最終章 Same as you are
第35話 Same as you are Ⅰ
僕は、人間の本質を突き止めたい。
最初は興味のベクトルが心の内側にしか向いていなかった。
でも、それでは自分のことしか分からない。
外向きに、他人に興味のベクトルを向ける必要がある。
人間社会に生まれた以上は、他人と関わる事が必須だからだ。
人が何を考え、何を想って生きているのか。
どんな感情を持って生まれ、成長し、恋に落ち、愛を覚え、死に行くのか。
だからこそ僕は、身近にいる人のを心を理解する為、必死に自分自身を変えようとしてきた─────────
浅田さんが失踪する事件から3ヶ月が経った。
季節は秋に差し掛かり、朝晩はとても冷えるようになった。
そんな中、僕はポンコツ軽自動車に乗ってバイト先に向かっている。
─────────あの時、神崎は死んだ。
脳に銃弾を受け、即死だっただろう。
僕と長坂は満身創痍だったが、浅田さんが助けを呼んでくれた事で、死ぬ前に治療を受ける事ができた。
あの戦いで、僕は肋骨や顎の骨などを骨折しており、2ヶ月の入院を余儀なくされた。
しかし長坂に比べれば随分マシだ。長坂は腹部に銃弾を受けており、まだ入院している。
入院中には浅田さんがご両親と一緒にお見舞いに来てくれた。
浅田さんを助け出した僕を、ご両親はまるでヒーロー扱いするほどの勢いだった。
助け出した功績はほぼ長坂のものなのだが、長坂の存在を公にする事もできないので、素直に喜んでおいた。
協会の方はというと、どうやら神崎についていた側の人間は全員隔離されたか、追放されたという。
なんで協会のことを僕が知っているかというと、入院中の僕のもとにヒロヤと名乗る協会員が報告に来たのだ。
ヒロヤによると日本支部は派閥が統一され、安定を取り戻したらしい。
まあ協会にわざわざ関わりに行くこともないだろうし、知ったこっちゃないけどね。
あの事件は、協会の力が働いたのか、世間的にはただの誘拐殺人未遂という事にされているようだった。
パイプ持ちの存在を公にしてはならない。
あのようなことを防ぐ為にも、隠匿しなければならないのだ。
退院後、日常復帰を経てバイトを再開した僕を、コンビニのみんなは歓迎してくれた。
それと同時に、怪我を追いながらも浅田さんを庇ったとして、僕を英雄扱いするようになってしまった。浅田さんも悪ノリして加勢するからタチが悪い。
そんなこんなで、周囲の僕に対する認識が事件前とは大きく変わってしまったけど、それも時間が経つに連れて元通りになるだろう。
「お、英雄じゃないっすか。おはっす〜」
店に入ると明石さんが挨拶してきた。
「おはようございます。もう英雄はいいじゃん」
「深井さんをイジるためにも、後世に受け継いでいきますよ!」
「やめてちょ......」
少しの談笑を交えた後、着替えのために事務所に入った。
中には、いつも通り発注作業に勤しんで......いや、もくもくお菓子を食べている陽香さんがいた。
「おはようございます。そんなに食べたら太りますよ」
「あら失礼ね深井くんは。アタシの場合はグラマラスボディの元になるから大丈夫なのよ」
グラマラスとかもうそんな歳じゃ......げふんげふん。間違っても口に出さないようにしよう。
テーブルの上には、いかにもおみあげ用っぽいお菓子の箱が開けてある。
「今日のお菓子は誰のなんですか?」
「これは畑中くんが持ってきてくれたやつよ。なんか女の子と北海道に行ったんだって」
「相変わらずプレイボーイですね」
「深井くんも青春真っ盛りなんだから、少しは遊ばないの?」
「僕がそんな性格じゃないの、陽香さんはよく知ってるでしょ」
「まあ、そうね。でもたまにはハメを外すってのも大事な事だと思うわ」
ハメを外す、か。
まあ、しばらくはマイペースで生きていけばいいかな。
それに、僕は─────────
すると、事務所のドアが勢いよく開けられた。
「ちょっと深井さん、いつまでマネジャーと駄弁ってるんですか!揚げ物のオーダー入ったんで、早く手伝ってくださいよ〜」
「ごめんごめん、すぐ行くから!」
僕は急いで制服に着替えて、事務所を後にする。
去り際に、陽香さんの小さな独り言?が聞こえた。
「たくさん色んなことを経験して、幸せになって欲しいわね」
ここで働く人は、本当にみんないい人だと思う。
みんなと働けるだけで、日常が戻ってきただけで、僕は十分な幸せを感じる事ができていた─────────
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