第6話 出勤Ⅳ

 まだ僕は学生だけど、青春っていいなあ、と思う。僕のイメージする青春は、好きな女の子と学校から一緒に下校したり、みんながいない場所に隠れてイチャイチャしたり、休日は買い物デートしたり。


 彼女こそ一度はいたものの、そういうキラキラした、学生ならではの想像していたものとはちょっと違うような、そんな気がしていた。


 何より高校も今いる大学も工業科で、日常にまともに女子がいないのだ。


 日常に出会いがありふれていて、学校で顔を合わせるのが楽しみで、毎日がキラキラしていて。


 ────そんな青春に、僕は心から憧れていたんだ




 「あ!こないだ入ってきた人ですね!おっはようございます!」


 今日は土曜日。大学もないから、昼〜夜勤交代まで長い時間シフトを入れてもらった。働かないに越したことはないが、自立をする為にもお金を稼ぎたい。


 そんな真面目な思考を吹き飛ばすように、目の前の眩しいぐらい元気な女の子は、引いてしまうくらい爽快な笑顔で僕と初対面の挨拶を果たした。


 「お、おはようございます、深井です」


 「あたしは明石日奈多あかしひなたっていいます!よろです!」


 狭い事務所の中では煩いくらいハキハキした自己紹介に、しばらく気圧される僕だった。


 


 彼女は近くの高校に通う、高校3年生だ。身長は150cm前半でちんちくりん。髪は高校生らしく真っ黒。帽子を被る用に後ろに結っている。


 そこに検収を追えたマネージャーの陽香さんが事務所に入ってきた。


 「ひなちゃん、あんた深井くんに迷惑かけたらあかんよ」


 「ちょ、なんでマネジャー。迷惑かける方は新入りの深井くんじゃないのフツー」


 「こんな感じだから、面倒見てあげてね深井くん」


 「は、はあ...」


 陽香さんのことを「マネジャー」なんて聞いたこともない呼び方している明石さんは、「えー」なんて言って膨れっ面をしながら、おちょけた様子の割にはテキパキした動作で制服を羽織り、事務所を出て行った。




 「ねえねえ、深井さんは何かハマってるものとかあるのー?」


 明石さんは手際の良い動作で揚ったポテトを容器に詰めながら、僕に話しかけてきた。


 「うーん、最近は歌うのが好きかな」


 「え、そうなんだ!なんか意外。じゃあじゃあ、今度いっしょにカラオケいこーよ!」


 「いいけど、同じバイトで、なかなか休み合わなくない?」


 「何とかなるって、マネジャーは優しいからね!」


 「...誰が優しいって?」


 振り返ると、陽香さんが検収用の端末を持って立っていた。


 「げっ」


 「あんたねー、喋ってばかりいないで働きなさいっての」


 陽香さんは明石さんを呆れた目でジトっと見つめながら、まるで母親のような口調で咎めた。


 「そんな事ないよマネジャー、見て見て、ポテト揚げてたもんあたし」


 「えらいえらい、じゃあちゃっちゃと並べる」


 「はあーい」


 気の抜けた、それでもお互い仲がいいんだなって思える会話だった。年こそ二回りほど離れている両者だったが、それこそ友達のような関係に見えた。




 出勤から2時間経って、今度は短髪でチャラそうな男の子が出勤してきた。忙しい時間帯や土日は、こうして3人体制になることがある。


 「初めまして、俺、畑中陸はたなかりくっていいます。よろしくお願いします!」


 高校の制服をワルぶった感じで着崩した格好をしている割には真面目な挨拶だ。いかにも活発に遊んでそうな雰囲気。それでも目線は真っ直ぐで、何よりイケメンだった。可愛い系イケメンと例えれば伝わりやすいだろうか。


