第21話 憎悪と願いⅦ

 時間が飛ぶ時は、決まって視界が真っ白になる。どういう現象か分からないが、今の自分に、それに抗う術はない。


 自分は意識のみの存在。実体はなく、このという男性の視界からしか世界を見ることができない。


 訳もわからないまま、時間旅行に身を委ねている。いつになったら終わりが来るのだろうか。


 そして、今まで見せられてきた物語は、自分に何を伝えようとしているのだろうか─────────






 「お、んぎゃあ!」


 「よーしよしよし。どうしたんだ


 目の前には可愛い赤ちゃん。目の前というか、腕の中にいる。抱っこしているのだ。


 確か前回、叶さんは「妊娠した」と言っていた。もしかして、その時に身篭っていた子供なのだろうか。


 「んあー!」


 「知里、泣き止まないなあ。俺が抱っこした途端これだよ、叶」


 振り返ると、後ろには叶さんが洗濯物を畳んでいた。


 タオルや靴下、寝巻きにハンカチ。男物のシャツやパンツに混じって、ブラやショーツもある。


 「暁人先輩、割と強面だから怖がられてるんですよ。もっとニッコリ話しかけてあげてください」


 「そんなに顔怖いか、俺?」


 叶さんは楽しそうに家事をこなしている。前回の最後で見たような、不安げで縮こまっているような表情は見られない。


 暁人さんは、無事に叶さんを匿って、共に生活しているようだ。


 「顔が怖いだけで、中身はとっても優しい人だと思いますよ。暁人先輩は」


 「そ、そうか......」


 照れたように暁人さんは顔を逸らす。


 腕の中には小さい赤ちゃん。あやそうと、ゆらゆら揺らしながら様子を伺う。


 「暁人先輩が私を匿ってくれたおかげで、私は無事に知里を産んで、のびのびと育てができているんですよ。ただの後輩の為にここまで出来る人、優しく無いわけがありません」


 「─────────叶と、この子の為だ」


 「はい。暁人先輩は私と知里の恩人です。この恩は、一生忘れません」


 叶さんは幸せそうなだけでなく、暁人さんの見方も変わっているようだ。うっとりとこちらを見つめている。


 しかし暁人さんには素直に受け取れないだろう。どんな形であれ付き合っていたカップルを無理やり引き剥がし、自分の手元に置いたのだ。


 別れさせるまで二人は想いあっていた。歪んだ形ではあったが、愛し合っていた恋人。それを自分の都合で引き裂いた過去。


 実際に明臣は言っていた。「たぶらかした」「人の女を強奪した」と。


 正義感が強いである暁人さんにとっては、受け入れ難い事実のはず。


 暁人さんは、僕が思っていた通りの事を恐る恐る聞いた。


 「叶は、後悔していないか?」


 叶さんは最初、何の話か分からなかったようで、え?と不思議そうな顔をした。


 しかし暁人さんが、明臣の事だよ、と補足すると意味を理解し、一呼吸おいて答えを返してくれた。


 「そう、ですね。心残りが無い、といえば嘘になりますけど、後悔はしていません」


 「そうか......」


 「それに今、私には暁人先輩がいますから」


 叶さんはきっぱりと答えた。その言葉の意味は、言わずもがなだろう。


 しかし、その後に暁人さんが言葉を続けることはなかった。








 ピロロ。ピロロ。


 近くで着信音が聞こえる。暁人さんは机に置いてあった携帯電話を手に取った。


 アンテナがついていて、閉じられないタイプのガラケーだ。これ、20年くらい前の携帯電話なんじゃないか?


 「叶すまん、仕事の電話だから外すよ。知里をよろしく」


 「よろしく、って、なんだかお父さんみたいですね」


 そんな事を、叶さんは嬉しそうに言う。


 「あー......確かにな」


 暁人さんはバツの悪そうなリアクションをしながら、腕の中の赤ちゃんを叶さんに渡した。


 そして鳴りっぱなしの携帯電話を持って部屋の外へ出た。


 通話開始のボタンを押し、耳に当てる。


 「もしもし、桜井です」






 ─────────もしもし、鳴海探偵事務所の鳴海ですが、ストーカー調査の件で進展があったのでご連絡致しました。

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