第14話 秘密基地Ⅲ

 懐かしい記憶は遠くに。それでも色褪せることなく網膜に焼きついている。


 手繰り寄せることは容易い。ただし覚悟が必要だ。


 自分の振り返りは、自分自身を傷つけることも勇気づけることもあるだろう。だがそれは問題ではない。


 すべては、これからどうするべきか。より良き未来の為に活かす。


 それを意識することで、人生はもう一歩前に進む気がするから────







 「健くん。健くんが秘密基地のみんなに声をかけられないのは、もし仲間に入れてもらえなかったらどうしよう、っていう気持ちがあるんじゃないかな?」


 自分の幼少期の振り返りをして、勇気について結論が出た僕は、健くんの深層の気持ちを確かめる為に問いかけてみた。


 「そんなダサいこと、考えてるわけ...」


 ない、と言い切れないのか、途中で黙り込んでしまった。不安そうな表情が健くんの心の内を示している。


 「たぶん、今健くんはものすごく不安だと思う。だから話しかける勇気が出せないと思うんだ」


 「うん...」


 「今の健くんに必要なのは、失敗を怖がらない、ということなんだよ」


 「じゃあ、失敗を怖がらない為にはどうすればいいの?」


 ────確かに。詰めが甘かった。僕はそこまで考えていない。


 子供というのはこういう所がいい。純粋で興味にあふれている。分からないことだらけだからこそ、無邪気に質問して、無限に吸収できる。


 素直に羨ましい、と思った。


 「うーん、失敗しても何とかなる、と思えればいいんじゃないかな」


 「どうやって?」


 「例えば、健くんが秘密基地のみんなの仲間に入れてもらえなかったとしても、健くんは死ぬわけじゃないし、他にも友達は沢山いるでしょ?」


 「うん、まあ...」


 「だから、たとえ失敗しちゃっても、健くんはへっちゃらなんだよ」 


 我ながら無茶苦茶な理論だとは思う。でも、健くんの不安を取り除き、勇気を出してもらうにはこれがいいだろう。


 「そう言われてみればそうかも」


 「そうそう。ダメ元って意識で声をかけてみればいいんだよ」


 そう言うと、健くんの表情はもう不安げなものでは無くなっていた。


 いささかゴリ押しではあったが、健くんの勇気を出すことに成功したようだ。








 ふと時計に目を向けると、休憩時間の終わりが迫っていることに気づいた。仕事を始めよう。


 健くんに「いってきます」と声をかけ、事務所を後にする。


 その後しばらくして、陽香さんが帰る時、いっしょに健くんも帰っていった。


 僕が健くんに目線を送ると、健くんはサムズアップ。なんとも生意気な反応だが、僕は全く悪い気がしなかった。


 「深井くんって結構面倒見がいいんだね」


 健くんを見送っていると浅田さんから声がかかった。


 「そうですかね?人並みだと思いますけど」


 「だって健くん、深井くんにすごく心を開いてるようだったから」


 ────そうか。浅田さんは人の心を読み取ることができるんだった。


 浅田さんは眼の手術を受けてから不思議な力を持つようになったけど、周囲に怖がられることを恐れてあまり口には出さないようにしているらしい。


 ただ、事情を知っている僕には感じた事を率直に話してくれていた。


 なんか嬉しい。


 「相談に乗った甲斐があったかもですね」


 「いいお兄ちゃんだね、深井くん」


 なんか子供扱いされた気は否めないが、浅井さんはすごく和やか顔つきでニコニコしていたので、甘んじて誉め言葉と受け取っておくことにした。


 僕は、健くんが勇気にあふれた子に成長してくれたらいいなと、親でもないのに親心に浸りながら、溜まっている仕事を再開した。







 夕暮れに、勇ましい顔つきの男の子の未来は輝いて映った。


 今の僕には、ただただ眩しかった────

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