第19話 憎悪と願いⅤ

 目を覚ますと今度はファミレスの店内にいた。


 対面には神妙な面持ちで座っている叶さん。


 あまり良い話をしているような状況とは言えなさそうだ。


 「それで、どうしたんだ?浮かれない顔だけど、何かあったのか?」


 口元から声が聞こえる。声質的に前回と同じ人物の声と見ていいだろう。


 目を覚ます前の出来事から考えても、僕はどうやら、この暁人という男性の目線から夢を見ているようだ。


 「今日は暁人先輩に相談があって......」


 「明臣の、ことか?」


 「.....うん」


 「そうか。にしても、しばらくは上手くいっていたじゃんか」


 上手くいっていた、という言い回しから推測するに、叶さんと、明臣という男は付き合っているのだろう。


 叶さんは、言い出しにくそうながらも、一呼吸置いてから口を開いた。


 「暁人先輩が大学を卒業してサークルに来なくなった途端、明臣君の様子がおかしくなったんです」


 ウエイトレスが飲み物を運んできた。こちらはアイスコーヒー。叶さんはホットココアを頼んだようだ。


 これから話す内容は、おそらく言いふらされて良いものではない。


 ガムシロップを置きウエイトレスが立ち去ったのを見て、暁人さんは会話を再開した。


 「なんで俺がいなくなって明臣の態度が変わるんだよ?」


 「.....それは、私にも分からないです」


 叶さんは俯いて首を横に振った。声色は今にも泣き出してしまいそうなほどに震えている。


 「で、明臣はどう変わったんだ?冷たくなったってことか?」


「────────暴力を、振るってくる、んです」








 事情を聞くところ、叶さんは自分の優柔不断な態度のせいで、彼氏である明臣から暴力を受けているそうだ。


 暴力を受けている理由は叶さんの主観であるため確かではないが、付き合っているにもかかわらず暴力を振るわれているのは只事ではないだろう。


 「叶、それはDVってやつじゃないのか?」


 「そんなんじゃないと思います!だって私が悪いんですから......」


 食い気味に否定された。


 完全にDVを受ける側の思考に囚われてしまっているようだ。


 DVを受ける側は、自分の身に起こっていることが正しく理解できずに、DVを受けている事実を認めたくない、自分が選んだ相手を否定されたくない、という心情が働いていることが多いらしい。


 「でも好きな相手を殴るなんておかしいよ」


 「そうなのかもしれません...でも、私が直せば良くなる問題だと思うんです」


 であれば、なぜ叶さんは暁人さんにDVを受けていることを相談したのだろう。


 深層心理では、暁人さんに助けて欲しいという気持ちがあるのではないか......?


 「直すったって、明臣が叶に暴力を振るう理由は、叶が原因にあるのは確かなのか?例えば、明臣が外的なストレスを抱えていて、叶を殴ることで解消しているのであれば、叶がいくら変わったところで明臣はDVを続けるぞ」


 「明臣君は、明臣君は絶対にそんなことしない......!」


 叶さんは懇願するようにこちらに訴えかけてきた。





 まるで、現実から目を背けるように。


 そうであって欲しいと願うように。





 こんな状態では、何を言っても耳を貸さないだろう。


 叶さんの言動はめちゃくちゃだ。暁人さんに相談したかと思えば、相談内容は自分の内側で完結しており、こちらに回答を求めていない。


 「叶の状況はなんとなく分かったが、やはり暴力を振われるんだったら、一旦距離を置いた方がいいんじゃないか?」


 「私は明臣君から離れたくないし、見捨てられたくないです...好きだから...」


 「そうか。それなら、俺からできることは無さそうだな」





 「───────!!」






 暁人さんが突き放す言葉を口にすると、叶さんは目を見開いて何か気づいたからのようにこちらを見つめた。


 相談に呼び出しておいて、相談する気もないような内容だったことに気づいたのだろうか。


 手遅れだ。


 「ごめんなさい、暁人先輩。私───────」


 「いいよいいよ、気にしなくていい。話をしてくれただけ嬉しかったよ」


 あくまで暁人さんは優しく接した。聖人だなこの人。


 「まあ、耐えきれなくなったり、怖い思いをしたらいつでも連絡してくれ。もう俺は大学を卒業しちゃったけど、ずっと叶の先輩だからな。俺を頼ってくれ」


 「ほんとですか...!ありがとうございます、暁人先輩......」


 叶さんは目元から溢れる涙を押さえながら暁人さんに感謝を伝えた。







 しかし、全く状況は改善されていないだろう。


 お先は真っ暗。


 この状況のまま、叶さんに幸せな未来が訪れるとは、到底思えなかった───────

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