第13話 秘密基地Ⅱ
子供時代の思い出は、どれもパッとしないものだった。
他人に対して興味が持てない僕は、もちろん友達が多い方ではなく、友人関係が長続きすることもなかった。
そのくせ依存気質で、数少ない友達に執着しては、他の人と遊んでいることに嫉妬する。
何より、僕はどうしようもないくらいに、臆病だった────
暑い日差しが肌を照りつける。アスファルトは日光を吸収し、サンダル越しにも熱さが伝わってくる。
セミの合唱は轟々と田舎町に木霊し、田んぼの緑は一層色濃く目に焼き付く。
僕は自宅から「秘密基地」へ、徒歩で向かっている。
今日は夏休み何日目だろう。パッと思い出せないほど、ぬるくて変わり映えのしない日々が続いていた。
ラジオ体操をして、テレビをゴロゴロしながら見て、友達に置いていかれないようにゲームを進めて、気が向いたら夏休みの宿題をやる。
そして今日みたいに、誘われたら遊びにいく。いつものことだ。
「おす」
「お、きたか柊!今日もモケモンやろうぜー」
先に秘密基地にきていたのは
「ここ進まないんだけどどうやってやるの?」
「ここはサカムキシティに行ってジュツマシンをゲットしないと通れないんだよ」
「そうなんだ。さんきゅ」
ゲームのことを聞くと、得意げに答えてくれる。知らない事があるとムキになる負けず嫌いだが、いい奴だ。
すると、丸坊主頭にかなり肌の焼けた少年が慌しく入ってきた。僕にぶつかる勢いで腰をかける。
「なんだよオメーらもういたのか!混ぜろよ、バトルしようぜ」
「痛い痛い、詰めすぎだって」
「うるせ、おらおら」
この、いかにもヤンチャそうなのは
「3人じゃ中途半端だから
「お、そういえばそうだな。それまでこれでも読んでるか」
そう言って恭介が鞄から取り出したのは1冊のエッチな本。どこかから拾ってきたのだろう、泥で汚れている。
「ちょ、おま。それどこで拾ってきたんだよ」
和弘が食いついた。
「家の裏のドブに落ちてたんだよ。いいだろー」
「マジかよ。早く見せろよ」
「待て待て、ふにゃふにゃだからちょっと乾かさないと」
忠告も聞かず和弘は表紙をベロっとめくったところ、水分を吸ってふやけた雑誌の紙は簡単に破れてしまった。
「あーあ」
「馬鹿野郎、どうしてくれんだよこれ」
「わりっ!すまんすまん」
恭介が和弘をバシバシ叩いていると、最後の一人が顔を出した。晴哉だ。
「ごめんよ、遅くなった」
「100年待ったぞ晴哉!早くモケモンバトルしよーぜ」
「電源つけるから待ってて。あと親がお菓子持ってけって」
そう言って晴哉はボロボロの机の上にお菓子をぶちまけた。なんだか高そうなものばかりだ。羊羹とか水まんじゅうとかある。
「なんでお前ん家のお菓子はこう豪華なんだよ。まあ、さすが金持ちなだけあるな」
「それほどでもないと思うけどね」
晴哉は謙遜しているが、実際に晴哉の家は田舎の中では金持ちに入るだろう。
敷地は一般の戸建て一軒家の4倍くらいあり、塀は武家屋敷を思わせ、庭には鯉が泳いでいる。
今いるこの秘密基地が建っている土地も晴哉の家のものだ。だからこそ堂々と好き勝手に遊んでいられるのもある。
「よし、じゃあ始めようか!通信開始するね」
和弘がバトル開始の発破をかけた。みんな一斉に携帯ゲームを手に取り準備する。
これが僕達の日常だ。
この時は、こんな時間が永遠に続くんじゃないか、そう思えるほどに、何の変哲もない日々が続いていたんだ。
ある日、和弘と恭介が言い争いを始めた。今考えたらしょうもない、ゲーム中での些細な出来事がきっかけだった。
「お前それはないだろ!卑怯だぞ」
「これの何がおかしいんだよ!?実際できるんだからいいだろうが!」
ほんの小さな火種は瞬く間に燃え上がり、口喧嘩は収まるどころかお互いの悪口にまで発展していた。
