飼い猫と共に異世界生活

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第1話 始まりは寝起きでした。

 



 22時帰宅も慣れっこのブラック企業勤めも社会人10年目、28歳、男、名前は九条 希空クジョウ ノア。彼女は学生時代から付き合っていた子と3年前に別れて、それ以来彼女を作る気力も無いくらいに仕事に追われていた。今日もヘトヘトになりながらも、帰ってきた築30年の3階建アパート古びた階段を昇った。入社祝いに親から買って貰ったブランド物のカバンから取り出した鍵でドアを開けた。家の中に入ると、中から墨で体を染めたように黒い猫が俺を迎えてくれた。猫は俺の右足に体を擦り寄せ、甘えた声で鳴いた。

「ただいま、クロ」


 名前は、見た目のままクロと名付けた。飼い始めたのは、彼女と別れてすぐだったと思う。帰り道に通りかかった公園で、1人声を上げて鳴いていた。体力はすでに使い切って、ヘトヘトだったが、俺はその鳴き声がすごく気になった。寄って行くと、草むらの中に一匹の成猫が横に倒れており、その成猫に体を擦り寄せながらクロが鳴いていた。俺はカバンを地面に置く。その成猫を抱えて、スマートフォンで現在地から一番近い動物病院を調べ10分ほどの道のりを必死に走った、全力疾走なんていつぶりだろうか。成猫には温かさは感じられない。病院に着く頃には汗が溢れ出し、口からは胃液が出てきそうだった。片腕に成猫を抱え、俺は乱暴に病身のガラス戸を叩いたが、人の気配はない。俺は少しパニックになっていたが、一度病院の敷地から出て、周りを確認した。病院と隣家には仕切りがなかった為、俺は明かりのついた隣家のインターフォンを一度鳴らした。呼吸を整えながら、家の主人が出てくるのを待っていると、ドアが開いた。50歳前後の中肉中背の男性が出てきた。俺の腕にか帰られた猫をみると、少し苦い顔をした。その男性は、猫の首元を撫ぜたと思うと、俺に対して話しかけてきた。

「あなたの飼い猫ではないよね」

俺は上下に頷いて、『はい』と声を出した。

「残念だけど、この子はもう死んでるよ」

男性の言葉を聞いた俺は、腕が震えだした。生命の死など、あまり体験したことがなく、耐性がない俺の腕で冷たい猫がどうしようもなく怖かったのだ。

男性は猫の腹部を見他かと思うと、もう息のない猫の腹を撫ぜる。

「この猫の近くに子猫なんていませんでしたか?」

なんでわかるんだろう。俺は少し不思議だった。

「居ました!小さい黒猫」

「一匹だけですか?」

「はい、その子猫だけでした」

「そうか…」

男性は悲しそうな顔をした。が、その顔はすぐに変わり、俺の目を見つめた。

「どこでこの猫を見つけましたか?」

俺は来た道を指で指したと同時に、足首に何か当たるのを感じる。下を向くと先程の子猫が居て、俺と目があると、『にゃあ』と鳴いた。それが俺がクロを飼位始めるきっかけだ。


 俺はスーツのままベットに倒れ込んだ。今日寝ただけでは、今までの疲れは落ちそうもない。シャワーだけ浴びるだけでもすれば気持ちよく寝れるかもしれないが、そんな気力はどこにも残っていなかった。うつ伏せのまま、首を締め付けるネクタイは少し緩めた。クロはうつ伏せで、顔を横に向けた俺の目の前で丸くなった。

「…今日は疲れたよ。あー、お前のご飯入れてやらないと。ごめんな。いつもお前は俺に合わせて、晩飯抜きの夜食だなー」

俺は、精一杯の力を腕に移し、上半身を起こした。脚をベットから出そうとして、片足は出たものの、もう片足は上手く動かせず、体勢を崩す。50cm程度の高さから頭を撃ちつけて、俺は気を失った。


 次に目を覚ますと、そこはベットの横でも、俺の部屋でも、俺の知っている世界でもない様子だった。左腕にはクロが巻きついて来る。目の前に見えるのは、なんだろう。例えるなら、中世ヨーロッパ。なんだがゲームの中の世界のようだ。目に映る人々の目線がやけに痛かった。これは夢だ。あー、早く起きないと、遅刻するとまた意味のない愚痴を一時間も聞かなければならない。でも、どうも目は覚めないようだ。俺は俺の頬を思い切り抓った。痛みはすぐに伝わり、少し目に涙がたまる。あー、本当にどうしよう。同僚や部下に迷惑をかけてしまう。四月に入社したあの子、今にも倒れそうだったな。俺が頑張らなきゃいけないのに。じゃないと、またあいつの様になってしまう。俺が頑張らないと、早く会社に行かなければならないのに。早く、早く覚めてくれ。もう、あんなの嫌なんだよ。俺、頑張るからさ…。だから、会社に行かなくちゃ。


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