第30話 心の距離Ⅵ

 浅田さん奪還の作戦を確認した僕達は、小部屋から大聖堂に戻った。


 大聖堂の最奥、豪華な装飾で飾られた壁の中心は、扉のような形状をしている。


 神崎は左右に3つずつある円形のシンボルを押し込んだ。


 するとゴン、という重厚な音をたて、壁の一部がゆっくりと開いた。


 そこには、地下へと続く階段があった。






 「これは......」


 「この下にあるのが、BM協会支部として機能している施設だ」


 僕達はゆっくりと階段を降りていく。


 神崎という協力者のおかげで、コソコソと侵入する必要がなくなった事はありがたかった。


 僕は、何故か前もって作られていた、ダミーの入館証を首にぶら下げている。


 これも長坂の手回しなのだろうか。


 「やっぱり一般人の目から施設を隠す必要があるんですね」


 「当たり前だろう、こんな超能力者集団が世間に知れ渡ったら世界は大混乱だぞ」


 「日本だけでなく世界まで波及するんですか?」


 「BranchやMissionaryは日本だけにいる存在ではない。私たちは人類の問題そのものを抱えているのだから、世界の誰にでも影響を及ぼす可能性がある」


 そうか、BM協会の本部はイタリアにあるんだっけ。


 ここが日本支部という事は、世界中に支部を抱えているという事だろう。


 ─────────少し、という言い回しが気にかかった。


 「そして、その影響は国家同士のパワーバランスにまで悪影響を与える。戦争に有利な超能力者を雇ってるなんてゴシップが出てみろ、世界中のBranchやMissonaryは乱獲され利用されるだろうな」


 それは恐ろしい。自分はもちろん、浅田さんのような何も知らない人まで戦争に駆り出されるなんて、そんな事あってはならない。


 そんな事態を起こさない為に、BranchやMissionaryは自分達を守る機関を立ち上げた、という事だろうか。


 敵視していたこの協会に対するイメージが変わった。






 しばらく階段を降りていくと、地上の大聖堂とは打って変わって、現代的な光景が目の前に広がった。


 白一色に染められた空間。真っ直ぐ伸びた、無機質な廊下。これまた白い服装に身を包んだ協会員が幾人か歩いている。


 在るもの全てがシンプルすぎて、逆に怪しい。


 廊下は階段を降りて前方と、左右にも続いていた。


 「ここが協会の施設だ。廊下は碁盤の目のように広がっていて、部屋のドアは君に渡した入館証をかざすことで開くようになっている」


 神崎は歩いている協会員に聞こえないように、できるだけ声量を抑えて話しかけてきた。


 よく見ると、廊下から覗く部屋のような区画の扉には、カードキーを通すような黒縁のスキャナがついている。


 扉の横には銀色の表札があり、そこには部屋名が記されているようだ。


 「作戦はさっき伝えた通りだ。各部屋に入って浅田知里がいるか確認し、いたら私に連絡してくれ。私は先に脱出経路を確保し、君から連絡があり次第現場へ向かう。あとは救出して外の車まで運ぶ、だ。いいか?」


 「......はい」


 何故僕が探す役かというと、神崎がコソコソ動いていると目立つし目を付けられやすいのだという。


 クソジジイと言っていた日本支部のボスがここを仕切っているということは、神崎にとっては敵対陣営の方が多く動きづらいのかもしれない。


 「では作成行動開始だ。健闘を祈る」


 そう言うと神崎は左手の廊下へ消えていった。


 ここまで来たら怖気付いている暇はない。


 そう覚悟して、僕は右手の廊下へと進んだ。






 施設は思った以上に広大だった。


 廊下を進んで突き当たりの壁に到着するまで、150メートル以上はあっただろうか。


 もし反対方向も同じだけ広がっていたら、全体で300メートルもの幅がある事になる。


 一部屋は恐らく幅10メートルほどであろうか。方翼で10部屋、両翼で20部屋。


 奥行きにもよるが、かなりの部屋数を当たらなければならないと想定できた。


 また、なるだけ協会員との接触は避けたい。


 ダミーの入館証があるとはいえ、入り口で出会ったような協会員のように「見かけない顔だな」と声をかけられたら面倒臭い。


 神崎曰く「新しく入った者です」と返せばいいと言っていたが、僕がボロを出してしまう可能性も無くはないので、出来るだけ不自然のないような動作で見回った。






 協会の部屋はほとんどが会議室のような机だけの部屋だったが、中には研究室や医務室のような設備も見受けられた。


 僕が目を付けたのは「保護室」という表札が掲げられた部屋だった。


 その部屋に入館証をかざして中に入ると、部屋の中を分ける壁が存在した。


 部屋内の壁には幅2メートル、高さ1メートルほどの分厚いガラスでできた窓がついており、その奥が視認できる。


 内部にはベッドとトイレ、洗面所、机が備え付けられている。


 窓の左手には、壁の向こう側に入るためのドアがあり、そこにもカードキーのスキャナがついていた。


 試しに入館証をかざすが、そこは開かない。


 恐らく名前の通り、「保護」された人が入れさせられる牢獄なのだろう。


 まるで刑務所の部屋だ。





 「保護室」は幾つも見受けられた。


 何故こんなバラバラに配置されているのか分からない。一つの区画に集約しないのには、理由があるのだろうか。


 どちらにせよ、この中に浅田さんがいる可能性が高い。


 僕は細心の注意を払いながら、施設内をくまなく探索した。


 このあと待ち受ける危機は、この時には全く想像もできなかった─────────

 

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