第17話 憎悪と願いⅢ




 「暁人を殺せ」





 「────────────!!」


 それを耳にした瞬間、僕の全身に電撃が走った。


 激痛。衝撃。刹那。


 僕は声をあげることもできなかった。あまりにも瞬間の出来事。


 灼熱。暴風。極寒。


 今までの人生で体感したことのない地獄が、身体の内側で荒れ狂う。




 「いっ────────っ────────!!」




 しかし、痛みは一瞬で消え失せた。


 その代わり、身体に感覚は残っていなかった。


 地面を踏み締める感覚。夏の暑さ。扇風機の風。衣服との布擦れ。


 全て、感じられない。


 それは手の先から指の先まで。


 痺れに近いか?いや、痺れを感じることさえ難しい。


 ただ意識はある。音も聞こえる。視線は...コントロールできない。


 足は?手は?





 ────動かない。





 僕はパニックになった。


 金縛りとは何かが違う。今僕は立っている。視界ははっきりしている。


 なのに、どれだけ手足に動作の動きを想像してもびくともしない。


 今は侵入者を止めなければならない。


 苦しんでいる陽香さんを助けなければならない。


 思いが先行すればするほど、思いと身体が解離し、パニックに陥っていく。






 .....そして、僕の意思とは全く違う次元で、筋繊維が収縮した。




 ぴりぴり。


 ぴりぴり。




 侵入者に攻撃を試みたはずの身体は、静かに暁人さんの方向に向かう。


 身体の部位が動くために、何か電気を帯びたような震えを感じる。


 接骨院で強めの電気治療を受けている時と同じような感覚だ。


 ただし、あれよりは明らかに動作が大きく、作為的なもの。




 ぴくぴく。


 ぎしぎし。




 僕は今、自分の意識で自分自身の身体を動かすことができない。


 嫌な予感がする。いや、おおかた合っているだろう。


 侵入者の命じた通りにこの身体は動いている。


 洗脳の類いか?生憎オカルトチックな事象は信じない主義だ。


 浅田さんの眼の能力は?...オカルトチックだ。


 とすると、ありえないことでは無いということか。


 まあいずれにせよ、この状態で僕にできることは皆無に等しいだろう。





 視界ははっきりしている。


 侵入者から遠ざかり、暁人さんに近づいている。


 あと数歩で手が届く。


 その前に、足元に落ちていた壺のカケラの中から、切れ味が良さそうなものを見繕って拾い上げた。


 目線の動きも実に自然だった。より殺傷能力が高そうな得物を探すために動いていたのだ。




 止めなければならない。


 しかし、どれだけ手足に命令を送っても、全く言うことを聞いてくれない。


 だめだ。この行動を止めることはできない。暁人さんの首を得物で掻き切るまで、自分の動きを止めることはできない。


 ────ではどうすればいい?


 暁人さんに避けてもらわなければならない。逃げてもらわなければならない。


 その旨を暁人さんに伝えなければならない。



 

 僕は最後の望みを託して、口に意識を集中した。


 舌を回し、声帯を震わせようとした。


 「────a────っあ────────」


 手足よりは言うことを聞いた。ただ、全く力が入った気がしない。


 顎の筋肉からも感覚が消え失せている。まともに発声することができない。








 ついに暁人さんの眼前に到着した。


 暁人さんは壺が直撃した右足と踏みつけられた右腕を負傷している。


 僕が迫る間に身体を起こしたようだが、立ち上がることはできないだろう。


 僕は無言で、暁人さんの首に得物を突き立てた。




 「ぐっ────このっ────」


 しかし、暁人さんは諦めてはいなかった。


 左手で獲物を持っている方の手を掴み、負傷している右手で僕の左手を押さえ込んだ。


 僕はひ弱な体型をしているが暁人さんは高身長でガッチリしている。明確に体重の差、力の差がある。


 暁人さんが負傷しているために、僕と暁人さんの力は拮抗した。


 「チッ、どいつもこいつも......」


 後ろからは侵入者の舌打ちが聞こえる。


 意識上で僕は安堵していた。人殺しになるのはごめんだし、何よりこの侵入者の思惑通りに行くなんて気に食わなかった。







 すると、侵入者は重ねて命令を発した。


 「首を刺せ!」


 恐れていたことだった。再度、全身に稲妻が走る。




 バチッ────────




 「づっ!!」


 身体中の細胞が破壊される。神経という神経が溶けるほど熱を持っている。


 そう錯覚するほどの痛みと共に、僕の身体のコントロールは重ねて奪われていく。


 僕の右手は、さらに力をかけて暁人さんの首元へ。


 得物の鋭利な矛先は、直角に暁人さんの皮膚に突き立てられようとしていた。


 「柊────くんっ────!」


 あと数ミリだ。数ミリで暁人さんの皮膚は切り裂かれる。


 僕の知らない、首に得物を刺し穿つために最も効率のいい力の掛け方。


 戸惑いの一切ない、愚直かつ必殺の行動。


 僕はひたすら人殺しの恐怖に、親しい人を傷つける恐怖に震えていた。






 ついに、得物が暁人さんの首の皮膚に触れる。


 少し押し込んだあと、ぷつっと先端がめり込み、血が一筋。


 鮮やかな朱を目にした瞬間、僕の意識はホワイトアウトした────────

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