第29話 心の距離Ⅴ
目が覚めると、窓からは天に向かってそびえ立つ高層ビル群が見えた。
どうやら目的地が近づいている。気を引き締めなければならない。
しかし、眠い。
新幹線に乗ってから僕はすぐに眠り込んでしまった。昨日の夜勤前に起床してから、既に17時間以上経っている。眠気には勝てない。
ただ2時間弱仮眠したことで、なんとか身体は動きそうだ。
到着の車内アナウンスを耳にした僕は荷物をまとめ、出口へと向かった。
そこから電車を乗り継ぎ、目的地である協会に到着したのは午後3時半過ぎだった。
目の前には、いかにも西欧の教会という見た目をした、神々しくも荘厳な建物が広がっている。
周囲の高層ビル群と全くベクトルの違った世界観がそこにはあった。
門のてっぺんには十字架が装飾されている。
変にコソコソ入った方がかえって怪しまれるかなと思って、僕は堂々と正門から入ることにした。
すると、案の定入り口にいた協会員と思わしき人に呼び止められた。
「お待ちください。あなたは見ない顔ですが、どなたをお尋ねですか?」
そう来るだろうなとは思っていた。
今の僕にはとにかく情報が無い。
できるだけ会話して、浅田さんについての手掛かりを引き出さなければ。
「あー、僕は深井といいます。浅田知里に用があって来ました」
本名言っちゃったが、まあいいか。偽名を名乗るメリットも特に無い。
「浅田、知里......ですね。そんな方いたっけな......?」
そいつは首を傾げながらも、少々お待ちくださいと言って建物の中に入っていった。
浅田さんが捕らえられたことは、協会にとっては全職員が知るような大事では無いということなのだろうか。
この後の状況として考えられるのは、僕が、保護した人間の面会者と捉えられるのか、はたまた異物として突っぱねられるのか、捕らえられるのかのどれかだろう。
一番いいのは面会者として中に入るパターンだ。
上手くいってくれと願っていると、建物から先ほどの協会員とは別の女性が出てきた。
髪色は遠くからでも目立ちそうな赤。明らかに教会には似つかわしくない、デニムにミリタリージャケットという出で立ち。
年齢は30歳前後だろうか。スラっとしたスタイルや歩き方から凛とした大人の色気を感じるが、なぜかオーラは業火のごとく灼熱。
この人は普通じゃない、そう思った。
「君が浅田知里に用があるって子供か。よろしく、私は
名乗りをあげると、ビビっていた僕とは裏腹に、好意的に握手を差し伸べてきた。
流れのまま、僕はおそるおそる左手を差し伸ばした、その時。
「あ、すまん。手袋をつけたままでは失礼だったかな」
と言って、慌てて右手の手袋を外し、再度握手を求めてきた。
僕はさっき左手で握手を返そうとしていたので、元々神崎の差し出した手は左手。
しかし、何故か右手に握り手を変えた。
これは、僕の左手の能力を知っているからなのか?
考え過ぎであろうか。
「深井です、よろしくです」
僕達は固い握手を交わした。
それから、神崎によって教会の中に案内された。
これは、面会者とみなされたということでいいのだろうか。
僕は神崎の後ろに続いて、煌びやかな大聖堂を進んでいく。
こんなに広い空間なのに、中には人ひとりいない。
僕達の足音が壁や天井に反響して、大きく聞こえる。
「ここは、表向きでは慈善団体ミューズの本拠地なんだが、君が知っている通りBM協会の日本支部でもある」
色とりどりのステンドグラス、巨大なシャンデリア、真っ赤な絨毯。
大聖堂の再奥まで進むと神崎は進路を左に変えた。
「協会は世界中に存在する。そして、それらを束ねる本拠地はローマに存在する」
声量は抑えているものの声色ははっきりしており、それだけで威圧感さえ感じる。
「支部のトップは元老院によって決定される。現状はとあるクソジジイがここのトップを勤めている」
クソジジイってか。神崎は口が悪いようだ。まあ印象と相違ないので驚きはしないが。
「元老院って一体何なんですか?」
「協会の意思決定期間だ。選ばれた10人の協会員で構成され、協会の重要な物事を議論し取り決める」
大聖堂の左奥には扉があった。神崎は僕を中の小部屋に通すと、扉を閉め、鍵をかけた。
「さっき言ったクソジジイ、そいつが浅田知里の保護命令を出した。ただその命令が何かおかしい事に私は気づいている。そこで、保護されている浅田知里を救出して状況を聞きたい。裏が取れれば本部に言いつけてクソジジイを降格させてやるのさ」
「神崎さんは、ここのトップと何か争っているんですか?」
「うーん、そこまででもないかな。ただあのクソジジイにトップをやらせておくのは気が済まねえ。組織の為さ」
「組織、ですか」
「まあ要するに、私と君の利害は一致している。私に協力してくれれば浅田知里を開放する事ができるだろう。どうだ?」
まさかの共闘を提案された。都合が良すぎる程の展開だ。
僕は即答せず、少し考える事にした。初対面の相手、しかも協会の人間に対して、簡単に気を許すわけにはいかない。
そもそも、なんで神崎は、僕が浅田さんを開放しにきたことを知っているんだろうか。
そして、なんでBM協会のことを知った上でここに来たと分かっているのか。
一つ考えられる可能性としては、神崎が長坂と繋がっていることだ。
ただ、長坂はこの件について管轄外と言っていた。関わりのある神崎に手回しをしてくれたということかもしれない。
思考の結果、どの道僕には選択肢がなかった。ここで神崎の提案を断れば、ここに入る事ができるチャンスが無くなる可能性がある。
「協力します。僕は浅田さんを助け出す事ができれば、なんでもいいです」
そう応えると、神崎は満足したようで笑みを浮かべた。
「囚われの姫に勇者が駆けつける、ってこったな。いい話じゃねえか」
勇者、か。浅田さんにとってそのような存在になれればいいが。
まあ全ては救出できるかどうかにかかっている。
僕は覚悟を持って神崎の瞳を見つめ、頷いた。
「決まりだな。改めてよろしく、深井」
ここに、急造の共同戦線が誕生した。
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