第2話 プロローグⅡ

 僕はバイト先に決まったばかりのコンビニを後にし、車に乗り込んだ。自動車免許を取ってからようやく1年ちょっと、運転は初心者の頃より慣れてきたと思う。


 時期的には春だが、初夏ほどの暑さの日中で太陽に照らされた軽自動車の社内は、サウナとまではいかないが、むわっとした、背中に汗が滲むほどの気温になっていた。


 (うっわ、アツ......)


 キーシリンダーに鍵を差し込み、12年モノのエンジンに火を入れると、パワーウインドウのスイッチを押して車内の熱気を開放した。


 この軽自動車は祖母と母親に買ってもらったものだ。値段は何と20万円。知り合いの車屋に声をかけたところ、えらく需要の無い中古車を安く売ってくれることになったそうだ。


 ギアをバックに入れ車を出すと、小回りの効くコイツは休日の混雑した駐車場をするりと抜けて、田舎町のメインストリートに合流し、家の方向に向かって走り出した。




 3分ほど進むと、先の信号が黄色に変わるのが見えた。それほど急いでいなかったので、止まることにした。余裕を持ってブレーキをかけた車はカクツキもなく、静かに停車する。同時に信号も赤になった。


 すると、後ろから中型と思われるバイクが勢いよく右折車線に入ってきた。無駄にふかしている。僕の車のすぐ隣に止まると、


 「クソッ、早く変われ!」


 エンジンの音がそれなりに煩いにも関わらず、バイクに乗る男のヘルメットの中から怒鳴り声が聞こえてきた。




 ────その直後、信号は突然「青」に変わった。


 (......は?)


 先ほど自分の車が止まってから10秒も経っていない。何より自分は黄色信号を認識してから車を止めたから、次に青信号に変わるまでは1分ほどかかるはずだ。


 右折車線にいたバイクは、唸りを上げるエンジン音と共に、交差点を右折し遠くに消えていった。




 5秒くらい硬直していると、後続車にクラクションを鳴らされたので、慌ててブレーキペダルからアクセルペダルに右足を移し、車を走らせた。


 (さっきのは何だったんだ......)


 さっきまで人生初のバイト面接後で緊張していたのもあって、自分がぼけっとしていただけなのかな、とも考えた。だけど、バイクの男の怒声や、けたたましいエンジンの音は耳について離れなかった。




 ────何より、一瞬の不可解に囚われた僕は、自分の左手がやけに熱を持っていることに、その時はまだ気付いていなかったんだ。

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