3章 日向

第9話 日向Ⅰ

 人には、日の目を見る人とそうでない人の2種類がいると思う。


 僕は後者だろう。何より僕自身が、あまり目立ちたがり屋ではない。人間的に魅力があるかと言われても微妙だ。


 どうして、日の目を見る人は、当たり前のように周囲に好かれ、当たり前のように表舞台に躍り出て、いつもキラキラしているんだろう。


 生まれた星の元に役割が決められているのであれば、神様は残酷だ。






 日曜日のお店は盛況している。近くの山にバーベキュー場があり、シーズンになると買い出しに多くのお客さんが押し寄せるのだ。


 しかも今日は快晴。アウトドアマン達や家族連れで、駐車場から車が絶えることは無さそうだ。


 「Wポテトが2倍になっておりまーす!いかがでしょうかー」


 「いかがでしょうかー」


 マネージャーである陽香さんが威勢よく掛け声を上げると、それに若衆2人も続いた。高校生組の明石さんと畑中くんである。


 かき入れ時なのでみんな気合いが入っている。と言ってもピリピリしている訳ではなく、ここのメンバーならではの和気藹々とした雰囲気は変わらない。


 「今日は忙しいですね」


 「期間限定でポテトが2倍になるとこんなもんよ。近所のガソリンスタンドとコラボしてて、あっちで割引券が出るのよ」


 陽香さんは忙しなくポテトの在庫を冷凍庫から引っ張り出しては揚げていく。


 「だからWポテト目当てのお客さんが多いんですね」


 「そうよ。あー、暑いったらありゃしない」


 かなりの量のポテトを揚げているのもあるが、レジと厨房を行ったり来たりひっきりなしなので、そりゃ暑くなる。


 陽香さんは少し汗をかいていた。うなじに滴る汗が、どこか色っぽい。


 すると、レジからひょっこり明石さんが顔を出した。


 「まねじゃー、Wポテト3つ!」


 「はあーい」


 まねじゃー、なんて気の抜けた呼ばれ方に応じる様に、気の抜けた返答をしてポテトを揚げ始めた。まあ誰に対しても同じ感じだが。


 もう片方のレジに立っている畑中くんからもオーダーが入ってくる。


 「深井さん、バニラ2つ、カップで!日奈多じゃま」


 「あんたがどきなさいよーもー」


 ときたま明石さんと畑中くんの小競り合いが起きる。「ふんっ」と両者そっぽを向いてレジに戻っていった。


 「バニラ2つカップねー、おけ」


 と、僕も雰囲気に沿った、気の抜けた返答を返して、ソフトクリームを巻き始める。


 これでもふざけたり弛んでいる認識はないのだ。


 ごくごく当たり前な、我がコンビニ店員の日常風景である。






 15時のおやつどきが終わり、店内の賑わいも落ち着いてくると、おしゃべりタイムを待ちわびていたかの様に明石さんが声をかけてきた。


 「ねえねえ深井さん、そういえば船橋さん達付き合い始めたみたいですよ!」


 前回に浅井さんとシフトに入った後日、船橋さんは浅井さんに告白したらしい。


 「どっから聞いたの?」


 「夜勤の人が告白現場を目撃したらしくて、浅井さんに聞いてみたら、ホントだって!」


 ここの店員の情報はガバガバである。まあ原因は陽香さんにあるのだが、それはまた別の話。


 「いいなー、アタシも青春したい」


 「そう?明石さんは十分青春してる様に見えるけどなあ」


 すると、事務所から畑中くんが出てきた。


 「そうだぞ、お前の周り、男いっぱい居るじゃん」


 「は?いないし!」


 「ウソつくなって、男二人に告られてるくせに」


 

 ────すごいな。モテモテじゃんか



 「あ、あんた何でそんなこと知ってんのよ!」


 明石さんは信じられないものを見る様な目で畑中くんを睨む。


 「俺の情報網舐めるなっての。まあ頑張れよ」


 畑中くんはそう言い残すと、「ウォークインいってきまーす」と言ってそそくさと裏に消えて行ってしまった。






 

 「明石さん、さっきの...」


 「もう!あいつ口軽いんだから!ホントむかつく!」


 明石さんはプリプリ怒っている。なので、もう深く言及しないでおこうと思ったのだが────


 「......まじめそーな深井さんだから相談したいんですけど」


 「う、うん」


「アタシ、いま陸が言ってた通り、同じ高校の男子2人から告られてて困ってるんです。アタシにその気はないのに......」


その気がない、ということは、付き合う気がないということだろうか。何でだろう。


「タイプじゃないとか?」


「うーん、別にブサイクって訳ではないんですけど、どっちもって感じじゃないんですよねー」


それをタイプじゃないと言うのではないだろうか。


 「明石さんはどうしたいの?」


 「付き合うって線はないですね。当たり障りなくお断りしようと思います」


 振る決意はできているようだった。それなら、これは「相談」じゃなくて「愚痴」なのだ。


 「そうなんだ。まあ解決できるみたいでよかっ」


 「全然良くないですよーもー」


 すごく食い気味に反論してきた。問題はどっちと付き合うか、では無かったのか?


 「じゃ、じゃあ、何に困ってるの?」


 「......最近こういうこと多いんです。アタシにその気はないのに、友達として接してた男子が告ってきたり、アタシのこと好きな男子がいるっていう噂が学校で広まってたり」


 まあ明石さんは可愛い方だと思うし、トークも面白い。学校生活を共にする男がその気になるのも不自然ではないだろうが......


 「それはいい事なんじゃない。モテてるって事だし」


 「いや、困りますって。友達でいたいのに告られて振ったら、もう元の雰囲気で話するのとか無理じゃないですか」


 「ま、まあ、それはそうだろうね......」


 人から告られたことがないので、その点は分からない。ただそんなことを話すのも小っ恥ずかしかったので言わないでおいた。


 「アタシなんかしちゃってるのかなー?」




 それから明石さんの現状についての考察会(ほぼ一方的に話されているだけだったが)は特に進捗もアウトプットもなく、今日のシフトは終了した。


 モテない人間からすると、モテるというのは物凄いアドバンテージだと思っていたが、それはそれで大変なんだな、としみじみ感じるのであった。

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