第28話 心の距離Ⅳ
想太さんがいないまま、朝を迎えた。
窓の外は、朝焼けに白ばんでいく。
もうそろそろ夜勤の交代時間だし、暁人さんが出勤してくるだろう。
僕は想太さんが残していった仕事をせっせと片付けた。
「船橋くんの車ないけど、休み?」
出勤した暁人さんは、やっぱり想太さんの所在を気にした。
「いや、途中で帰っちゃいました」
「はあ!?」
予想通りの驚きようだった。
僕はことの顛末を暁人さんに説明すると、何故か暁人さんは顔を青ざめて、異常に挙動不審になっていた。メガネに添えた指が震えている。
店員が失踪したのだ、そりゃ雇い主としても心配だろう。
しかし肉親でもないのに、そんなに動揺するものだろうか?
暁人さんは声をも震わせながら問いかけてきた。
「それで、浅田さんは見つかったのか......?」
「いや、想太さんからはまだ何にも連絡来てないですね」
「そうか......」
それ以降、暁人さんはこの件について深く聞いてくることは無かった。しかし僕が店を出るまで、暁人さんの様子はどこか普段と違って儚げだった。
それは、今にも消えてしまいそうなほど、存在感が希薄になるほどだった─────────
とりあえず夜勤をやり遂げた僕だったが、やはり浅田さんのことが気にかかっていた。
想太さんが見つけていればOKではあるので想太さんに電話してみたものの、一向に繋がらない。
探すのに必死で電話に気づいていないのか、電波が届かない所にいるのか。まあ、後でかけ直すことにしよう。
浅田さん自身にも電話をかけてみたが、やはり繋がらなかった。
他のバイトのみんなに連絡してみても、知らないという。
ここまで来ると流石に心配だ。夜勤明けで眠気はあるが、こんな時に家に直帰して平然と寝ることなど僕にはできない。
僕は、浅田さんが行きそうな所を手当たり次第探してみることにした。
夜勤を終えてから6時間経った、午後0時。
町中のいろんなところを回ってみたが、浅田さんらしき人影はない。基本は車移動すると思うので車種やナンバーに着目してスーパーの駐車場等を回ってみたりもしたが、見つけることはできなかった。
何にせよ手がかりが少なすぎる。似顔絵でも書いて目撃証言でも集めるしかないのか?
そう思った矢先、今一番手がかりに近いであろう男が目の前にやってきた。
「少年、久しぶりだな」
黒い外套を纏い、髪も黒。外は暑いと言うのに、なぜか手には黒い手袋が見えた。首には、唯一黒色でない、十字架と見られるネックレスが鈍く光っている。
そう、桜井家での事件以来、姿をくらましていた、長坂だ。
「どうして、ここに......?」
「以前教えただろう、私には人類種の記憶が聞こえる。貴様の位置を掴むことも不可能ではない」
「じ、じゃなくて。何のために?」
「それは貴様が一番よく分かっていることだろう」
いちいち鼻に付く言い回しだ。ちょっとムカついたが、今はそれどころじゃないので苛立ちを抑えて、話を続けよう。
「あなたは、浅田さんの居場所を知っている......?」
「ご名答だ」
何故か長坂は得意気な顔をして見せた。基本無感情なこの男が、こう感情を表情に出すのは珍しいと思う。まあ珍しいと判断できるほど接触回数は多くないのだが。
「一体、浅田さんはどこに行っちゃったんですか?まさか、拐われた?」
「察しがいいな少年。ぜひうちの協会で働いてもらいたいものだ」
「そんな物騒なことお断りします」
「物騒とは人聞きの悪い。我が協会は、人類の安寧を守る正義の組織だというのに」
知ったこっちゃない。人間をホルマリン漬けにしかねないような組織が、平和な組織である訳が無い。
「てか、そんなことはどうでもよくて。浅田さんは拐われたんですか?」
「拐うというか、保護だな。貴様も既に気づいているだろうが、彼女はBranchだ。そして、彼女の持つパイプには強大な影響力がある。そのため、協会が保護をしたのだ」
協会の仕業だったか。不審者に誘拐されたとか殺されたとかではなく安堵したが、物騒な組織に匿われていることは、全くもっていい状態とは言えないであろう。
「そんな。彼女は何か悪いことをしたんですか?」
「きっとそういう訳ではないだろう。人類種に悪影響を及ぼす可能性が観測された為、人間世界から隔離されたに過ぎない」
「じゃあ、浅田さん自体は無事なんですね!」
「さあ、私の管轄外なので、そこまでは分からん」
協会には管轄があるのか。ということは、この男以外にも活動している人が複数人いるのだろう。
それにしても、浅田さんの無事が確保できない以上は、このまま浅田さんを見捨てることはできない。
何より人間世界から隔離されたということは、もう会うことが出来なくなるのではないか?
─────────そんなことは、イヤだ。
何で?
─────────会えなくなるなんて、イヤだ。
どうして?
─────────僕は、浅田さんを支えると誓ったのだ。
お前はただのバイト仲間でしかないのに?
─────────僕には、見捨てるなんて、出来ない。
救いを求めていなかったとしても?
─────────あの時確かに、浅田さんは僕に手を差し伸べていたんだから。
「浅田さんが連れて行かれた協会は、どこにあるんですか?」
「貴様まさか、助けに行く気か?」
長坂は厳しい口調で僕を咎めた。
「当たり前です」
「無茶だ。元老院の決定が覆る事は無く、その決定に背いた者は処刑される。その為、協会の人間が一度保護された人間を釈放させることは許さない。なんせ自分の命がかかっているのだからな」
元老院?何だろう、国会みたいなものだろうか。まあ今はどうでもいい。
「それでも僕は......!」
「貴様、馬鹿でも聞いたことがあるだろう。勇気と無謀は違う。貴様がやろうとしている事は無謀だ」
「だからって、大切な人を見捨てる事は出来ない!」
僕がしつこく食い下がると、長坂は何やら考え込むようなそぶりを見せて、少しの時間黙った。
僕は長坂から何としてでも浅田さんの居場所を聞き出す為、精一杯の気迫を持って睨みつける。
すると、長坂は何か思いついたのか、顔を上げた。
「─────────ふむ。まあ、いいか」
何がまあいいのだろう?
そして、懐から紙とペンを取り出すと、紙に何かを書いて、僕に手渡した。
「浅田知里が保護されている協会は東京のここにある。命を賭して彼女を助ける覚悟があれば、行くがいいだろう」
「あ、ありがとうございます」
「では、貴様の戦いに幸あらんことを」
僕への労い?の言葉を残して、長坂は去っていった。
東京か。新幹線で行くのが一番早いな。
そう考えた僕は、眠気を抑えながら車に乗り込み、近場の新幹線が止まる駅へと急ぐのだった。
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