「腹黒クソ野郎が!」
「ガリ勉メガネオタクのくせに!』
まあ小学生らしい罵り合いだ。しかし当時の僕達からしたら、ここまで喧嘩が酷くなることは今まで無かった。
大体揉め事が起きた場合は、温和な性格の晴哉が場を収めてくれるのだが、タイミングが悪く、たまたま今日は秘密基地に顔を出していなかった。
ある程度争いが拮抗してくると、その場で気まずそうに知らんぷりしていた僕に話題が振られた。
「大体、柊は何で黙ってんだよ。何とか言えよ」
「何とかって言われても...」
和弘も負けじと僕に訴えかけてくる。
「そうだよ、柊はどっちの味方をするんだよ」
「そ、それは...」
僕は言い淀んだ。ここでどちらかの味方をしたら、もう一方には嫌われてしまうだろう。
しかも喧嘩の雰囲気がいつもと違って深刻だ。下手なことを言ったら冗談で済まされなさそうだ。
黙っていても事態は好転しないので、僕は当たり障りのない言葉で誤魔化そうとした。
「け、喧嘩は良くないって。仲良くしようよ」
「は!?柊、今聞いてただろ俺たちの話。おかしいと思わないのかよ」
「おかしいのはお前だろ和弘!柊もそっち側なのかよ」
効果は無かった。むしろ悪い方向に進んだ。
僕は結局、どちらの味方もせず、あやふやな立場を貫いた。
結果、和弘には失望された。恭介は、僕がはっきり意見を言わないことに対してイライラしていた。
それも当然だ。
非が恭介にあることを、僕は分かっていたのだから────
それから僕達は和解することなく離れていった。ことあるごとに集まっていた秘密基地にも一切顔を出さなくなった。
学校で会ってもお互いに話しかけることなくスルー。最初は周囲で噂になったが、それも時間の経過により風化していった。
晴哉は、そんな僕達の様子を見て、各々に事情を聞いたようだ。そして最終的に、僕のことを責め立ててきた。
「あの時お前が和弘が正しいとはっきり言わなかったから、俺達はバラバラになってしまったんだ!」
温和な晴哉がここまで声を荒げるのを、僕は初めて見た。
僕はぐうの音も出ない。実際その通りだと自分でも思っていた。だから何も言い返せない。
さらに晴哉はこんなことまで言い出した。
「俺は友達関係が上手くいかないことは無かったし、身の回りの人達がケンカをすることは一度も見た事が無かった。なのにあの一件があってからトラブルばかりなんだ。お前といると、今後もこんな事が起きる気がする。だから俺にはこれから一切近づかないでくれ」
衝撃だった。確かに晴哉の周りでいざこざが起きていたことを見た事がない。
だが今回の一件でそれは崩れてしまった。いつも仲が良かった僕達の不仲で、晴哉の交友関係にも影響があったのだろうか。
────僕は一人取り残された。僕に残った感情は嫌われたくないというものだった。既に手遅れだが、どうしようもなく心の奥底に突き刺さって取れなかった。
それから僕は人に嫌われることを極端に恐れるようになった。
僕の立ち回りは全員に味方する行動であり、それは同時に全員を敵にすることでもあった。
そして、自分から新たな友達を作ったりグループに入ることもできなくなった。
嫌われることを恐れるが故に、失敗することを恐れるが故に、身動きが取れなくなってしまったのである。
僕はそれを「声を掛ける勇気がないから」という理由で、真の原因から逃げた。
────そう。勇気を出せない原因は、失敗を恐れているからだ。
嫌われる事を怖がっていては人に接することはできない。
失敗することを怖がっていては物事に挑戦することはできない。
それを僕は、人生を通して思い知ったのだ────
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