第10話 日向Ⅱ

 いよいよ夏が近づいてきて、田舎の緑はその色濃さを増してきている。


 じりじりと照りつける太陽は、アスファルトの温度を上昇させ、遠くの道路は陽炎によってぐにゃりと歪んでいた。


 タイヤも十分すぎるほど温まっちゃって、僕の車は今日も意気揚々とバイト先に向かっていた。






 「あれからどうだったんですか?」


 一通り仕事が落ち着いて、お客も居なくなったタイミングで、僕は浅田さんに話しかけた。


 今日は浅田さんから相談を受けたあの日以来、初めてのシフト被りだった。 


 「どう、っていうのは、想太さんのことかな?」


 「そうです。バイトのみんなからは、付き合い始めたって聞きましたけど」


 「ほんと、ここのコンビニって情報ガバガバだよね、もう」


 浅田さんは困った顔をしながらも、満更でもない様子だった。


 「そうね。あの後、想太さんとシフト入った後に告白されて、私達は付き合ってる」


 「やっぱりそうなんですね、おめでとうございます」


 「めでたい、のかな?まあ想太さんにとってはめでたいのかも?」


 「あんなに浅田さんのことが好きな様子でしたからね」


 「────そうね」


 あまり晴れた心境ではなさそうだな、と感じた。


 普通、「付き合ってるだろー」と釘を刺されると、ちょっと照れるなり惚気るなりしてもいいはずだ。


 だが、浅田さんからそんな様子は感じられなかった。表に出していないだけかもしれないが、それにしても、どこか他人事の様な口ぶりをしている気がする。


 「デートとかは、まだ行ってないんですか?」


 「今度の週末に、水族館に行こうって誘われてるよ。シフト開けちゃうけど、ごめんね」


 「いえいえ、せっかく初デートですし、パーっと楽しんできて下さい!」


 「ありがとう、そうするね」


 浅田さんは綺麗なクリアグレージュの髪を耳にかけ、どこか憂いを帯びた表情で、店の窓から覗く山の緑を眺めていた。


 ────僕には、浅田さんがデートを楽しみにしている様には、どうしても見えなかった。


 





 「そういえば、今日は日奈多ちゃんと陸くんがデートに行ってるみたいよ」


 「えっ、はあ!?」


 店の中なのに、思わず大きい声でリアクションしてしまった。あの二人がデートだって?


 「普段は口喧嘩ばっかりしてるけど、なんだかんだ仲良いよね、彼女達」


 「え、デートって何ですか、付き合ってるんですかあいつら」


 「ごめん、盛っちゃった。ただ単に放課後一緒に遊びに出かけているだけみたいよ」


 「なんだ、びっくりさせないで下さいよ...」


 浅田さんは意地悪な笑みを浮かべた。Sっ気を帯びた目線に、思わず心臓が高鳴った。


 それにしてもそうか、二人で遊びに行ってるだけか。なーんだ。






 ────あれ?それってデートでは?






 「それにしても、明石さんって不思議ですよね。何だってあんなに異性が周りに集まるんでしょうね?」


 「確かに...」


 浅田さんは少し考え込む様子を見せた後、口を開いた。


 「たぶん、日奈多ちゃんはがものすっごく上手いんだと思う」


 「喜びかた、ですか。何か思い当たることがあったんですか?」


 「前に私が九州に旅行に行った帰りにお土産を持って行ったことがあってね。そしたら日奈多ちゃん、もう跳んで喜んでくれて、あの可愛い顔で、満面の笑みで、あざます!めちゃ嬉しい!って。同性の私でも惚れちゃいそうだったよ」


 クスクス笑いながら、楽しそうにエピソードを語る浅田さん。


 なるほど。明石さんは感謝することが上手くて、何かしてあげて感謝された男子達がこぞって心を奪われた訳か。


 「実際、コンビニまで日奈多ちゃんに届け物を持ってくる男子は全員、帰る時には恋した目をしていたね。間違いない」


 どこからその自信が出るのか、浅田さんは明石さんがモテる秘訣の考察をする。自分が付き合い始めたことの話題とは比べ物にならないほど楽しそうだ。


 「でも浅田さんも同じだと思いますよ。前にコンタクト探し当てた時とか、ほら、そんな感じだったし」


 自分で言い出しておきながら、少し照れてしまった。


 それに対して、浅田さんは不思議そうな表情をして首を傾げた。


 「へ?普通にお礼しただけだけどなあ...」


 ────そういうところですよ、浅田さん。


 「浅田さんは人付き合い上手いですし、そういう感情表現も上手くて素敵だと思いますよ」


 「そうかなあ。でも、私は元々こんなに人と喋る方じゃなかったんだよね」


 ほう、それは意外だ。無口な浅田さんはあまり想像出来ない。


 「何かきっかけがあったんですか?」


 「それはね、新しいか────」







 途中まで言いかけて、突然はっとした浅田さんは口を噤んだ。





 か......?






 「ううん、やっぱ思い出せない。いつの間にか、かな」


 明らかに様子がおかしかったが、言いにくい事情があるのだと思ったのでこれ以上は言及しなかった。










 日は暮れていく。昼間にギラギラと照り付けていた太陽も、夜になれば身を隠してしまう。


 真実も嘘も、人の気持ちも表情も、全て暗闇に飲み込まれていく。


 浅田さんは人の心が読み取れると言った。僕には浅田さんの心が全く読み取れない。


 表面的な表情は読み取れても、それがどんな心を持って発現したものかなんて、本人にしか読み取れない。


 ────そして、僕が浅田さんに強い興味関心を抱いた時、浅田さんが少し顔を顰めていた意味を、この時の僕は思い違えていた。

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