第5話 出勤Ⅲ
一年前、僕はとある女の子と付き合っていた。極上の美人という訳ではないけど、凄く気が合った女の子だった。
異性の愛し方が分からなかった僕は、ひたすらストレートに想いを伝えた。ひたすら、言葉に乗せて。
「好き」「愛してる」
僕たちはかなりのスピードで仲が深まり、数ヶ月でお互いの両親への挨拶まで済ませてしまった。
......だがそこまでだった。彼女は、突然別れを告げて、僕の前から居なくなってしまった。
────僕は、未だにその理由が分からずにいる。
「君が最近入った新入り君か。よろしく」
今日は生憎の雨。雨の日はここのコンビニも何処か客足が減るようだ。ガラス窓を大粒の水滴が濡らしている。
「はい、深井っていいます。よろしくお願いします」
「おう」
今日のシフトは、
「今日から揚げ物のセールだから、ポテトとか、多めにストック作っておいて欲しい」
「えっと、じゃあポテトと骨なしチキン作っておきます」
「そうだな、よろしく」
揚げ物のセールは一定の期間ごとにあるらしく、30円ほど安くなることもあり、通常時よりも売れ行きがグッと伸びる。お店としても、数を売って勝負に出なければいけないので、ホットメニューのショーケースに作り置きが少なくてはいけないのだ。
僕は手を洗って消毒すると、厨房のフライヤーに向かった。今日は雨で肌寒かったので、フライヤーの周りは少しだけ暖かかった。
ジュ────
コロコロコロ────
昼飯から5時間近く何も食べていないこともあり、乾いた音を立てて上がって行くポテトやチキンに、不本意ながらも口の中のよだれが止まらなかった。
「深井は付き合ってる女はいるのか?」
21時頃、天候もあって滅多にお客さんが来店しなくなった時間帯に、船橋さんは唐突に、突拍子も無いことを聞いてきた。
「ふぁっ!?か、彼女のことですか...?」
突然過ぎて変な声が出てしまった。
「それ以外に何があるんだよ」
「そ、そうですよね...。えっと、今はいないです。彼女」
僕は元カノと別れた時の辛い記憶を少し思い出して、心がチクッと痛んだ。我ながら繊細すぎるメンタルだと思う。
「そうか。俺も今はいない」
「そうなんですか...」
初対面初日で男同士で恋バナは、僕にとってはなかなかレベルが高い。大学に入って人見知りこそはマシになったものの、深入りした話をするのにはある程度安心して話せる程度の関係が欲しかった。
そんなこともお構いなしに。船橋さんは女子が聞いたら黄色い悲鳴を上げそうな、甘ったるい話題を振ってきた。
「人を好きになるタイミングってどんな時があるんだろうな」
────好きになるタイミング、か。
これは、僕には意味のない質問だ。
それでも、出来るだけ参考になりそうな感じに取り繕って回答した。
「僕、明確なタイミングが出てこないので、一緒にいるうちにいつの間にか好きになってたのかな、って思いました」
「そうか、そうだよな」
なぜか、船橋さんは納得したような、同意したようなリアクションを返した。どちらかというと表情豊かでは無い寄りの人だと今日を通じて思ったが、その無表情からでも読み取れる、肯定。
「えーっと、船橋さんは最近何かあったんですか?」
しれっと僕が質問してみると、船橋さんは少し頬を染めたような気がしたが、直ぐに僕から顔を逸らしてしまった。
雨は出勤した時から止むことを知らない。店の窓ガラスには大粒の水滴が絶えず付いては流れ、付いては流れ。
しとしと。
しとしと。
船橋さんは考え込んだ様子もなく、えらくマイペースなタイミングで返答した。
「まあ、いろいろだよ」
「いろいろ、ですか」
それから夜勤と交代の時間まで、お互いからこれと言って話題が出ることは無かった。
────それでもその時、船橋さんの表情からは、何処か決意めいた、覚悟を決めたような、激情を感じた気がするんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます