第31話 心の距離Ⅶ
2時間ほど探しただろうか。
確認した部屋は100室を優に超えている。
本当にここに浅田さんが囚われているのだろうか。
そう疑問に思いながら扉を開けると、そこには浅田さんがいた。
予想通り「保護室」に囚われており、壁を隔てた奥のベットで眠っている。
ついに浅田さんの居場所を突き止めることに成功したのだ。
「浅田さん、浅田さん!聞こえますか!?浅田さん!!」
窓を叩きながら声をかけてみたが、浅田さんが起きる様子はない。
仕切り壁の扉を開けようとするが、やはり僕の入館証では開かなかった。
そこで、予定通りに神崎に連絡をした。
「もしもし」
「おう少年、浅田知里は見つかったか?」
「はい、269保護室で見つけました」
「そうか、よくやった!そこで待っていてくれ。絶対動くなよ」
そう言って通話が切られた。
僕は神崎の到着を待った。あとは仕切り壁の扉を開けてもらい、浅田さんを外に救出するだけ。
部屋の中の浅田さんはぐっすりと眠っている。こんなに近くにいるのに触れられないのがもどかしい。
─────────そうだ
浅田さんを支える、そう決意したあの時から、なんだかんだ浅田さんの事ばかり考えていた。
あのまっすぐな笑顔が見たい。元気そうな声が聞きたい。もっと頼って欲しい。そんな浅田さんを守る存在でいたい。
そんな思いが僕をここまで動かしていた。
10分ほど待つと、部屋自体の扉がノックされた。
(少年、いるか?)
外から神崎の声がした。ようやく到着したようだ。
僕は内心安堵しつつ、部屋のドアを開けた、その瞬間。
─────────入ってきた何者かに口を抑えられ、押し倒された。
「もがっ!んん!」
必死に抵抗しようと声を上げると、後ろから神崎が現れた。
僕は目線で神崎に助けを求める。
しかし、神崎は僕を助けるどころか、こちらに拳銃を突きつけてきた。
どういうことだ─────────
「悪いな少年。君を利用させてもらったよ」
僕は口を抑えられていた手を振り解き、神崎に吠えた。
「ちょっと、これはどういう─────────」
「黙れ、煩くしたら撃つ。
僕は向けられた銃口に怖気づき、いったん黙った。
どうやら僕の口を塞いだのは、神崎が今口に出した智志という名前らしい。
すると、その男は僕を床に伏せさせ、身動きができない体勢にした。口への拘束はされなかった。
僕は先ほどより小さい声で神崎に話しかけた。
「一体、どういうことですか─────────?」
「さっき言った通り、君を利用させてもらったんだよ」
神崎は話しながらゆっくり僕に近づき、ついにこめかみに銃口を突きつけた。
全身から冷や汗が噴出する。人生で初めて見る本物の拳銃。こめかみに感じる冷たい感触。それが、今まさに自分に向けられている。
冷静になど、なれるはずもなかった。
「利用って、僕に浅田さんを探させたってことですか─────────?」
「その通り。正式に《保護》を担当するのは私の権力が及ばないところでね。保護を命じても保護した人間が自分の管理下に置かれるわけじゃないんだ。全くもって不便な組織だよ」
「保護を、命じた?浅田さんを捕らえる命令を出したのは、あなただったんですか?」
「理解が早くていいね。ここの組織のトップであるクソジジイが保護命令を出したってのは嘘だ。お前多分騙されやすいよな、なんの根拠もない情報を信じちゃってさ。今までもそうだったんじゃないか?」
悔しかったが、言い返せる言葉を持ち合わせてはいない。
うまい話にまんまと騙され、浅田さんの救出に失敗した。その絶望的な現実だけが、僕の頭の中を占めていた。
「私は浅田知里の情報を長坂嶺から入手し、目を付けた。彼女は素晴らしいbranchだ。人の心を読み取るという、中々汎用性の高い能力を持っている」
やはり浅田さんの目の力はbranchのものだったか。
しかも能力まで把握している。浅田さんは以前から協会に目を付けられていたのか?それとも......
「人の心が見えれば、敵スパイに拷問せずとも機密情報を解析することができる。逆にこの力を持った者をスパイにすれば、敵の情報は筒抜けだ」
神崎の後ろでは、神崎の部下と見られる人が仕切り壁の扉を開けて中に入っていった。
「浅田さんに、浅田さんに何をする気なんですか─────────!」
「決まっているだろう、戦争に利用するんだよ」
それは、作戦開始前に神崎が言っていたことそのままだった。
─────────世界中のBranchやMissonaryは乱獲され利用されるだろうな
それを協会の人間自らがやるのか。自分達を戦争から守るために、この協会が存在しているのではないのか?
「その為に私は日本支部の保護部署に偽造した命令を下し、正式な手順で浅田知里を保護した。そうしないと警察が動いて鬱陶しいからな」
協会は警察とも繋がっているのか。
まあ、でないと保護した際の後始末が面倒だろう。親近者や友人が行方不明になるとそれなりのニュースになる。通報され深くまで調査されると、協会にとって不都合が生じる。
そう考えると、確かにパイプ持ちやBM協会の存在を人間社会から隠蔽するには、警察の協力は不可欠ではある。警察上部にパイプ持ちがいて、捜査に手を回していてもおかしくはないだろう。
「ただ保護された状態では協会の持ち物で、協会員でさえ自由に扱うことは出来ない。何せ《保護》だからな」
仕切り壁の扉からは二人がかりで浅田さんが運び出されていた。
睡眠薬でも盛られているのだろうか、手足は弛緩している。
「私は保護された浅田知里を自分の支配下に置く為に連れ去る必要がある。ただ自分が動くと目立ってよくない。だからお前に探させたんだ」
部屋の外からはタタン、タタン、と銃声が聞こえる。
神崎の部下は、明らかにここの施設にいる協会員と異なった格好。
教会的な衣装ではなく、特殊警察や軍隊が着るような、ミリタリーチックな服装だ。
ここの協会員に侵入者と判断され、脱出経路を確保する為に抵抗をしているのだろう。
「浅田知里の位置が分かれば我々がテロリストに扮し、襲撃して回収する。これで作戦は完了だ」
すると、神崎はおもむろにハンカチを取り出した。どこかで見たことのあるハンカチだが、思い出せない。
外の銃声は激しさを増し、撃たれた人のものと思われる断末魔が聞こえてくる。
「ちなみに君も回収対象だ。長坂と繋がっている君がこの一件の情報を持っていると面倒になる。帰す前に記憶を消さないとな」
神崎は取り出したハンカチを僕の口に当てた。
最初は呼吸を止めて抵抗したが、耐えきれず息を吸い込むと、視界がグラついた。
そうだ。これは長坂が藤原明臣に対して使っていたものだ。
「目覚めた時に、また会おう」
この一声を最後に、僕の意識は闇に落ちた。
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