 「こちらこそ。畑中くんは明石さんと同い年?」


 「いえ、俺はこいつの一個下です」


 ......年下だけど「こいつ」って言うのか。まあ明石さんの性格を見ていれば、年齢の上下なんて関係なくなっちゃいそうだが。


 あと考えられる一つの可能性として。


 「もしかして、畑中くんは明石さんと付き合ってる、とか?」


 瞬間、両者は顔を一瞬見合わせると、くわっと僕に向かって振り向き────


 「「だれがこんな奴と!」」


 なんて中のいいシンクロを見せてくれた。


 「そ、そうなんだ。でも、仲がいいんだね」


 「これは犬猿の仲って言うんですよ!深井さん。コイツはあたしにひたすら酷いコト言ってくるんですから」


 「仕方ないだろ、本当にちんちくりんの幼児体型なんだから」


 「はあーっ!?あんたこそ遊び人の女ったらしのくせに!」


 まるで猫とネズミが仲良く喧嘩するアニメを見ているかのようだ。僕は生暖かい笑顔で見守っていた。


 「ちょっとー!すみません!」


 「あっ!?はい、今すぐ!」


 あまりに白熱しすぎて、レジにお客さんが来たことに気づいていなかったようだ。僕も気づかなかったのは悪いが。


 さっきとの態度は打って変わって、明石さんが率先してレジへと向かった。




 「深井さんはどうです?このお店慣れてきました?」


 僕より2つ年下のくせに、畑中くんはえらく頼り甲斐のある口調で僕に話しかけてきた。


 「そうだね、みんな優しく教えてくれるし、楽しい人ばかりだし、みんなのおかげで慣れてきたかな」


 「そうですよねー、ほんとここの店員はいい人ばっかりだと思います!日奈多以外ですけどね」


 「あ、あははは...」


 レジにいても聞こえたのか、明石さんはこっちに振り返ってジロっと僕達を睨んできた。


 「特に知里さんが一番好きですね。なんたって心遣いや思いやりが、人一倍あると思うんですよ」




 ────ぞくっ




 一瞬、浅田さんの目に魅了されたことを思い出した。あれから、浅田さんとはシフトがまだ被っていないので顔を合わせていない。少し思い出しただけなのに、指先が少し震えた。


 それでも僕は普通を装い、畑中くんに言葉を返した。 


 「それは確かに。浅田さんは仕事に慣れてない僕のフォローを付きっきりでしてくれたよ。困った時に、いつも良いタイミングで分からないことを教えてくれたんだ」


 「流石ですね。なんたって、俺は知里さんに、考えていることを100%当てられてますからね」



 

 ────考えるていることが当てられる?100%?そんなことはありえない。


 人の気持ちとは酷く不確かなものだ。もちろん目に見えるものではないし、表情に出たとしても、ポーカーフェイスだったら分からない。


 しかもその場の気分や状況によってコロコロ変わるものだ。予測しろ、と言われても無理があるだろう。なんたら心は秋の空、とはよく喩えたものだ。




 「そ、それは流石に盛ってるでしょ」


 「それが本当なんですって。今、俺が何考えてるか分かります?って聞いたら、絶対当ててくるんです。このあいだなんて、「スタイルいいな」って思ってたら、「畑中くん、どこ見てるんですか」って返されましたよ」


 ......深刻に考えていた自分に激しく後悔した。


 そもそも何してるんだこの子は、と呆れたが、浅田さんのスタイルが良いと思っていたのは僕も同様なので、人のことは言えなかった。畑中くんのいやらしい目線に浅田さんが気づいただけだろう。


 「あの時の知里さん、ほんと可愛かったなー」


 畑中くんはニコニコしながら仕事に戻っていった。




 

 今日は長時間シフトだったが、あっという間に交代の時間を迎えた。明石さんと畑中くんは、結局最後までわちゃわちゃ喧嘩しながら仕事をしていた。


 青春真っ只中に見える年下に挟まれて仕事するのは、自分が青春しているような錯覚がして、なんだかとても楽しかった────

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