第27話 心の距離Ⅲ

 コンビニのバイトを始めてから数ヶ月経って、夜勤を任せてもらえることが増えてきた。


 夜勤は桜井夫妻の目が届かないところなので、基本は信頼された人しか任せてもらえない。


 その代わり昼勤よりも多く時給を貰えるのが魅力だ。


 眠かったり昼夜逆転の生活になってしまうのが辛いところもあるけど、学生の身分でよりお金を稼ぐ手段として、夜勤はとてもやりがいのあるものだった。







 「雨、ひどいっすねー」


 「そうだな......」


 相変わらず口数が少ない想太さんは、そう一言だけ返してからタバコを咥えた。


 僕達は、店の裏口の外で休憩している。


 外は土砂降り。


 申し訳程度に出っ張った屋根の下にいるが、跳ね返った雨でズボンの裾は濡れてしまっている。


 時刻は午前4時。


 いくら夏休みといえど、田舎のコンビニにこんな早朝に客が来ることは滅多にない。


 仮に来たとしても、車の音ですぐに分かる。


 なので、想太さんと夜勤に入る時は、タバコ付き合ってくれよ、と誘われて二人一緒に休憩していたりするのだ。


 想太さんも寂しがりなのだろうか。


 「深井は夏休み、いつまでなんだ?」


 「うちは専門なんで、8月25日までなんです」


 「そうか、短いな」


 「想太さんとこはいつまでなんですか?」


 「うちは普通に9月の下旬まであるな」


 普通とか言われて、ムッと思ってしまった。一般的な大学に比べ、専門学校はカリキュラムがキツキツで、長期休暇も短い傾向がある。


 まあ専門学校への進学を選んでしまった自分が悪いのだが。


 「なんか、どっか遊びに行ったりしました?」


 「あー、あんま出かけてないかも。予定は空けてたんだけどな」


 予定は空けてた?どういうことだろう。


 不思議そうに想太さんへ目線を向けると、想太さんは言いづらそうに口を開いた。


 「......知里との予定を結構入れてたけど、今のところ全部行けてないんだよ」


 そういえばそうだった。


 前に浅田さんから話を聞いた時は、





 ─────────どうしてしばらくプライベートで会ってくれないんだ?って言われちゃった。当然よね





 って言ってた。


 目の異常の為に人との接触を避けてて、その過程で想太さんとのデートをキャンセルした、という感じだろう。


 「知里さん、体調悪いらしいですもんね」


 「そういや深井、この間知里と二人で夜勤入ってたじゃん。その時何かあったのか?」


 ギクッ。


 想太さんとの夜勤が始まってから、できるだけ考えないようにしていたんだが、話題を掘り起こされてしまった。


 壊れてしまいそうな浅田さん。助けようとした僕。


 あの時、確かに浅田さんは、彼氏の想太さんより僕を必要として、頼ろうとしていた。


 あんなこと正直に想太さんに言えるわけがない。


 「いや、ちょっと体調悪そうな様子している時があったんで、大丈夫かなーと」


 嘘はついていない。僕は必死になって表情を取り繕った。


 「そうか......」


 想太さんは心底浅田さんを心配しているようだった。


 追及されなくてホッとした反面、やっぱり彼女に対して黙って関係を持っていることに対しては、ものすごく罪悪感を感じる。


 でも目のことは浅田さんの問題だ。僕から言及していいものではない。


 想太さんに黙って解決する他、選択肢はないのだ。






 ふと、想太さんの気持ちを聞いてみたくなった。


 浅田さんを支えるに当たって、想太さんの状態を把握しておくことはきっと重要だろう。


 「想太さんにとって、浅田さんはどういう存在なんですか?」


 「俺に、なくてはならない存在だ。大切で、誰にも渡したくない」


 そう、キッパリと答えた。


 僕は思い出した。浅田さんは人の感情を感じ取ることができる。


 刺激が強い思考ほど、能力の副作用とみられる症状が出る。


 なんとかして浅田さんの負荷が減るように、想太さんをコントロールすることはできないだろうか?


 そんな浅はかな考えを抱いた僕は、思わず悪手とも言える質問を投げかけてしまう。


 「もし、想太さんの想いが浅田さんの精神的な負荷になっているとしたら、どうしますか?」


 我ながらストレート過ぎる聞き方だ。もう少しやんわりした言い回しをすれば良かったものを。


 すると、想太さんは手に持っていたタバコを灰皿に入れ、こちらに向くと、激情の籠もった瞳で睨み付けてきた。


 「俺の想いが知里の負荷に?何言ってんだよ。そんな訳ないだろ、俺は知里を愛しているんだ」


 普段寡黙な想太さんが捲し立てる言葉には、威圧と警戒、ねっとりとした狂気が宿っているように感じられた。


 「俺がどれだけ知里のことを考えていると思ってるんだ。体調が悪そうな時は声をかけたし、何で俺を頼ってくれないんだって問い詰めた。知里はちょっと遠慮気味なところがあるから、そこを汲み取ってやらないといけないんだ」


 おそらくそれは独りよがりな感情。相手のことを考えているようで、実のところ自分のことしか考えていない言動。


 ああ、これは見覚えがある。イヤというほど、身に覚えがある。


 心身共に尽くし、依存し、そして見限られた、元カノと付き合っていた時の僕と同じだ。


 「俺は知里の為になりたくて、それで─────────」





 ピロリン、ピロリン





 不意に、想太さんのポケットから着信音が鳴った。


 想太さんは律儀に、すまん、と一言おいてから通話に出た。


 話を切り上げるのに丁度良い、と考えた僕は店の中に戻ろうとしたが、通話している想太さんが発したある一言でその足を止めることになる。


 「知里と連絡がつかない?いや、俺はバイト中なんでここにはいないっす。え、丸一日?」


 連絡がつかない?何があったのだろうか。


 想太さんは血相を変えて通話している。







 しばらくして通話を切ると、想太さんは勢い良く裏口の扉を空け、店内に戻った。僕もそれに続く。


 事務所まで追いかけると、既にユニフォームを脱ぎ捨てている想太さんがいた。


 「想太さん、一体何があったんですか!?」


 「知里がいなくなったらしい。探しに行くから、暁人さんには途中で抜けて悪いって伝えといてくれ」


 「え、ちょ、バイトどうするんすか!?」


 僕が言い切るより先に、車の鍵を持って店から出て行ってしまった。


 怒涛の展開に、僕は思考が追いつかない。


 連絡が取れない?ただ友達の家に遊びに行って、連絡を返していないとかじゃないのか?


 いや、浅田さんはしっかりしてるから、そこら辺の連絡はちゃんとしてそうなものだ。


 スマホを無くしたとか壊れた、ならまだ分かるかもしれない。


 むしろそれなんじゃなかな?まさか拐われるとか、このご時世そんなこと滅多にないでしょ。


 僕は心配ではあったが、そこまで大事ではないだろうと思った。






 それより、夜勤をほっぽり出して知里さんを探しに行ってしまった想太さんの説明をどう暁人さんにしたものか、と考えていた。


 まさか、あんなことが起きている事とは知らず─────────

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