別がつかない。
ルミが女性だと認識できたのは発せられた声の高さからだった。
リーサが座っているカウンター席には革袋が置かれていて、開き口からは薬草の先が少し出ている。
「こちら謝礼金になります。またお願いしますね」
どうやら薬草の取引を行っていたみたいだ。そのやり取りを見てルミはあることを閃く。
ギルドを介さずにお金を貰う方法、それは道具屋で売ることだ。道具屋は冒険者が装備する武器や盾、魔導書を取り扱っている店だ。そこでは薬草も売られている。
実際薬草や素材集めの依頼主は道具屋がほとんどだ。
しかしリスクもある。このクエストが何故Aランク以上なのか分からないままだ。
「でも……」
ルミはクエストに載っている情報欄に目を通した。薬草の形状、色、生息場所を暗記する。
多少のリスクを背負ってでもお金が欲しい。ルミは生息場所である森に行くことを決意する。
ルミは首にかけたペンダントを固く握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます