第11話 日向Ⅲ

 僕は自分のことを現実主義者だと思っている。


 神様から、幽霊や仏の類まで、目に見えないものは一切信じていない。また、占いや風水といったものも信用していない。


 それは、それらに助けられたことが一切無かったからだ。


 幾ら見えないものに、現実に干渉できないものに願ったところで、自分の状況は何も変わらない。


 あれらは詐欺師のビジネスとさえ思っている。我ながら捻くれた人間だな、と感じながらも、その考えが覆されることは無かった。







 「深井さんは昨日のテレビ見ましたー?」


 ここのコンビニの看板娘(ちっさい方)である明石日奈多あかしひなたは、店内に客がいないことを確認すると、早速僕に話しかけてきた。


 なんともおしゃべりな女の子である。この店のメンバーの中では、マネージャーの桜井陽香さくらいはるかさんとトップを争うほどおしゃべりだ。


 「なんの番組?」


 「『ありすぎ都市伝説』ですよ、決まってるじゃないですか」


 ────いや、決まっているのはおかしいが。知らないし。


 まあ明石さんの中では当たり前になっている理由は分かる。明石さんは心霊現象や都市伝説みたいな、オカルトの話が大好きなのだ。


 「いやあ、いつもに増して面白かったですよ昨日は。なんてったって『世界を支配する究極の法則』についての回でしたからね!」


 ありすぎ都市伝説という番組はここ最近で一番盛り上がっているオカルト番組だ。何より、ミスター都市伝説と言われる髭面の胡散臭い芸人が目玉で、決め台詞はとても有名だ。


 「世界を支配する、法則かあ...」


 「そうなんですよ!あの世界的慈善団体『ミューズ』の経典の内容が、世界を支配している法則の内容に沿っているらしいんです!」


 「そ、そうなんだ」


 明石さんはかなり食い気味で力説してくる。顔が近い。そもそも慈善団体に経典があるってどういうことだ?


 僕は一旦距離をとって、番組の内容について聞いてみてあげた。


 「それで、その法則ってのは一体どんな内容なの?」


 「えーと、なんでも『人間には人間種としての集合意識が存在する』って」


 「それが世界を支配している、と」


 「らしいです!アタシはよく分かんないんですけどね」


 いや、わかってないんかい。思わず心の中でツッコミを入れてしまった。


 「ほんとそういう話好きだよね、明石さん」


 「そりゃもうそうですよ。だってワクワクするじゃないですか!」


 知的好奇心の塊みたいな女の子だ。


 僕は話題に特に興味も持たず、お菓子棚の品出しに向かった。







 一通り溜まった仕事を終わらせて、レジでぼけーっとしている明石さんに声をかけた。例の話について、浅田さんにも相談聞いてもらったし、伝えてあげないと。


 「そういえば、明石さんは告られた男子に何かもらったりした?」


 「とっ、唐突にどうしたんです?」


 突然声をかけたからか、聞き方の問題なのか、明石さんは若干驚いた表情でこちらに振り向いた。


 「こないだの話の続き。どうして男子に下心を持たれちゃうのかなって」


 「あー、その話ですか。もらったもの...」


 しばらく体の前で腕を組んで、記憶を手繰り寄せる明石さん。思いついたのか、目をまん丸にして「あ」と呟いた。


 「そういえば、誕プレ貰ってました」


 「それは告られる前?」


 告られる前にプレゼントを貰っていればビンゴだろう。

 

 やはり、明石さんは何かに気づいたように首を縦に振った。


 「そっか。じゃあそれだね」


 「こ、これが原因なんですか?」


 「うん。浅田さんに聞いたんだけど、明石さんはから、プレゼントをもらった明石さんの喜びっぷりに、純粋な男子諸君が心を打たれたんじゃないかなって」


 「感謝の、仕方?アタシそんなに喜んで見えてるんですかね?」


 「みんなからはそう見えてるみたい。明石さんに感謝してもらえると、誰もが何故か特別嬉しい気持ちになるそうだよ」


 ほー、と明石さんは関心した。どうやら、やっぱり本人に自覚は無かったのだろう。それはそれですごいが。感謝の気持ちを最大限に表現できるのは、とても良いことだし羨ましいと思う。


 「なるほど...。じゃあアタシはどうすればいいんでしょうかね?物をもらっても喜ばないようにすればいいんでしょうか?」


 「いや、さすがに無反応は相手が可哀想だから喜んであげてもいいと思う。ただまあ、喜び方を程々にするように意識すればいいって感じかな」


 「喜び方を、意識...」


 「そう。感謝の気持ちは大事だけど、その伝え方を控え目にすれば、男子も勘違いしないようになるよ。きっと」


 すると、明石さんは笑顔をパアッと輝かせて、食い気味に僕に迫った。


 「アタシのことを深井さんがそこまで考えてくれてるとは思ってなかった!ありがとう深井さん!アタシ、すっごく嬉しいかも」


 トンデモ至近距離で明石さんに見つめられながら、どストレートの感謝表明をされた僕は、思わずキュンとしてしまった。


 そういうところだよ明石さん......


 矯正には時間がかかりそうだな、と思いながら、明石さんの満面の笑みから顔を背ける僕だった。








 今日もまた日が暮れる。


 田舎町は仕事を終えた人々で賑わっている。仕事で疲れたサラリーマン、近所の工場で働くパートのおばさん、部活帰りの学生、のびのび生きるお年寄り。どんな人も、大自然の緑が、豊かな大地が包んでくれる。


 そんな日常の中で、「感謝」という行為がこんなにもキラキラ輝いて見えるものなんだって、気づかされた。


 何かを与え合い、認め合うことで、人生はこんなにも楽しく、幸せになる。ラブアンドピース。


 何もない毎日が彩られていく。今までの人生で感じたことのない感情に、僕は満たされている。これは気持ちよく寝付けそうだ。


 今日もまた日が暮れる。


 ────明石さんが銀色の十字架を首から下げた黒づくめの男を接客していたことに僕が気づかなかったこと以外は、全くもって平和な1日が終わろうとしている。

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